8APR0106

次世代のマーケティングを見据えて
モラルとルールで進化を続ける経営者

シナジーマーケティング株式会社 代表取締役

谷井 等さん

大学在学中に阪神大震災で友を亡くし、常に全力で生きることを誓う。卒業後NTTに就職して大型プロジェクトに配属されるが、大組織の歯車になることを嫌い、わずか9ヶ月で退社して家業を手伝いながら、友人と合資会社DNSを起業。さらに(株)インフォキャストを設立して、メーリングの新たなビジネスを作り上げる。その将来性を認めた楽天から買収の申し入れがあり、事業の将来を考え売却を決意する。その後インデックスデジタル(株)を設立し、他社との経営統合を行い、シナジーマーケティング(株)としてヘラクレスへの上場を果たす。若き経営のプロとして、新たなマーケティングに挑む挑戦者に話を聞いた。
Profile
神戸大学卒業後NTTに入社するが、わずか9ヶ月で退職。家業を手伝う傍ら友人と合資会社DNSを設立。2000年に(株)インフォキャストを設立し、無料メーリングサービスで成長。会社を楽天に売却して、インデックスデジタル(株)を設立。(株)四次元データと合併してシナジーマーケティングに商号を変更。

— 谷井さんは昨年末に株式上場を成し遂げました。それにより変わったことは何でしょうか。
もともと上場を目指していたわけではありません。あまり興味は無く、考えてもいませんでした(笑)。事業戦略上必要と考え始めたのは2005年ころです。それから上場達成には、おそらく最短コースで行けたと思います。最も感慨深かったのは、上場の承認がおりた時でしょうか。

出張先に取引所から電話があったのですが、少しジーンときましたね。東京と大阪の事業所で社員に伝えたときに、拍手が沸き起こったのが嬉しかった。でも社員にはそれは単なる通過点に過ぎない、といい続けてきたので、社内が変わったということはありませんね。自分自身も全く変わっていません。

当社は顧客データを取り扱う仕事をしていますので、信用力が必要です。取引先で稟議をまわしてもらっても、会社の上層部から「知らない会社じゃなく大手に頼め」などといわれてしまい、悔しい思いを何度かしました。信頼を得るための上場だったのです。

一番変わったのは周囲の目ですね。単なる“谷井社長”ではなく“上場企業の経営者”と見られるようになりました(笑)。ヘラクレスのマークが名詞に入るだけで、今までは「若いのにがんばっているね」くらいで見られていたのが、「ぜひ話を聞かせてほしい」といった対応をされることが増えました。
— ゼロから起業して10年で上場に至ったことは、やはりひとつのステージを越えたということでしょう。ここまで来れた要因は何でしょうか。
特別なことがあるわけではなく、普通にやるべきことをやってきた結果だと思います。人と違う能力があるわけではありません。自分なりに大切してきたのは「あ(案)い(員)う(運)え(縁)お(恩)」です。この5つを大事にしてきたから成長できたと思います。

成長企業として他社と差別化できた事業を考え付いたのが「案」で、それを実行する優秀な人材を採用できたのが「員」です。「運」は説明するまでもありませんが、大事なのはそれをコントロールすること。私が考える「運」とは情報量のことなんです。

ラッキーな人は、ラッキーな情報を知っているのです。世の中にはチャンスが転がっていると思いますが、それをつかめるのは見えている人だけです。それが情報量なんです。浴びるように情報に接している人は、大事なことを感じることができます。

それから「縁」ですが、私の数少ない能力の一つに、人に気に入られやすいということがあります。いろいろな方々に助けてもらいました。先輩経営者や父親から多くのことを終わり、チャンスを与えてもらいました。その方々にどう「恩」を返すかということはさらに大事です。

「他人のおかげ、自分のせい」という話をよくするのですが、人はうまく行くと自分の力と思い、人にありがとうということを忘れることがあります。むしろうまく行くのは他人のおかげ、失敗するのは自分のせいと思うことです。道徳の時間に教わったようなことですが、それを実行してきたのが私のやり方でした。
— まだ谷井さんが経営者としてスタートしたばかりのころ「将来は経営のプロになりたい」と伺ったことを今でもよく覚えていますが、経営者のプロになる道のりとはどのようなものでしょう。
社長には二つの顔があると思います。一つは会社を経営するトップとしての顔ですが、もう一つは会社のオーナーとしての顔です。経営者の判断とオーナーの判断には、分けなければならない時があります。それを混同しないようにしてきました。

大学を卒業して最初に就職したのはNTTでした。大きなプロジェクトに配属されて最初は燃えていたのですが、あまりに大きすぎて全体が見えず、いつまでたっても歯車で終わる気がしたので、上司にいくつになったら決定権がもてるか聞いてみましたら「早くても30歳だろうな」といわれてしまいました(笑)。結局入社9ヶ月目で退職することになります。

家に戻り父親の仕事を手伝いながら、NTT時代の同期と、当時使われ始めていたメーリングリストを無料化により拡大して、広告メディアとして販売するというモデルを思いつき、合資会社デジタルネットワークサービス(DNS)を立ち上げます。それが経営者人生の始まりですね。

ユーザー数が30万人近くになると、世の中の注目度も高まりました。より積極的な事業展開をするために、DNSの事業を引き継ぐ形で、株式会社インフォキャストを設立します。さらにマーケティングに力を入れて、ユーザー数が3倍くらいに増えたころに、重大な決断をします。
それはインフォキャストの売却です。この時オーナーとしての顔を前面に出せば、独自に上場を目指そうということになったかもしれません。経営者としてはこの事業をいかに成長・存続させるかという視点で考えます。そのためには売却することがベストと考えたのです。

これまでの経営者として起業、M&A、上場など重要な経営活動を経験することができました。持ち株会社にしたのは大阪では第一号で、法務局もやり方がわからずに時間がかかりました(笑)。そのような経験を経て、だんだんプロ経営者に近づけているのではないかと思います。
061①
ー 確かに最もダイナミックな経営手法の数々を既にご経験ですね。その効果はいかがでしたか。
一つ一つの手法には特段価値があるとは思いませんが、確かに世間的にはインパクトの強い手法ですね。経営を経験する上ではやっておくべき手法だと考えてはいました。でも手法の全ては目的の達成のためにあります。大事なのは目的であり、達成のために最適の手法を選んできたのです。

旧態依然とした経営を続けてはダメだと思いますが、いわゆるアメリカ的な手法が全ていいとも思いません。家族主義経営や、性善説に基づく経営などの日本的な手法は、この国に合ったものであり、私たちのメンタリティにしっくり来ますから、とても重視しています。

当社の社員に聞いてもらうとわかりますが、とてもウエットな経営をしていると思います。一人ひとりの思いや状態をすごく尊重して、飲みニュケーションも多いですよ(笑)。表面的にはめまぐるしく変化している会社だと思われがちですが、社内にはあまり変化は有りません。

私が最も大事にしているのは道徳観です。モラルとルールの確立が経営の根幹だと思います。ルールがしっかりしていても、モラルが伴わなければ結果にはつながりません。時間を守る、約束を破らない、ごはんつぶを残さない(笑)、そういうことをよく従業員に話しています。

ITっぽくない会社といわれますね。効率やスピードを大事にしていると思われていますが、大事なのはそのベースになる部分です。それが道徳観、モラルとルールであり、そういう基礎がしっかりしている会社が伸びていると思います。
ー 谷井さんは善循環の経営ということを目指されているそうですね。内容をお聞かせください。
企業活動は「お客様」「会社」「従業員」の3者の関係で成り立っています。会社は従業員に方針を説明して、それを従業員がお客様に実行して、その対価を会社が受け取り従業員に分配します。それが善循環です。そして、その中心に「101点のサービス」を置こうといっており、名刺の裏にも書いています。

お客様が期待するサービスを実行すれば、それは100点のサービスですが、それではあまり印象に残りません。80点では不満が残ります。1点でいいからお客様の期待を超えて、満足してもらえるサービスをしていきたい。利益は後から付いてきます。値段で勝負することもしません。

世の中には逆をやっている企業が多い。会社は従業員にノルマを与え、従業員はそれを達成するために頑張って営業をして、時には押し込むようなことをしてしまいます。その結果お客様は離れてしまい、業績も落ち込み、従業員は疲弊してしまう。20世紀型経営の悪い部分ですね。

頑張っても売れない時代になってきました。経済が拡大する時代は根性論でよかったのでしょうが、成熟した現在は、新たなパラダイムが必要ですね。それが善循環の経営で、セルサイドではなくバイサイドで考えることです。お客様視点で満足度をあげていく経営をしなければなりません。
— 善循環の経営には、社内人材を活性化して、成長の原動力とすることが不可欠ですね。
モチベーションに関する持論として「モチベーションにはアベレージラインがある」と考えています。それはやる気がない人を、やる気にさせるだけのものではありません。プロとして働く個人に、それを支援するためのツールがモチベーション技法だと思います。

人を働かせるための手法として、都合よくモチベーション技法を取り入れる企業もあると思います。深く考えて構築していく制度ならいいですが、単に手法だけを導入しても効果は無い。企業の根幹を見据えないで、手法に頼るのは危険です。
— 全く同感です。マーケティングの世界でも顧客満足の獲得が大きなテーマですが、貴社のビジネスもそこをサービス化したものですね。
当社では2004年から開発してきた統合顧客管理システム「Synergy!」が主力商品です。顧客との関係性を築くCRMシステムです。人口減少時代の日本で企業同士が顧客を奪い合うのはナンセンス。これからは一度獲得した顧客を大切に守っていくことが重要です。

「Synergy!」はいわば銀行の貸金庫のようなもので、システムを販売するのではなく使ってもらうことを主体に考えています。当社においてシステムが大きくなれば、企業と消費者のコミュニケーションの履歴がたまっていきます。これを大きくしていくことが基本戦略です。
061②
大きくすることとは、より多くの企業に使ってもらうことと、より多くの機能を使ってもらうことです。だから顧客開拓と機能開発が当面のテーマになりますが、もう1つ重要なテーマは個人情報の保護ですね。当社の事業は個人情報の売買ではないことを理解してもらわなければなりません。

多くの企業経営者は「一社でやるのは限界」といいます。いろいろな団体で顧客情報共有の話が出てきますが、慎重に進めなければなりません。でもこれを進めていくことで、各社のコストも削減できて、日本のマーケティングがレベルアップするのです。消費者側にもマルチバイヤーといわれる、多くの情報を取り寄せて選ぶ人が増えていますから。
— CRMという言葉は大分前から聞かれますが、まだそれが実現している感じでは有りませんね。日本のマーケティングは進化していますか。
まだまだ日本のCRMは初期段階に過ぎませんね。マーケティングにおいて、これまでの日本の前提が3つ大きく変わりました。1つ目は成長から成熟に、経済の局面が変わったことです。もう高度成長などは想像できません。先行きの不透明感に、消費者の財布の紐が固くなっています。

2つ目は人口の減少で、それによってマーケットがシュリンクし、企業間の競争は激しくなり、物が売れないようになってしまう。そして3つ目はライフスタイルの多様化です。30年前は海外旅行といえばハワイでしたが、今は世界中どこにでも行きます。服の好みなどもばらばらです。商品を細分化せざるを得なくなっています。

経済が成長し、人口が増加して、単一的な商品がヒットするという、マスマーケティングの原則は崩れました。その結果企業のマーケティングにおける費用対効果が悪くなり、どこも新しい手法を模索しています。その主要な選択肢が既存の顧客を大事にするCRMなのです。これからはどの企業もCRMをやらなければならない時代です。

銀行がATMを導入した当初は、それを備えていることが武器になりましたが、全体的にいきわたってくると、導入しないところはユーザーから排除されるようになってしまいました。CRMも導入が当たり前になり、入れていないところは不利になるという時代になってきました。
— CRM導入も環境変化とともに加速して、ようやく初期段階が終わりつつあるということですか。次の段階はどう進展するのでしょうか。
導入の後は顧客のリアルな姿を見ていく段階になると思いますが、1社の持つ情報だけでは、顧客の本当の姿は見えてこないと思います。自社の商品サービスに関しては見えますが、それ以外の部分が見えてこないのです。でもその部分が見えなくては、顧客のリアルな姿はつかめません。

今のままではできませんが、複数の企業が手を組んで顧客の姿を見ていくようになるでしょう。たとえば車を買って、家族で食事に行って、趣味にお金を使い、海外旅行に行って・・・などのライフスタイル全体が見えると、顧客の姿がはっきりと見えてきます。

商品購買後のメンテナンスについても、現在では一定期間が過ぎるとメンテナンスの通知を出していますが、ライフスタイルがわかると本当にメンテナンスが必要な時期がわかり、タイムリーな案内が可能になります。

そのように本格的にCRMがマーケティングに取り入れられる時代に、その分野のトップカンパニーでありたいと思います。安全に多くの情報を管理することはもちろん、企業と企業を、仲人のように結び付ける存在でありたい。日本のマーケティングのベルアップを、支えるような会社になることを目指しています。
— 谷井さんにとって挑戦とは。
以前からヘンリー・フォードの成し遂げたことはすごいと思っていました。高級車の時代に「自社の工場で働ける人が買える車を作ろう」と思い、T型フォードを作ったのです。それがモータリゼーションの流れにつながり、自動車産業や周辺企業の発展という、一大産業を生み出しました。これこそが事業家だと思います。

売上や利益ということでなく、社会を変えていくような事業、それを目指してみたい。私にとってはCRMの先に、さらに新しいマーケティングの世界を作ることです。経営者が夢を語らなくなったら、従業員は動いてくれません。青臭いことを恥ずかしげも無く語るのが経営者で、だから人が集まるのです。

同じようなことをいっている人は、世の中に大勢います。私もいろいろな人の言葉を参考にしています。でも人に話を聞いてもらえるのは、実績をあげてからですね。10年やってきて、多少は聞いてもらえるようになりました。想いを語り続けて、それを実績で証明することで、世の中に変化を起こせるのだと思います。
8APR0194
目からウロコ
谷井社長とはまだインフォキャストを立ち上げて間もないころからのお付き合いだが、上場企業の経営者となった今でも、その人を魅了する屈託のない笑顔は変わらない。しかしその奥には経験に裏打ちされた経営者としての自信が見える。笑顔は変わらないが、全身から醸し出している風格のようなものが、これまでの経験の重みを物語る。店舗経営、起業、ベンチャー経営、売却、経営統合、株式上場と、ベテラン経営者でも全ては経験しないほどの、あらゆる経営手法を実際に実行してきた。まだ30代前半の若手経営者としては、世界でも珍しいのではないだろうか。経営のプロとしての王道を歩んでいることがよくわかる。ではアメリカ的な効率・スピードで勝負する経営者かというと、全くそうではない。何よりも大事にしているのは「道徳観」である。日本的な精神主義・家族主義的な経営を、とても重視している。ITやマーケティングという変化の激しい先進的分野で、古風にも見える日本的経営を、若手経営者が追求している姿には、日本的経営の逆襲の兆しが感じられて嬉しい。そのスタイルは従業員にしろ顧客にしろ、多くの人の信頼を勝ち得るだろう。ドメインであるCRMという分野は、間違いなくマーケティングの次代の主流になる。これまでの進化は遅かったが、同社の頑張りで一気に加速するのではないか。企業はこの潮流に後れをとってはならない。
(原 正紀)

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