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職員2万人のNPOを目指す、
若者自立支援の社会起業リーダー

NPO法人「育て上げ」ネット 理事長

工藤 啓さん

大学在学中に海外旅行で出会った台湾人から社会問題の深さを知らされる。ビジネスを学ぶためにアメリカへ留学して、事業立ち上げを決意する。帰国後に一人で若者支援のための任意団体を設立して、公的な事業への提案を行なう。若者支援の旗手として、多くの若者や支援団体に影響を与えてきた。
若者支援から親の支援、そして学校教育分野へと活躍のフィールドを広げ、一人で立ち上げた組織を30人規模の日本を代表するNPOに成長させた。企業との連携などにより、さらに成長を目指す。NPOという新たな働き方の確立に挑戦する若きリーダーに話を聞いた。
Profile
日本の大学在学、米国留学を経て、2001年に若者支援のための任意団体「育て上げ」ネットを設立する。若年就労支援のフォーラム開催を皮切りに、多くの公共事業を受託してNPO団体へと進化する。独自事業の展開や企業との連携など活動を拡大して、現在は30人規模となった日本有数のNPOの理事長を務める。

— 私も同じ若者支援者として随所で連携させていただき、ありがとうございます(笑)。工藤さんは「ニート支援マニュアル」などの著書もありますが、NPOとしてはどのような事業をされていますか。
ニートというよりは「コミュニケーションが苦手、働くことが不安、やりたいことが見つけられない・・・」といった若者やその関係者をサポートしています。大きく分けると①若者の自立を支援する独自事業、②自治体や官庁からの受託事業、③企業と連携するCSR事業などです。

独自事業として行なっているのは就業のための研修などです。企業での研修やインターンを通じて、働くための基礎訓練を行なうものです。昼夜逆転の生活を改善するための事務所通いから始め、グループで他のメンバーとコミュニケーションをとったり、商店街の清掃などで体を使ったり、近隣の農家を手伝う援農活動、プログラミング言語の習得機会の提供などもしています。

研修終了後には、キャリアカウンセラーによる就職活動の支援も行ないますが、実は大事なのは「働き続けること」なのです。勤めることはできても、それを続けられなければ元の状態に戻ってしまいます。そのためのポイントはコミュニケーションです。

多くの若者の支援をしてきましたので、なぜ続けられないかという理由とその対策は、数多くストックできていますが、人間関係の悩みが多いですね。よく見る現象として「雑談が苦手」ということがあります。仕事の話はできても、職場の人と雑談したり、アフター5の付き合いをすることができないのです。

だから支援のプログラムの中で、仲間と話したり、地域の人、農家の人などと話す体験を積んでもらいます。大切なのは人が集まる場所に参加すること。そのような体験を数多くこなしますから、うちの卒業生で再度働くことから離脱してしまう人はほとんどいません。
— 心理学の世界に「ヤマアラシのジレンマ」という現象がありますね。仲間同士で親睦を図りたいけど、近くに寄り過ぎるとお互いに傷ついてしまうので、一定の距離を置いてしまうというものです。そういったナイーブさが「雑談が苦手」ということにつながるのかもしれません。
そういう若者は増えていると思います。我々独自でできることは限られますので、公共事業を受託したり、企業と連携したりしています。例えば「地域若者サポートステーション」や「若者自立支援センター」などを、厚生労働省を始め立川市、埼玉県、大阪市などから受託しています。

東京都からは親向けのゼミナール「若者支援プロジェクト」なども受けています。最近では農林水産省から「若年者における就農意識調査研究および意欲喚起への具体的方策」の調査を受託しました。そういった公共事業に携わることにより、我々のノウハウも強化されていくのです。

企業との連携では、高校への金銭基礎教育プログラム(Money Connection)などを行なっています。これはGE Money社との連携ですが、全国の高校に出向いて、金銭に関わる教育を行うもので、既に70校、1万人を越える学生に対して実施しました。

このプログラムは高校生にリアルな金銭感覚と、働くことの意義を知ってもらうためのものです。生活費をシミュレーションしたり、税金の計算をしたり、ゲーム形式でお金を稼ぎ、使うことを行なったりします。

今年度より、NECと組んで職業教育を行うことになりました。携帯電話を切り口に、職種や職業理解を深めます。他にもインターンシップや研修などを企業に対して提案しており、多くの実績をあげてきました。企業は若い人材に興味があるし、社会貢献に対しても熱心になってきましたね。
— ニートという聞きなれない言葉が出てきて、働かない若者が増えたなどとマスコミが書き立てます。格差社会の到来とか、ワーキングプアーとか、支援すべき若者が増えているという認識ですが、実際のところはどうなのでしょうか。
そうですね、確かに増えていると思います。我々が支援するのは、働くことに対して立ち止まってしまっている若者たちですが、大学生、フリーター、休職中の失業者など多様な立場です。社会的現象としても、不登校、ひきこもり、フリーター、ニート、そして今はネットカフェ難民など、時代によって言葉は変わっていますが、支援を必要とする人は変わらず多いです。
一時期の就職氷河期といわれた時代に比べて、今は就労しやすくなっています。企業の人材ニーズが強いので、支援をしていても出口が見つかりやすくて助かります。我々の支援を受けて就職した人が企業で評価されて、その企業から「また人が欲しい」といわれるのがうれしいですね。

来所者は3年位前は30歳前後の人が多かったのですが、このところ20歳前後の若い人が増えています。親からの勧めが増えたのか、相談に来るのが恥ずかしくなくなったのか、その原因はよくわかりませんが。もしかしたら大学に進学する人が増えてる一方、通常ルートから外れてしまう若者も増えているのかもしれません。
ー 年齢を重ねても正社員などの安定雇用に就けない、年長フリーターの存在が問題になりつつあります。そうなる前の若い段階からしっかり就業してもらうことはとても大事ですね。
若い人のほうが価値観の固定化が少ないので、考え方も柔軟だし、斜に構えたりしませんから支援はしやすいと思います。特長としては“ママチョイス”、つまり母親の趣味らしい服装をしていることです(笑)。

お母さんの時代のテイストの服をよく着ています。例えばポロシャツにトレーナーなどですね。そのようなことからも親の影響の強さを感じます。でも親の方もわが子が働くことができなかったりすると、とても困惑するようです。だから私たちは若者だけでなく、親の支援もしています。

相談に来る若者たちの内面的な特徴としては、ひとことでいえば「不安」を強く感じていることですね。「自分には無理なのではないか」「人に迷惑をかけるのではないか」など、他人の目線に敏感なのかもしれませんが、一歩踏み出すことに躊躇しているようです。

またネット世代というか、すぐ「ググる」ことがあげられます。ググるとはネットの検索サイト「グーグル」を使って情報収集することです。人に教わる前にネットで完結してしまうので、人との接点が少ない。聞くことが不安なのかもしれません。

「こんなこと聞いてはいけないのでは」「相手に迷惑なのでは」と考えてしまうのです。就職が決まる若者たちは、思考に行動が伴っています。そうでない子は情報収集に終わってしまい、動くことができないのです。なるべく体を動かし、行動につながるような支援を心がけています。
ー 若者を支援している工藤さんご自身もまだまだ若者の範疇ですね(笑)。どのような経緯で若者支援団体の設立に至ったのですか。
私自身のことを話しますと、最初は日本の大学のマスコミ学科で学んでいました。実家では父親が若者の支援活動をしていたので、よく記者が取材に来ていました。もともと学習塾をやっていたのですが、障害者の方を受け入れたのをきっかけに、だんだん社会的な支援活動になっていったのです。

新聞記者の方々とお話をしていて、新聞の力、記事の影響力を知るにつれて、記者という仕事は社会を動かすことができる、文章を書くということはすごいことだと思うようになりました。高校時代はサッカーに明け暮れていましたので、大学では社会勉強のためにと、いろいろなアルバイトをしていました。月収25万円くらいあったので、結構裕福でしたね(笑)。

お金に余裕があったので、海外に行ってみたくなったのが、この道に進むきっかけだったかもしれません。2週間から1ヶ月くらいの海外旅行をしたのですが、アメリカに行った時に台湾人と仲良くなり、話を聞くと「アメリカでグリーンカードを取りたい」ということでした。

国の政情が不安だから、いざという時に家族でアメリカで暮らせるように市民権を取っておくというのです。その話にショックを受けて、日本で大学生をやっていることに物足りなくなり、アメリカに留学することにしたのです。
— よく若者が学生生活から社会に出て感じる、リアリティ・ショックに似ているかもしれません。厳しい現実に触れてみて、自分を振り返ってみることは大事なことです。早い時期に経験できたことは工藤さんにとってよかったのでしょうね。
アメリカでの留学先は、ビジネス学部の会計学科でした。金融ビジネスの最前線で仕事をすることを夢見ていましたね。結局ビジネスの経験をしないままNPOを設立して、若者支援の道を歩むのですが(笑)。

アメリカのビジネス学部では、よくグループワークをして、学生同士で意見交換をするのですが、その中で会社を作ることをアドバイスされたのです。それで自分で組織を立ち上げることを、真剣に考えるようになりました。若者支援の道を選んだのは、やはり実家の影響でしょうね。

そう決めると、いてもたってもいられずに、早速帰国することにしました。最初は一人で立ち上げて、全国7都市で若者支援フォーラムなどを開催したりしました。まだニートという言葉はなく、フリーターやひきこもりの就業支援フォーラムでした。厚生労働省の仕事などを受けて、世の中の若者支援のニーズに拡大を感じ始めます。

そのうちヤングジョブスポットという若者支援の拠点を、厚生労働省が立ち上げることになって、横浜の施設の運営を受託することになりました。その頃には仕事を受ける上で組織化が必要だったので、NPO法人にしていました。横浜の施設を見学に来た立川市の人から、地元の立川でぜひやって欲しいといわれ、立川での活動を始めたのです。
— いろいろな調査を見ると、起業したり組織を立ち上げたりする人は、明確に親や家業の影響を受けている人が多いのですが、工藤さんもやはり実家の仕事の影響が大きいですね。とても順調な事業展開に見えます。
おかげさまで今では正職員と契約職員を合わせて、30人の組織になっています。登録のキャリアカウンセラーの数は、既に200名を超えているほどです。ネットなどで募集しているうちに、気が付くとすごい数になっていましたね。これまでは事業が多様化するにつれて、人が増えていきましたが、昨年始めて先行投資として、幹部クラスの人材採用を行ないました。

NPOで30人も人を抱えているところは、極めて少ないと思います。未知の世界に入っている感覚です。年間の収入が1億円を超えているNPOは、全体の4%くらいだという話も聞きました。しっかりとした組織化を実行していかなければなりませんので、企業の方々にどうすべきかを教わっているところです。今後ともご指導をお願いしますよ(笑)。
NPOも企業も税金などの仕組みは基本的には同じですが、純利益を自由に分配できないところが違いますかね。でも利益を目的としないというような人が揃っているので、純粋に組織の目的に向かうことができるのがNPOの良さだと思います。そこにあえてコスト意識や効率化の意識を取り入れていきたい。お金の心配をしないですむような組織にするためには、NPOとはいえ強い収益性が必要です。
— 私もそうですが若者支援の仕事をしていると、企業の課題を感じることがありませんか。
企業は辞めて欲しくない人が辞めているのではないでしょうか。そういう人が支援を求めて、うちに来たりしています。決して能力の問題ではないと思います。そういう事実を企業に知ってほしいですね。若者支援機関は、企業の採用ルートとしても充分に機能するはずです。

最近では企業の採用や研修を手伝うことも増えました。組織に適した人材を採用する手伝い、辞めさせないようにするための研修などです。登録のキャリアカウンセラーは企業経験のある人も多いのですが、職員には企業経験者が少ないので、今は企業支援のノウハウをためているところです。
— 未知の領域に踏み込んできて、これからの展開についてはどのようにお考えですか。
グローバルに展開したいと思っています。若者の自立支援の取組みは、アジアでは日本が最も進んでいます。日本が先進的に取り組んできたものをまとめ、各国に伝えていくのです。日本が尊敬されるような展開にしていければいいですね。韓国や台湾は構造的に日本に似ているので、同じような問題が出始めています。

国際交流基金のイベントとして、30歳前後の若者支援者6人と韓国に行き、多くの支援団体と交流してきました。韓国からも月に一度くらい見学に来ています。向こうでは386世代ジュニアというらしいのですが、日本における団塊ジュニアのような世代が世に出始めているそうです。

88万ウォン世代という、月収9万円くらいの非正規低所得層の問題も出てきているようです。日本や先進諸国でも最近話題の、ワーキングプアのようなものですね。日本もヨーロッパに学びましたが、アジアでは先進的に取り組んできましたから、それを伝える必要があるのです。

それから教育分野への展開も、積極的に行いたいと思います。日本は先進国でも教育費が増えない、数少ない国の一つです。だから企業からCSR的な観点で予算をもらって、我々がコンテンツを作って教育につなげていきたい。若者支援機関として活動している者の義務だと思います。

若者たちの支援のために企業にやって欲しいことはたくさんあります。企業が社会に貢献できることはとても多い。それを企業にもメリットがある形で実現することが、我々の活動の大きな柱になっていくかもしれません。
— お互いにするべきことは多い。でもやりがいがあることだから、やっていて楽しいですね。最後に工藤さんにとって挑戦とは。
職員2万人のNPOを作りたい(笑)。もちろん規模を大きくすることだけが目標ではありませんが、社会でしっかり活動して存続していくためには、つぶれない規模が必要です。2万人規模になれば、つぶれそうなときに公的資金を投入してくれるでしょうから(笑)。

NPOとしてきっちり人を雇ってやっていきたい。充分な給与を払い、職員の生活を充実させ、何年後かには大卒の学生が普通にNPOに就職しても、家族が疑問に思わないようにしたい。今はNPO職員というと、結婚するときに相手の家族から不安視されることが普通ですが、そういうことをなくしたいと思います。

今はまだ30人の組織ですが、規模を拡大して、公器として認められるようにしていきます。社会を良くするNPOという新しい働き方を、後の世代に残したい。今は時代の転換期というか、面白い時代だと思っています。そういう時代に生きるものの責任として、働き方というものを残せるのではないでしょうか。そのためにやるべきことは本当に多いと思います。
目からウロコ
私自身もジョブカフェ・サポートセンターの代表として若者支援に携わっているので、工藤さんとはいろいろと関わりがあるが、いつも感じるのは前向きさと、ぶれないスタンスだ。支援者でありながら支援される側の視点を持ち続けている。私は人材ビジネス経営としての仕事の一環であるが、NPOという組織形態で行なっている工藤さんは目的への志向性がとても強く、同じ志のメンバーが集っているだけにリーダーとしてスタンスの不変性は欠かせないものだろう。NPOとはいえ企業同様に収益を上げ続けなければ存続はできない。企業での就職経験は無いとはいえ、米国で学んだビジネス感覚と、わからないことはすぐに企業経営者などに聞く前向きさは、工藤さんの大きな武器だ。

数年前にニートやフリーターの増加が社会的に問題視されて、国を挙げて若者の就職支援活動が行われるようになった。その動きの中心にあったのが「育て上げ」ネットである。雇用情勢の好転もあり、多くの若者が職に就くことができた。若者の就労問題は世の中の話題からは遠ざかりつつあるようだが、格差問題やワーキングプア、ネットカフェ難民など、本当に支援が必要な若者の存在は一層浮かび上がってきたといえる。NPOという新たな働く場所を次世代に残したいという工藤さんの経営スタンスは、そのまま若者の就職の場の確立につながるものである。心から応援したい。
(原 正紀)

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