2016‐04経営者155_サイトビジット_鬼頭様

弁護士からベンチャー起業家へ
自らの学習メソッドを
ビジネスモデルに変える経営者

株式会社サイトビジット 代表取締役/弁護士

鬼頭 政人さん

開成高校、東京大学と難関校の受験を突破し、ロースクール進学後に司法試験に合格。弁護士事務所に勤務し、3年間で弁護士としての基盤を築くが、よりスケールの大きな世界を目指して産業革新機構に転職する。非常に大きなプレッシャーのかかる大型プロジェクトを経験後、同世代の経営者の影響を受け、社会にインパクトを与えるような事業を目指して、弁護士ではなく起業家の道を選ぶ。誰もが天職と出会える世界を目指し、資格取得支援のビジネスをスタート。自らの学習メソッドを活かして、新たなビジネスモデルを創造する経営者に話を聞いた。
Profile
東京大学卒業後、ロースクールに進学して司法試験に合格。弁護士事務所に勤務した後、産業革新機構に転職。同世代の経営者に影響を受け、弁護士での独立ではなく、起業家として株)サイトビジットを創業。資格の総合サイトの構築を行いながら、オンラインとオフラインの融合による学習モデルを目指す。

効率的な資格の勉強法を一体的な構造で提供

— 鬼頭社長は、弁護士からのベンチャー起業だそうですね。まずは、現状のビジネスについてお聞かせください。
「資格スクエア」という法律系などの各種資格取得、公務員合格などの支援のためのサイトを運営しています。現状は23の資格に対応しており、資格学習の総合サイトに向けて、さらに横展開をしていく予定です。中小企業診断士については昨年度試験向け対策を行っており、いったん中断しておりましたが、今年は新たにカリキュラムを充実させていくところです。

中小企業診断士は、法律系や会計系の資格に比べて浅く広く学ぶ資格で、その過程で狙うことのできる資格が結構あります。経済学検定や販売士、ビジネス会計などの周辺資格が総合的に集まったものですので、一括して勉強したほうが効率的なんです。とはいえ、難関資格ですので、1年で合格するのは難しい。勉強を続ける節目で周辺資格を取得していく流れのほうが、モチベーションを保つことができるのではないかと考えています。

資格試験を展開していくと結構重なりがあり、重複して受験することで、効率的に複数資格の保有者になることができます。講師も共通していますので、一気通貫で効率的に勉強ができるのです。よくあるパターンとしては、会計士の過程での簿記や税理士、司法試験の過程での司法書士や行政書士などですね。そのような効率的な勉強法を一体的な構造で提供するのも当社の特長です。
— たしかに、マイルストーンのように別資格でステップアップしながら狙っていくと、モチベーションの維持になりますね。
「資格スクエア」は資格取得の総合サイトを目指していますが、スタート1年での進捗としては2割程度でしょうか。まだまだこれからですね。

2月に会計士、4月に中小企業診断士、8月に税理士、さらには米国の弁護士資格など、難関資格取得のためのメソッドを順次、体系化・講座化していきます。また、難関資格周辺の展開として、ビジネス化しやすい宅建、行政書士、司法書士などに展開し、就職対策(エントリーシート、SPI)や公務員試験、秘書検定なども準備しています。
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ビジネス上の競合としては、まずはeラーニング関係でしょうね。講師が独立し、個人のビジネスとして資格講座を展開するケースや、出版社が派生事業として、出版物と併せて行うケースもあります。資格講座の学校もたくさんありますが、ほとんどが通学型・教室型のビジネスで、価格は大体同じような設定です。

現時点では、サイトで成功しているモデルはまだないと思います。オンラインサービスだけでは、限界があるのでしょう。ですから、オフラインとのバランスが大事で、それが今後の成功の秘訣になると考えています。その実現に向けて、当面はオンラインでのトップブランドを目指します。

当面の目標は、勉強の最短の道筋を作ること

ー オンラインでの資格取得支援の効果については、どのような状況ですか。
スタートしてまだ1年ですが、すでに合格者も出始めており、結果には自信を持っています。元々デキる人は、従来のオンライン講座でも十分に成果を出せますが、多くは従来型オンラインだけでは難しく、合格には工夫が必要です。人から見られている、人と競争しているといった感覚や人との一体感など、コミュニティや監視の仕組みがないと、勉強を継続することは難しいんですね。

ですから、オンラインを仕組み化することが必要なんです。スカイプなどを利用した英会話教室では、アーカイブの動画を見るだけでも勉強になりますが、リアルなコミュニケーションほどのインパクトはありません。インタビューやリアルな会話でなければわからない部分がありますので、従来のようなオンラインだけでは難しい。

資格取得の場合、勉強法が英会話とは異なり、そのメソッドをコアとした仕組みづくりが必要です。つまり、コンテンツ(内容)とそれを効果的に提供するシステムの両面での工夫が必要なんです。効率的に勉強をしてもらうことと、それを続けられる仕組みにすること。その両立には、従来の勉強法よりもオンライン活用に分があると考えています。効率的にデータを取ることができるのも、オンラインの利点ですね。

現在は3つのデータを活用していますが、第一に合格者のデータです。何らかの試験に合格している人のデータで、「資格スクエア」の利用者以外も含めて分析しています。

合格のための勉強法にはさまざまなノウハウがありますが、最短距離で合格できる人の勉強法は似ているんですね。本質はほぼ同じで、それを言語化すれば、多くの人と共有できるのではないか、というのが私の仮説です。そこでは自身の体験も事例となっていて、勉強法を振り返りながら、なぜ早く習得できたのかをシステム化しています。

また同じ正解でも、その解答に自信があるかないか、という度合いがありますよね。本来、完璧にマスターしている正解とあいまいな正解では区別をつけるべきなのですが、従来のオンラインには正解か不正解かしかなく、その部分への対応ができませんでした。

当面の目標は、勉強の最短の道筋を作ることですね。一人ひとり異なるメソッドと、既存の一般化されているメソッドをかけ合わせることで、効果的な学習法を提案できます。そのようなメソッドは、合格者個人の経験や能力による部分が大きいため、しっかりとデータを集めることでシステム化を目指します。

試験日までしっかりと利用したいというニーズを想定

ー そのようなマス・カスタマイゼーションは、オンラインの大きなメリットですね。教室と家庭教師の良い部分を併せ持つような。
第二に活用しているのが、脳科学のデータです。人間の脳の仕組みに根ざしたデータを加味することで、個人の傾向を客観的に分析できるようになります。アドバイザーとして、東京大学・池谷裕二教授の監修の下、脳科学の観点から当社のシステムが合理的かどうかを判断していただいています。それにより、合格者データから得たメソッドを矯正し、進化させていくのです。

たとえば従来は、自信を持って正解した問題は復習をしなくてもよいとされていましたが、脳科学的には適度に復習をする必要があるという判断になりました。また、行動経済学にも詳しい池谷先生からは、選択肢を多く与えすぎてはいけないことなども教わりました。先生との出会いは共通の知人の紹介によるものですが、私は以前から先生に憧れていたんです(笑)。

そして第三が、受験者のデータ―流行りのビッグデータですね。これは「資格スクエア」から得ていますが、今後ためていくべきものです。誰がどのタイミングで何を見たか、試験をいつ解いて何点だったか、などの膨大なデータの蓄積と分析です。資格試験の分野では新たな取組みで、今後の事業展開に活かしていきたいと思っています。

この業界は、第一世代の通学型、第二世代の通信型という進化をしてきましたが、第三世代はeラーニングやクラウドを活用したオンライン型になっていきます。言うまでもなく、大事なのは合格という結果を出していくことですが、一般の資格講座の学校では8割ほどが脱落すると言われ、有料自習室などは料金を払っていても3割ほどしか利用しないようです。ですから、投資に見合う効果を出すことができるような仕組みにしていかなければなりません。
「資格スクエア」は当初、月額4千円で、年間40万円程度かかる資格講座の学校の10分の1程度の価格設定でした。しかし、新しいサービスが安すぎると、教育の質が低いというイメージを持たれてしまう弊害も感じられましたので、課金形態を変えることにしました。

もちろん、安いことは大事ですが、ある程度はコストもかけて、利用者が安心できる価格にするようにしています。たとえば、当社の司法試験講座は現在、年間30万円ですが、市場価格は130万円ほどですので、約4分の1です。

そのほか、月額だけでなく年額プランも設け、試験日まで無制限で使うことのできる形態も用意しました。受験生には、試験日までしっかりと利用したいというニーズもあるだろうと想定して始めたのですが、これが当たって利用者が伸び始めました。司法試験の分野で有名な先生が参画してくださったことも大きいですね。現在は月額課金と、年額で翌年度試験まで利用できる2種類を用意しています。
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— ここで、鬼頭社長が起業に至るまでのキャリアについてお聞かせください。
大学卒業後、ロースクールに入学して司法試験に合格し、2007年から弁護士事務所に勤めました。弁護士の仕事には大きく予防と紛争がありますが、そこは紛争系の仕事が多かったですね。私は3年間勤めましたが、正しい日本語の使い方や書く能力が高まったと思います。弁護士というと話す仕事だと思われがちですが、実は書くことが重要なんです。

そこでは毎晩、24時過ぎまで働き、土日もないほど忙しい日々を激務と感じていましたが、実は次の会社のほうがもっと大変でした。このときはまだ、知る由もありませんでしたが(笑)。

弁護士事務所では、新人にもプロの仕事が要求され、完璧なアウトプットを求められます。いわば職人の集まりでプロ意識が強く、一方で上下関係はないフラットな世界でした。アドバイスをしてくれる人はいますが、上司として指導をしてくれる人はいません。基本的には、物事を自分で調べて行動するしかなく、プロとして自立する経験ができました。

当時、将来的には弁護士として独立したいと思っており、良い環境でしたので辞めるつもりもなかったのですが、知人が勤めていた産業革新機構の仕事にはとても興味を持ちました。ファンドではなく経営革新に興味があり、リスクを乗り越えて企業を成長させることに意義を感じ、かつ国益も絡むスケールが面白いと感じたのです。

その知人は弁護士の同期で仲が良かったため、定期的に情報交換をしていました。そんな中、2010年に「産業革新機構で採用を行っているから、来ないか」と誘われ、当時の私のキャリアでは書類で落とされても不思議ではないほどの倍率でしたが、知人の紹介もあって面接の機会をもらい、幸いにも採用が決まったのです。ちょうど弁護士として仕事が軌道に乗り始めたところで、年収も下がるため、迷ったのですが、行かないと後悔すると思い、辞める決断をしました。

経営者として先頭に立つ同世代から刺激を受ける

— 社会人のスタートからハードに働くと、その後の成長への筋力がつきますね。近年、働き方の話題が多いですが、若いうちに限っては、ハードワークこそがキャリア充実のカギでしょう。
産業革新機構には2010年11月から3年間勤務しましたが、信じられないほどハードでした。最初に担当したのは大型企業再編で、大企業の大きな部門を1つに統合するプロジェクトです。お互いに長年のライバル会社でプライドも高く、調整は大変でした。それぞれの不採算子会社を切り出して統合し、余剰人員を整理しなければならないというナイーブな状況でしたので、フェアに進めるのがとても難しかったですね。

案件には5人のチームでかかわっていたのですが、法律分野は私だけで、ファンド、商社、アドバイザリー(財務系)などの出身者によるプロジェクトでした。この頃は、いままでの人生でもっともつらい時期で、自身の無力さを思い知らされましたね。各社から副社長などの大物が出てくるのですが、そのような方々に見せる資料の作成や説明などの緊張状態が続き、言葉に表せないほどの大きなプレッシャーを感じていました。

メールが1日に1万件ほど来ますので、それを見るだけでも大変だったんです(笑)。各社2、000人ほどの皆さんと一緒にやっていたプロジェクトで、すべてのメールに目を通さなければならない立場でしたので、それだけでも膨大な時間を必要としました。

この経験をしてから、仕事の姿勢が弁護士の頃とは明らかに変わりました。プロジェクトマネジメントを学び、外部の方々と多様なやりとりを行い、いわゆる「ホウ・レン・ソウ」などの重要性を知ったことで、政治的に考えることもできるようになったと思います。

プロジェクト終了後、今度は投資の仕事にかかわるようになり、バイオベンチャー、地方の中小企業、ITベンチャーなどに投資を行いました。このとき、同世代の経営者に会う機会が増え、人間的に面白い人が多いと思ったんですね。それまでの私は、あまり矢面に立って仕事をすることがありませんでしたので、経営者として先頭に立っている同世代の彼らとの差を感じ、自分もこうなりたいと思うようになりました。

もちろん、弁護士としての独立も選択肢の1つで、前職の経験もありましたので、ある程度はうまくいくと思っていました。私にとって、弁護士はローリスクミドルリターンの独立です。一方、ビジネスでの起業は未経験で、ハイリスクハイリターンだと思いましたが、自分の子どもに「私はできなかったが、お前は好きなことをやれよ」なんて言うのはカッコ悪いと思ったんです(笑)。

そんなわけで起業の道を選んだのですが、弁護士は社会を守る側で、起業家はその社会を変えることができます。そのことは、何物にも代えがたい喜びに感じられました。
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— それまでのキャリアが、起業家としてスタートするにあたり、法律・経済という大きな知的資産になったのですね。
2013年に産業革新機構を辞め、翌年1月から現在の事業をスタートさせました。450万円の自己資本を元に、日本政策金融公庫から1,500万円を借り入れて事業を開始しました。

その後、友人や先輩からも1,500万円ほど出資してもらいましたが、当初は業績が安定せず、自身の貯金をはたいたり、退職前に購入した家を売ったりすることも検討したほどでした。しかしその後、エンジェルやベンチャーキャピタルから1億円ほど調達することができ、先ほどもお話ししたような事業展開が可能となりました。

今後は、オフラインとオンラインの最適なバランスを提供できる仕組みにしていきます。オフラインについてはまだ実施していませんが、チャットサービス、スカイプでの指導、リアルな教室などをいろいろと試す予定です。

まずは、オンラインでの多方面の資格への展開を進めており、サービスを網羅していきます。上場も視野に入れていますが、成長のポイントは事業を進める人材とビジネスモデルの構築ですね。

挑戦とは、不断の自己成長を実現するもの

— 最後に、鬼頭社長にとっての挑戦とは。
私にとっての挑戦とは、不断の自己成長を実現するものですね。私自身がワーカホリックと言われるほどの仕事好きで、人生の幸せは仕事の充実度に大きく影響されると思っていますので、多くの人が自分の仕事を天職だと思うことができる世界を目指したい。それによって社会に、働く人がもたらす多様な形での付加価値が増えるはずです。

資格もその1つの要素だと思いますが、自らの天職にめぐり会い、全力で働くことができる人を増やしていきたい。実は、教育だけにこだわりがあるわけではなくて、もっと幅広く考え、楽しく仕事をしていきたいと思っているんですよ(笑)。自分にとって何より楽しいのは、挑戦によって自己成長をしていくことなんです。
P16-Ph 6FEB7903@
目からウロコ
日本人は、学生時代は受験勉強などを中心にしっかりと勉強をするが、社会人になってからもそれを続ける人は少ないと言われる。たとえば、大学で学ぶ社会人学生の比率は欧米の1割程度にとどまるが、学びとは生涯にわたって継続すべきものだ。

資格は社会人が学習するための1つのきっかけで、それによって自己の能力を高め、キャリアを充実させている人は多い。鬼頭社長は、自らが数々の難関試験を突破した経験を活かし、起業家として資格取得支援の仕組みづくりというビジネスモデルを選んだ。市場ニーズがあり、自身の強みを活かすこともでき、イノベーションの可能性の高い分野として非常に理にかなった選択だと思う。弁護士としての独立ではなく、ハイリスクハイリターンを選んだことにも、アントレプレナーシップを感じる。弁護士資格が少々もったいない気もするが、資格が人生の可能性を広げる手段だとすると、法律の知識や学習メソッドが起業を成功させるための大きな武器になることで、それを保有した意味もふくらんでくる。

鬼頭社長の目指すビジネスは、資格取得や教育の支援にとどまらず、人が成長し続けられる社会の仕組みを生み出すことである。弁護士資格を取得したうえで、それにとらわれずに挑戦・成長を続けるスタイルは、自身の目指す世界を体現していると言える。今後、どのようにビジネスを進化させるか、大いに注目したい。
(原 正紀)

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