2015‐11経営者150_シゴトヒト_中村様

生き方・働き方をマルチに表現し
ディズニーモデルで
人生を変える機会を提供

株式会社シゴトヒト 代表取締役

中村 健太さん

明治大学建築学科を卒業後、マーケティングのわかる建築家を目指して不動産会社・ザイマックスに入社。さまざまなプロジェクトに参加し、自分の理想とする場を作るには「人」が重要だと気づく。独立後、生き方や働き方を表現する求人サイト「東京仕事百貨(現・日本仕事百貨)」を立ち上げ、その後、(株)シゴトヒトを設立。掲載企業を増やし、メディアとして充実させ、さらに生き方・働き方をリアルに語る場として、「リトルトーキョー」をスタートさせる。出版事業も始めるなど、「コンテンツ+メディア+場」というディズニー的ビジネスモデルで、多くの人の生き方・働き方に影響を及ぼす経営者に話を聞いた。
Profile
明治大学建築学科卒業後、不動産会社・ザイマックスに入社。多くのプロジェクトの経験を通じて、「大事なのは人」という思いを強め、2008年に求人サイト「東京仕事百貨」をスタートさせ、翌年に(株)シゴトヒトとして法人化。さらに「リトルトーキョー」でイベント事業、「シゴトヒト文庫」で出版事業へも進出し、現在に至る。

人生をより良くするための機会づくりが私たちの仕事

— ユニークなご活躍をされていますが、どのようなビジネスモデルなのでしょうか。
いまは、誰でもディズニーになれる時代だと思うんです。ディズニーは世界的なコンテンツを保有し、自社でもメディアを持って発信し、さらにディズニーランドという場を作り上げてきました。私たちも、さまざまな企業や働く人を取材して「生きること、働くこと」に関するコンテンツを持ち、自社メディアである「日本仕事百貨」で発信して、「リトルトーキョー」という場を演出しています。

具体的には、求人メディアである日本仕事百貨で、人の働く姿や生き方を通じて人材募集を行います。このメディアの特徴は、求職中ではない人も読む点で、私たちの考えに共感してくれる方々をつかんでいることです。口コミで広がっていますので、営業をしなくても、自然と求人希望企業からの注文をいただけています。

特に重視しているのが、多様な働き方を紹介することです。従来のメディアではあまり扱われていなかった、個性のあるコンテンツを発信できていると思います。

また、インターネットの活用のほかにも、「シゴトヒト文庫」を立ち上げ、書籍というメディアでも発信をしています。さらに、イベントなどのリアルな場での発信もかなりの頻度で行っていますが、それらの活動の根っこにあるのは、「いろいろな生き方や働き方があることの共有」です。

会社員時代に感じていたことですが、会社という世界に閉じこもり、社内の人だけと接していると、限定的な価値観しか身につかないのではないかと思います。広く世の中を見ると、もっと多様な価値観があり、それを知ることで、それぞれの幸せの形が変わってくるのです。会社員の頃には、漠然とそんなことを思っていましたが、具体的にはわかりませんでした。

その疑問を上司にぶつけたところ、「そんなことはいいから、もっと仕事をしろ」と言われ、愕然とした記憶があります。その後、実際に会社を離れて外の世界と接してみて、いろいろな生き方や働き方があることを知り、自分にもできるのではないかという勇気がわいてきました。それが、この仕事を始めた原点です。実際にやってみて、このビジネスには2つの効果があることに気づきました。

1つ目は、私たちの発信を受けた人たちに、生き方や働き方のボキャブラリーが増えることです。そうすると、漠然とした思いが具体化し、実現可能となるのです。2つ目は、私たちのレポートで生き方や働き方を知り、「この人がこうしているなら、自分にもできるのでは」という勇気を持つことができることです。

新しいことや誰もやっていないことをやることは、誰もが怖いと思うものです。私たちの活動が、チャレンジする人が増えるきっかけになるのではないでしょうか。多くの人の人生をより良いものにするための機会づくりこそが、私たちの仕事だと考えています。
— 日本仕事百貨からは、「人が働く姿を通じて、その会社らしさが見える」と感じました。ロールモデルを見ると、その会社に入った姿がイメージできますね。
リトルトーキョーでは、「しごとバー」といって、夜にゲストを「1日バーテンダー」として招き、お客様とのリアルなコミュニケーションの場を設けます。と言っても、実際にお酒を作るわけではなく、交流をしてもらうのですが、中には本物のバーテンダーのようにお酒を作ってくれる人もいます(笑)。

私たちは、取材に行って話を聞き、文章にしてメディアで発信をしていますが、文章だけで表現するのには限界があります。リアルな会話のキャッチボールで気づいたり感じたりすることもありますので、それを体験できる場を作りたかったんです。単なるトークショーではなく、触れ合うことが大事だと思います。
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始めたばかりの頃、しごとバーを訪れて、「会社を辞めて何をするかで迷っている」と言っていた人がいましたが、その人は1年後には独立し、1日バーテンダーになりました。この場が、人の生き方に影響を及ぼしていることを感じましたね。「食業ナイト」や「商店街ナイト」など、職業を象徴するテーマを決めていますので、同じ興味を持つ者同士が集まって、仲良くなりやすいんです。いろいろと刺激を受けて、行動につながりやすいという特徴もあります。

これまでは週4日ほどやっていましたが、場所を移転しますので、今後は、平日は毎日やっていこうかと考えています。家と会社の往復以外に、良い出来事が起きる場所を作りたいですね。リトルトーキョーの存在によって、個人の人生が広がり、チャンスが増えればと思います。ここには、さまざまな背景を持った幅広い年齢の人が集まりますが、多いのは20代後半~30代前半ですね。

私たち自身が新しい働き方に取り組んできた

— メディアとイベントを組み合わせて、新しい生き方や働き方を伝えていく仕組みですね。
シゴトヒト文庫を立ち上げ、出版事業も行っています。Webにはとても手軽に、かつ多くの人に情報を届けられる利点がありますが、書籍にはじっくり読んでもらえるという良さがあります。これまでは、イベントでの話をまとめた書籍が多かったのですが、さらに生き方、働き方を伝えるものを出していきたいと思っています。

最初の出版は、私たちにとってチャレンジでしたが、大学の先輩が1人で本を制作しているのを見て思いつきました。編集はプロに任せていますが、それ以外の執筆やデザインなどは、すべて自分たちでやっています。現在は3冊目にとりかかっているところですが、私たちは自社メディアやイベントで直接販売することができますので、このような事業も可能なのだと思います。

インターネットの世界は、気軽に何にでも取り組めますが、出版業界には歴史があり、既存の流通の仕組みができ上がっています。書店への配本も、新参者には難しい。だから、自分たちで作って販売するモデルで参入したのです。

ほかにもさまざまなビジネスを考えていますが、「こういうものだ」という常識が支配している世界でも、アイデアしだいでは多くの機会があることがわかりました。求人メディアも出版も、私たち自身が新しい働き方に取り組んできたのです。
— いろいろな働き方にかかわりながら、その発信の手法が広がってきたのですね。
仕事上、経営者と話す機会が多いのですが、経験されてきたさまざまなことをお話しいただけますので、それは自分の仕事にも活きていると思います。

たとえば、離島での人材募集にかかわったときのことです。そこには都会のような仕事量はありませんので、いくつもの仕事を組み合わせて働いています。あるときは土木工事、あるときは貝殻でアクセサリーを作るなど、組み合わせで1人分の仕事を創り出しているんですね。このように、さまざまな仕事の創り方があることがわかりますし、どんなことでも大変勉強になるのです。

こうした経験から、さまざまなプロジェクトなどに参加する機会も増えてきました。私たちには、多くの仕事を見聞きしてきたからこそ、わかることがあります。マーケティングやPR、ファイナンス、デザインなどを包括的に考えてアドバイスをさせていただいたり、最近ではグッドデザイン賞の審査も任せていただいたりしました。

求人に関する仕事も、依頼をすぐに受けたり、言われたことを鵜呑みにしたりというわけではなく、まずはその背景などをしっかりと聞き、時には「採用しなくてもいいのでは」とご提案することや、「ほかのメディアのほうが良いのでは」とアドバイスをすることもあります。このようにして信頼を築いてきたのですが、周りからは「商売っ気がない」と言われますね(笑)。

ですから、営業はまったくしていません。口コミやリピートでご依頼をいただける求人がほとんどです。信頼を大事にしていますので、こちらから売り込むことはしてきませんでした。いただいた依頼についても、お役に立てるかどうかをしっかりと考えたうえで、お受けしています。

仕事については、良いことだけではなく、大変なこともそのまま書いています。あくまでも、読者である求職者に向けて書く。そのほうが、その会社に合う人にご応募いただけますので、結局は求人者のお役に立てると思っています。ごく稀に、「ネガティブなことは書かないでほしい」と頼まれることもありますが、真実を表現できないときにはお断りしたこともあります。

仕事のやりがいと苦労は紙一重で、働くことをリアルに伝えることが大事なんです。ネガティブなことも含めて伝えていくことで、メディアの価値も高まっているのだと思います。

働くことをリアルに伝えることが大事

— 私も表現にかかわる仕事をしてきましたが、その難しさを感じています。表現する際のこだわりはありますか。
求人においては、仕事内容や処遇面も大事ですが、その根本にあるものを表現することがもっとも重要です。それが、先ほどから強調している生き方や働き方で、そのような個人のあり方を伝えていくことが最大のテーマです。取材をしていると、さまざまな言葉が出てきますが、すべてに通ずる根っこのようなものがある。それをキャッチして表現することが、私たちのこだわりですね。
これは、簡単なことではありません。ですから、当社では経験の浅い担当者の場合、ベテランの者が同行し、二人三脚で取材・執筆を行います。これらはマニュアル化できるものではなく、私自身も試行錯誤の末に学び取ってきました。取材した結果として、何をアウトプットしたいのか、何を伝えたいのかを明確に感じられれば、統一感のある表現が可能となるわけです。

掲載依頼をいただく企業には中小企業が多く、働く人の話を聞けば、その企業のことがよくわかります。どのような環境で、どのような人たちと、どのような思いで働いているのかを聞くと、会社の風土や個性が見えてくるのです。大手企業は、部署によって違いが出ますし、一括採用をされる場合が多いため、私たちのようなアプローチはそぐわないかもしれませんね。
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通い詰めたバーが求人に興味を持つきっかけに

— 中村さんご自身のキャリアについてもお聞かせください。
大学では建築を学び、当初は建築家を目指していました。就職先として選んだのはザイマックスという不動産関係の会社で、そこでは短い期間で多くの仕事を経験させてもらいました。商業施設の開発やバスターミナルの有効活用の提案、エネルギーコストを削減するプロジェクトやコマーシャルの制作などです。半年ごとに仕事が変わるようなスパンで、とても面白かったですね。

建築家になるという目標のためには、単にデザインをするだけでなく、お金やマーケティングのことも知らないと作りたい場所を実現できないことに気づいて、ザイマックスという会社に興味を持ちました。入社の際に、「興味のあることを全部やってみたい」と言いましたので、そのような経験をさせてもらえたのかもしれません。

入社して1~2年経った頃から、私はバーに通うようになりました。すっかりはまってしまい、多いときは毎晩のように顔を出していたのですが(笑)、なぜそんなに通ったのかを考えると、お店の雰囲気やお酒以上に、バーテンダーや常連客との人間関係に魅力を感じていたのです。そして、良い場所を作るためには、そこにいる人がいきいきと働いていることが大事だと気づき、求人に興味を持つようになりました。

元々、自由にやりたい気持ちが強いタイプで、誰かの意向に合わせるよりも、自分の思うとおりに考えて行動することに魅力を感じていました。そこで、思い切って独立したのですが、最初に手がけた複数の仕事の1つに、日本仕事百貨での求人広告事業があったのです。 
さまざまな可能性を感じる中、もっとも手応えがあったのがこの仕事で、最初は個人事業主で始めて、後に法人化しました。料金も最初は無料で、20社ほど実績を作ってから有料化していきました。営業や広告については、その時間があれば、記事を作ることに費やしたかったため、特に行いませんでしたね。

取材は基本的に1社1回で、単なる取材というよりは、ワークショップのような形式で、複数の社員に集まってもらって話を聞くことが多くなりました。試行錯誤の中で、話を引き出すにはその方法が効果的・効率的だという結論に達したのです。取材をしているうちに、参加者の顔つきが変わってきて、最初は緊張されていても、最後は楽しかったと言ってくれます。 

事業展開については、計画などは立てず、どちらかと言うと、思いつきや縁、タイミングで決めてきました(笑)。ゼロから計画を立ててスタートするには、大きなパワーが必要ですが、縁とタイミングで始めると、案外スムーズに立ち上がるものです。

大きな計画を立て、大胆に投資して進めるよりも、インターネットの利点を活かして軽やかに展開していくほうが、自分たちには向いているようです。常に「何をやるか」を考えていますので、思いついたことを手がけていけるような、柔軟な組織にしていきたいと思っています。皆ができることを増やし、結果的に会社として多くのことができるフレキシブルな組織が理想ですね。
ー 自分らしい事業スタイルを創造してきましたね。今後の展開はどのようにお考えですか。
自分たちでコンテンツを作り、それを発信するメディアを保有して、さらにリアルな場も持つという「コンテンツ+メディア+場」の仕組みを強化していきたいと思います。経験上、それによってじっくりと影響力が高まっていくからです。

いろいろな生き方や働き方があることを伝える役割を果たしていきたい。出会いの機会を増やすこと、良いハプニングを起こすことが、私たちの使命だと思っています。

同時に、新しい生き方や働き方を、自ら創り出していきたいですね。仕事を自分たちで生み出したり、人や企業に働きかけていったりしようと思います。テクノロジーの進化によってなくなる仕事もありますが、それ以上に新しい仕事が生まれています。単純な仕事をしなくてよくなる分、新しい仕事を実践したり、促進したりできるサービスを考え、提供していきたいと思っています。

いまの楽しい働き方を多くの人に感じてもらいたい

ー 最後に、中村さんにとっての挑戦とは。
私の中での挑戦とは、それがないと生きている価値がないというほど大事なものです。もっとも大切にしているのは「自由であること」ですが、挑戦することで自由を勝ち取ることができますし、それによって、さらに挑戦する自由も得られます。簡単にできることよりも、難しいこと、面白いと思えることに挑戦していきたいですね。

とは言っても、深刻に考えているわけではありません。これからも自由に、自分流でやっていくつもりです。

生き方や働き方に対しては、「まぁ、こんなもんだ」と思っている人が多いのではないでしょうか。そういう人たちに影響をもたらすような生き方や働き方を紹介していきたいんです。新しいものを見つけると、誰もがそれを紹介したくなると思います。私自身、いまの働き方を発見して、とても楽しく感じていますので、それを多くの人にも感じてもらいたいですね。
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目からウロコ
中村さんは、多様な働き方というコンテンツを求人メディアや書籍で発信し、リアルな場を設けて人と人との触れ合いを促進する独自のモデルを創り上げた。

既存の求人メディアの世界は、求人企業から広告を出稿してもらい、読者である求職者に届けるという、独特なB2B2Cのビジネスモデルである。お金は企業からもらうが、価値を提供するのは個人に対してであり、その結果として求職者が集まり、企業が喜ぶというモデルだ。中村さんは、あくまでも求職者目線を崩さず、いろいろな生き方・働き方を妥協なく提供するスタイルを貫いている。時には企業の依頼を断るほどという徹底ぶりで、その姿勢ゆえに、日本仕事百貨は独自のポジションを確立してきた。

ポジションを奪うのではなく、独自のポジションを創出することが大事である。そのポジションは、事業戦略として狙ったものではなく、自らの価値観として世の中に問いかけてきたことが、多くの読者や企業に受け入れられたものだ。ビジネスよりも、社会的価値の創造や社会課題の解決を重視するソーシャルビジネスが増えてきているが、中村さんはその代表的経営者と言えるのではないか。大上段に構えるような力みはなく、思い、縁、タイミングなどに立脚した、自由で等身大の経営を行っている。そのようなスタイルも、従来の経営者にない、人としての自然さを感じさせる。これまでの企業における競争理論などとは異なる、これからの若者の参考となる経営手法の登場を感じた。
(原 正紀)

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