2016‐03経営者154_西武信用金庫_落合様

真の協同組織である金融機関を追求
とことんお客さまを守る経営に
挑戦するリーダー

西武信用金庫 理事長

落合 寛司さん

1973年、亜細亜大学卒業後に西武信用金庫に入庫。3年目に自らが融資を断った中小企業が倒産する経験をして融資審査の重要性を感じ、企業経営を見る目を磨くために診断士資格を取得。店舗や本部などの仕事に携わった後、2010年に理事長に就任。積極的な融資活動を推進するとともに、お客さま支援センターの機能を充実させ、3万を超える支援者・支援機関のネットワークを構築して、預金・貸出金増加額、預貸率などの数値を信用金庫のトップクラスへと押し上げた。数多くの委員就任など公職においても活躍し、2015年に黄綬褒章を受章。お客さまとともに歩む、真の協同組織金融機関を目指す経営者に話を聞いた。
Profile
大学卒業後、西武信用金庫に入庫。2010年、理事長に就任。一律の年齢による定年制廃止や、お客さま支援センター充実などの積極経営で、預金・貸出金増加額、預貸率などを信用金庫のトップクラスへと押し上げる。中小企業政策審議会委員をはじめ、政府や省庁の各種委員など多くの公職に就き、2015年に黄綬褒章を受章。中小企業診断士。

業績が好調なのはお客さまが優れているから

— 業績が大変伸びていると伺っていますが、どのような要因でしょうか。
業績はお客さまが生み出すもので、好調なのはお客さまが優れているからです。平成28年3月の当期純利益(税引後)は10億円増の74億円を見込んでいます。これはお客さまを守るために使うものと考えています。好業績の要因には、経営環境としての2つの大きな流れへの対応が挙げられると思います。

1つ目は、世界経済の主役が変わったこと。これまでは先進国が主役でしたが、中国、インド、ベトナムなどの新興国に代わりました。先進国が主役の時代は高くても良いものは売れましたが、いまは安さが優先され、安くないとダメという時代の流れになっています。そのため、大企業を中心に、コスト削減策として海外へ生産拠点を移した結果、多くの中小企業でも売上減少などの経営課題が顕在化してきました。

なぜならば、中小企業では従来、設備投資、コスト管理、販売管理などの面倒を親企業に見てもらえましたので、納期と品質だけを見ていれば事足りました。それが、親企業が海外進出をしたことで、中小企業にも多くの悩みが生じるようになったというわけです。

2つ目は、日本が成長社会から成熟社会に変わったことです。成熟というより、衰退ではないかとも感じていますが。右肩上がりだった日本経済が、横ばいまたは下降に変わったことで、地域の中小企業に多くの経営課題が生まれました。変化が起きると、課題が発生するものです。
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問題は、その課題を自分たちだけでは解決できないことです。中小企業は経営スタッフが少なく、経営幹部も不足しています。さらに、地域にもそれぞれ税収不足などの課題があり、公共機関だけでは解決できません。

そこで私たちは、企業や地域の課題解決のために、お客さま支援センターを立ち上げました。このことが、私たちのお客さまが元気になった大きなポイントです。

お金を貸すだけでなく、日本企業の99.7%を占める中小企業の経営課題の解決、さらには地域課題の解決に取り組んでいます。地域企業や地域住民の支援は、直接できることは職員が行いますが、できないことは外部に委託し、3万を超える支援者・支援機関のネットワークを作り上げました。課題を解決すると企業が元気になり、資金需要や貸金のニーズが高まるという流れです。
— ディスクロージャーを拝見すると、利益だけではなく、優れた経営数値を残されていますね。
預金量は、平成27年3月で892億円増の1兆6,343億円となりましたが、貸出金は945億円増の1兆1,221億円と、預金以上に貸出が増えています。預貸率は74.7%で、業界平均の49.9%を大きく上回っていますが、それだけ積極的に中小企業に融資しているということです。「それほどまで前向きに融資して、回収は大丈夫か?」とも言われますが、延滞率は0.07%と、業界平均(0.9%程度)に対してケタ違いに少なくなっています。

要するに、私たちは企業が健康体になる支援に注力しているのです。企業が健康体になれば体力がつき、資金需要が増えて利益を生み出し、内部留保も増えていくという好循環が生まれます。これが私たちの好業績の要因で、胸を張ることのできる取組みです。お客さまの課題を解決するという意識改革を行ってから、業績も好転しました。

「お客さまの相談に乗る体制の構築」という差別化

ー 中小企業にはありがたい取組みですね。お客さま支援センター設立のきっかけを教えてください。
平成3~15年までに多くの金融機関が姿を消しましたが、もっともなくなった都市銀行は全体の64.3%が消滅しました。これらは合併をしながら減っていったのですが、一方で3倍の規模になった機関もあります。こうして、都市銀行はメガバンクへと変わっていきました。

メガバンクは、私たちとは圧倒的な規模の違いがありますので、同じやり方では勝負になりません。やり方を変えることが必要だった私たちが研究したのが、デパートとブティックについてです。

実は、デパートよりもブティックのほうが儲かっているのですね。比較すると、デパートが品物を並べてお客さまが買ってくれるのを待つ一方で、ブティックはお客さまの相談に乗っていることがわかりました。私たちはこれだと思い、お客さまの相談に乗る体制を築こうと考えたのです。

なぜならば、協同組織である信用金庫は、利用者が株主ですので、経営理念は相互扶助ということになります。成熟社会においては、お客さまを守る協同組織のほうが、投資家保護の銀行よりも良しとされるのではないでしょうか。

今後の経営を考えると、地域が定められている私たちは、成長力の高い新たなマーケットを求めて海外に進出することはできません。では、どこに未来があるかというと、現在の地域でお客さまの課題を解決する「お客さま保護」という原点に戻るべきだ、と。それこそが、私たち協同組織の立脚すべきところで、そのことがお客さま支援センターの立ち上げにつながりました。
ー これからの中小企業経営について、アドバイスをいただけますか。
意識しなければならないのは、TPPが締結されると、東京でグローバル化が起きるということです。中小企業は従来、現地法人を設けて海外で戦ってきましたが、TPPによって国内でのグローバル化が始まると、東京でも地方でも、企業の抱える課題が変わっていくでしょう。

私の予想では、市場の開放によって東京への一極集中がさらに進展し、地方や海外から力のある企業がやってくると思います。ですから、東京の中小企業は、経営力を強化しなければ生き残ることはできないはずです。一方で地方は、マーケット自体が衰退してしまう危険性がありますので、企業同士の競争は少なくなるかもしれませんが、地域の活性度を保つことが重要なテーマです。

私たち東京の金融機関は、「東京をどのような都市にしていくか」という課題に知恵を絞らなければならないでしょう。中小企業の経営力を強化するには、まずは技術や商品力などの本業を強くするべきで、それも自分たちだけでやろうとはせずに、専門家などの外部資源を活用することです。

次に考えるべきなのが価格競争力の強化で、本業以外の収益性を上げること―たとえば、家賃で人件費の3~4割を賄うことができるような体制を作ること、などが考えられます。本来は人件費すべてを賄うことができれば良いのですが、それは難しいでしょう。

さらには、人件費を変動費化することも挙げられますが、そのためには給与を業績連動型にする必要があります。仕事ができる人にしっかりと給与を払い、そうでない人との違いを明確にすることで、中小企業にもやる気のある人材を集められるのではないでしょうか。コアになるような人材が集まるように、中小企業こそ業績連動型の給与を考えるべきでしょうね。
私たちは、海外展開を希望する企業に対し、日本の中小企業に勤めたい外国人留学生と中小企業の社長をお見合いさせる活動も行っています。海外の方から見れば、日本の中小企業も外資企業で、一種の憧れがあるものですから、留学生は重要な人材の供給源だと思います。

このような形でもお客さまの海外進出を支援しているのですが、まずは海外=敷居が高いというイメージをなくすことが必要で、中国は九州で、インドは沖縄、くらいのイメージでやりましょうと言っていますよ(笑)。
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判断の正否を担保するべく、診断士資格を取得

— 落合理事長ご自身の、これまでのご経験をお聞かせください。
入庫3年目に、社員数40人ほどの中小企業の融資担当になり、貸せないと判断したところ、その会社がつぶれてしまう経験をしました。そのときは、社員の家族を含めて120人ほどの人生を狂わせてしまった、という痛恨の思いでした。会社がつぶれてしまうと、たとえ幹部だった人でも、ほかの会社で一からやり直すことになるのです。

融資を断ることの重さを痛切に感じて、自身の判断の正否をとことん考えました。支店長や課長は私の判断を支持してくれましたが、よくよく考えると、全員が素人です。通常、社会でジャッジをする人たち―裁判官、弁護士、医者などは皆、資格を持ってジャッジを下しています。

しかし、会社をつぶしたり、人生を狂わせたりする可能性のある重要な判断を下す金融マンには資格があるわけではなく、経験と勘で判断をしています。正直なところ、当時の自分にその資格が十分にあったかどうかは、疑問もありました。そこで、経営コンサルティングの勉強をしたいと思い、勉強をして診断士資格を取ったのです。

自社内の課題も第三者の目で見ることができるように

— 資格取得後、何か変化はありましたか。企業を見る目が変わりましたね。それまでは金融マンとして、お金の面だけから企業を見ていましたが、より広い視野で企業を見ることができるようになりました。
設備活用などによる生産活動、商品やビジネスモデル、デッドストックの状況など、多面的に企業を見ることができるようになったのは大きな変化です。さまざまな視点があることがわかって、企業を見る幅が広がりました。

そのことによって、融資などの判断の質も変わりました。先行投資が成功するかどうか、伸びる企業かどうかなど、表に出ていない潜在能力を判断できるようになったのです。つまり、過去の数字から未来が見えるようになったのですね。

たとえば、過去3年間、決算書の数字は上がっているものの、商品のピークが去ってしまっている場合などに合理化投資や増産投資をしてしまうと、後に過剰投資のツケが出てしまうものですが、積極的な融資に踏み切る一方で、そのようなミスジャッジは減ってきました。

金融マンは、財務だけしかわからないのではダメで、現場に行って工程分析・動作分析を厳密にするくらいでなくては、企業の命運を握るべきではありません。

その点で、診断士資格を取得すると、自社内の課題も第三者の目で見ることができるようになります。得意分野以外も、メガネを変えて見ることができますので、客観的な自己分析が可能になり、経営の安全度も増します。
— たしかにそうですね。診断士資格を持っていると、経営を行ううえでも、全方位に目が届きやすくなると思います。人材関係施策にも積極的に取り組まれているそうですが。
もっとも特徴的なのは、一律の年齢による定年制をなくし、能力で定年を決めていることです。たとえば、メジャーリーガーのイチロー選手はまだ現役ですが、早い選手は25歳前後で“定年”を迎える場合も数多くあります。能力を発揮できた人間とできなかった人間には、格差があってしかるべきなのです。

その能力差は、年齢が高くなるほど開くもので、「一定の年齢に達したので、能力差に関係なく一律に辞めてください」というのは、実力の世界ではおかしな話です。コンサルタントとして経験が豊富なことは、もちろんプラスに働きます。人は、好きなことをしているときほど能力を発揮しますので、人事異動を自身で決めることで、目標を意識した自律的な人財づくりが可能になるのです。

とはいえ、能力で定年を決めるのは簡単ではありません。まずは、ある程度で線引きをし、能力が水準を下回ったら、その要因について本人と上司で相談をします。上司は、本人の要望を聞いて対応し、それでも結果が出なければ、「次にダメなら、もう終わりだぞ」と伝えます。これだけ猶予を持って手厚くフォローをしてもダメならば、本人から身を引くことになるでしょう。

能力についてしっかりと定義づけをし、アフタフォローも手厚く行えば、自身の能力の限界には自分で気づくものです。能力のある人ほど、自分の潮時はわかるのですね。
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重要なのは、評価についてしっかりと説明をすることです。私自身も、常務以上からの評価を受けていますが、誰がどのように評価をしているのかは知りません(笑)。

こうしたフォローもせず、「業績が悪いので終わり」では、従業員も能力の発揮どころではありません。ですから私たちは、減点主義といわれる通常の金融機関とは逆に、賞を7割、罰を3割の配分で評価を行っているのです。

幹部には、理事長である私の給料を超えてもらいたいと思います。プロスポーツの世界では、一流プレイヤーの年俸は監督を超えていますので、企業でも経営者がもっとも高いというのは見直したほうが良いでしょうね。
— 今後やりたいことや経営戦略について教えてください。
先ほど述べましたように、日本はいま、2つの大きな変化の中で悩みを抱えており、その中で協同組織である信用金庫の機能が必要とされています。私たちは、真の協同組織である金融機関を創っていきたい。利用者保護のうえで最大の目標は、融資先企業をつぶさないことで、経営保証の制度や絶対に融資先企業がつぶれない体制を創っていきたいです。また、今後はお金だけでなく、人の面でも支援したいと思っています。

そのほか、優秀な人材に取引先企業を紹介したり、場合によっては経営陣を投入したりといったこともしていきたいですね。

企業が必要なものはヒト、モノ、カネ、情報で、特にいまは、カネよりもヒトが欲しいと思っている企業が多いでしょう。事業承継の問題もあります。たとえば、自分の娘が社長となるにあたって、それを補佐する優秀な副社長が欲しいと思っている企業があれば、そのような人材を送り込むことができるようにしていこうと思っています。

お客さまを徹底的に守ることが、私たちの使命です。株式会社という会社形態では、その趣旨は投資家保護ですから、お客さまをとことん守ることはできませんが、私たちは外部委託をうまく活用することで、それを可能としていきます。

私たちの業績を見ると、儲けすぎだと思うこともあります(笑)。しかし、決してお客さまに負担をかけて儲けたわけではなく、むしろお客さまを守って利益を出してきました。

そしてその利益は、今後ともお客さまを守る資金に使うのです。これは、投資家と顧客が同じという協同組織だからできることで、投資家と利用者が異なる株式会社ではできません。私たちは、お客さまに株式会社と協同組織の違いを徹底的に伝え、「私たちのヒト、モノ、カネ、情報をうまく使ってください」と語り続けていきます。

真の協同組織金融機関を創ることは大きな挑戦

— 最後に、落合理事長にとっての挑戦とは。
真の協同組織金融機関を創ることは大きな挑戦で、私の代だけではできないかもしれません。業況が悪化すれば、金利を安くするなどの対応が求められます。ですから、参加型金融を目指しているのですが、そのツールを1つひとつ作っていかなければなりません。時間はかかりますが、企業をつぶさない金融機関を目指していきます。

個人として挑戦したいのは、ガーデニングです。これまでは家族との時間をあまり持つことができませんでしたので、趣味や家族との時間を楽しむなど、普通の生活をしてみたいですね。

ただし、3ヵ月先まで予定がびっしり入っていますが(笑)。
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目からウロコ
最近のテレビドラマでは、銀行員が中小企業をつぶすことに何のためらいもないような冷血漢として描かれているのが目につく。晴れているときに無理やり傘を貸し、雨が降ってきたら強引に取り上げる、といった揶揄は古典的だ。

しかし、協同組織である西武信用金庫は、積極的に中小企業への融資を行い、お客さま支援センターを組織してお客さまをとことん応援して、その成長によって業績を高めていくという方向に舵を切った。そうして得た利益は、さらにお客さまを守り抜くために使うという、私たち中小企業経営者にとっては拝みたくなるような経営の好循環を生み出している。

落合理事長は、自らが経営を勉強するために診断士資格を取得し、融資における判断の正確性を増す努力を積み上げられた。さらに、外部の専門家とのネットワークを構築して、質の高いお客さま支援センターという仕組みを確立した。リージョナルバンキングのあるべき姿について、自らの行動をベースに追求している。お客さま支援センターの取組みは多岐にわたり、ここでは紹介しきれないが、その活動によって多くの企業が成長発展に導かれているであろうことは、同金庫の業績が物語っている。

預金を獲得しても中小企業の融資には回さず、自ら運用しているような金融機関は、リージョナルバンクとはいえない。企業を育てるためのリスクテイクこそがバンカースピリッツであり、落合理事長はそのような魂を持つ、まさに挑戦する経営者といえる。
(原 正紀)

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