2013-02経営者117_スクール・アドバイス・ネットワーク_生重様_ol

社会総がかりの教育を推進して
幸せな地域コミュニティ実現を目指す主婦経営者

経営者特定非営利活動法人スクール・アドバイス・ネットワーク理事長

生重 幸恵さん

主婦業のかたわら、主婦ネットワークを作り、企業からの依頼でマーケティング活動に携わりながら、PTAとして学校の活動支援にも積極的にかかわる。PTA会長となって学校での教育の課題解決に取り組み、その活動が認められて、東京都杉並区からの要請で特定非営利活動法人スクール・アドバイス・ネットワークを設立、理事長に就任する。さらに経済産業省からの受託で、活動を全国に広めるためのキャリア教育コーディネーターネットワーク協議会を設立し、代表理事も務める。企業や地域を巻き込んだ、社会総がかりの子どもの教育の輪を拡大し、幸せな地域づくりを目指す主婦経営者に話を聞いた。
Profile
わが子が通う杉並区の中学校のPTA会長として、学校教育の支援に取り組む。その活動経験を活かし平成 14 年に特定非営利活動法人スクール・アドバイス・ネットワークを設立して理事長に就任。さらに経済産業省の委託によりキャリア教育コーディネーターネット
ワーク協議会を設立して、代表理事も務める。

やりがいを持っていきいきと働く大人と出会うことで
子どもたちの目の色が変わっていくのを何度も見てきました

— 生重さんとは仕事で何度も顔を合わせてきましたが、お話をゆっくりと聞くのは初めてなので、楽しみです。キャリア教育のコーディネ−トというご活動を、一貫して続けていらっしゃいますね。
以前は主婦業のかたわら、マーケティングの仕事を行っていました。自分の感性だけでなく、主婦のネットワークを作って、企業からマーケティングの仕事を受託していたのです。じっとしていられない性格なので、PTA の仕事などにも積極的に取り組み、会長を4年ほど務めました。

PTA 会長として、子どもの活動や学内のイベント、先生たちの教育のお手伝いなどに積極的に取り組みましたが、そのときにいろいろな課題が見えたんです。先生たちは皆、忙しく一生懸命にやっているのですが、教育の成果は十分でなく、そんな中でさまざまな外部ゲストを呼んで話をしてもらうと、子どもたちが変わってくるということを体験しました。

その間に文部科学省が、学校支援地域本部や子どもたちの放課後の居場所づくりなどの活動を始め、私もかかわることができました。東京都杉並区から子どもの教育に関する施策の仕事を受けることになり、総合的な学習の時間を使って社会を学ぶチャンスを用意するなど、それまでやっていたことを他の地域にも展開し始めたのです。

活動を続ける中で、社会総がかりで行う教育支援活動に手応えを感じました。そして、もっと他の地域にも広げていくべきと思い、平成 14 年に学校教育のコーディネートを行う NPO を立ち上げます。マーケティングの仕事をしていた頃と比べて、収入は 10 分の1になってしまいましたね(笑)。
—キャリア教育の必要性が盛んに喧伝されたのもその頃ですが、どのような活動でしたか。
いろいろと手がけてきましたが、カナダの生物学の博士を呼んで、通訳を入れながらオルカ(シャチ)の生態の話をしてもらったことがありました。パソコンを使ってオルカに関する画像や情報を流してもらい、英語で解説してもらったのです。動物や自然への関心とともに、英語への興味も深まったと思います。

また、週刊「サッカーマガジン」の編集長にも話をしてもらいました。国際理解教育として、サッカー選手たちが発展途上国の支援などに情熱を持ち、自分たちが戦って稼いだ報酬の一部を寄付したりしていることを語ってもらったのです。選手たちが、スポーツを通じてそのような自己実現を果たしていると知ることで、働くことの意味を考えてもらえたと思います。

日立製作所の取組みも印象的でした。日立グループが持つユニバーサルデザインの知識や技術を活かした、子どもたちが参加型で学べる学習プログラムを行ってもらったのです。従業員の方に事前研修をして授業を担当してもらい、ゲームやグループワークを通じて、誰もが暮らしやすい環境にするためにできることを考えさせました。

やりがいを持っていきいきと働く大人と出会うことで、子どもたちの目の色が変わっていくのを何度も見てきましたので、もっと目をキラキラさせてもらえるよう、コーディネートの仕事に力を入れました。有名人を招いた講演会などもよくありますが、むしろ多様な一般の職業人とのふれ合いが、子どもに大きな影響を与えると思います。

企業も社会に生きる一員なのですから
子どもという未来への投資は、積極的に行ってもらいたい

ーCSR などは増えてきましたが、企業としてそのような取組みは積極的なのでしょう
か。
企業もこの社会に生きる一員なのですから、子どもという未来への投資については、自分たちにとっても価値のあるものとして、積極的に行ってもらいたいものです。キャリア教育の事例を見てきて、企業側の論理と学校側の期待の間に溝があったと思います。それを埋めるために、私たちが活動しているのです。

かつても企業側から学校へのアプローチはありましたが、それは企業側の論理からのもので、学校にしてみると、やりたいことと合わないことが多かった。学校に対しては、企業の取組みがどの教科に役立つかということを、企業に対しては、保有するプログラムがどれほど子どもの教育に役立つかということを、コーディネーターとして双方にしっかり伝えることが必要です。

そのような活動は、企業にとっても良いPR になります。子どもを取り巻く方々の心に、企業の社名を印象づけることができるわけですから。子どもの教育にかかわった社員が、非常に意欲的になる事例も見てきました。子どもたちの真剣な顔を見て、自らの初心を思い出したりするんです。子どもたちが理解できるように、難しい仕事の話などをするのは簡単ではありませんが、それが伝わったときのやりがいや達成感は大きいですね。
ー未来を担う子どもたちの成長にかかわれるのは、大変やりがいのあることです。育ち盛りの子どもたちの変化も、大きいでしょうね。
たとえば偏差値の低い学校では、子どもたちの中に人生に対するあきらめ感が漂っていることがあります。まだまだ人生これからで、本気でやればいくらでも成長できるのに、現状に過度のコンプレックスを感じてしまっているのです。でも、人と出会うことで変わり、可能性に気づいて積極的に動き出すことも多く見られます。

成績が悪いだけで、自分の存在価値を見失って、何事にもやる気がなくなってしまう。そういった子どもたちの前に社会人を連れてきても、聞く態度が非常に悪かったりして、中には怒り出す講師もいます。でも、だらしない態度で話を聞いていないように見えて、実は結構、ちゃんと聞いているんです。

何回か話を聞いているうちに、アンケートに書く感想の量も増えてきます。だらしない姿勢はだんだんと良くなり、髪の毛の色も変わっていき、見違えるようにしっかりしてくることもあります。「君たちはいま、できないと思っていても、本当にやりたいと思って頑張れば、いくらでも可能性はある」という体験談を聞いたとき、アンケートに「もう1回、頑張ってみる」と書いてきてくれた生徒もいました。
ー「学校と社会のつなぎ役」として担っている機能や、行っている仕事について教えてください。
まずは、学校が抱えている課題解決や、やりたいことを実現するための提案です。状況に合わせて、どのような人とつなぎ、どのような話をしてもらえばよいかを提案していきます。企業からの依頼で、それぞれが保有するプログラムや事業を活かした、学校とのマッチングも行っています。

企業主体の事例としては、ある会社の総合研究所の事業を、小学校とマッチングしたケースがあります。子どもたちにはまだ、BtoB の仕事などわかりませんが、実は算数との関係はこんなにあるとか、人と話す力はこんなに大切だとかを知ってもらうものです。これは、企業からのオファーに対して、実施する学校を探したケースでした。

活動の中心は東京ですが、各地とも連携をとりながら活動しています。たとえば沖縄県では、キャリア教育の事業を県全体に拡大して行っています。また、青森県でのコーディネーター人材育成の事業にかかわったりもしています。公共事業の受託などが多いですね。

そのような活動のコアとして活躍できるキャリア教育コーディネーターを養成することを、私たちの活動の1つの目標としています。私たちが直接できる範囲は限られていますので、全国のコーディネート機関と連携して活動を広めていき、将来的には全国各地でのネットワークを実現したいと思っています。

全国のコーディネート機関と連携して活動を広めていき
将来的には全国各地でのネットワークを実現したい

— この制度について、まだ知らない人も多いと思います。キャリア教育コーディネーターや、その協議会について説明していただけますか。
キャリア教育コーディネーターとは、子どもたちの多様な能力を活用できる場を提供することで、地域一体となったキャリア教育の実現を目指すプロフェッショナルです。現在は、北海道から沖縄まで 17 の機関が活動していますが、全国各地にそのニーズはあります。
もともとは、経済産業省の事業を受託して行ったのがスタートですが、私たちがそのとりまとめ役を担いながら、全国の民間企業、NPO、団体などと連携して、キャリア教育コーディネーターの認定制度を作り、社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会を設立しました。

企業と学校の架け橋になる役割を担いながら、キャリア教育にかかわる幅広い活動を行っています。協議会がコーディネーターの育成・認定を行い、自主的に研究会を開催しながら、優れた事例の発掘や普及に取り組んでいます。この活動を全国に広げることで、キャリア教育の必要性やその効果的な実行について、多くの方に認識してもらいたいと思っています。
2DEC4107

コミュニケーション能力などは、いきなり上達するものではない
「あの会社がつぶれたらかわいそう」と思われるくらい、努力することです

キャリア教育は人づくり、ひいては地域づくりですから、生重さんの活動は地域再生にもつながりますね。
日本の学びには、継続性がないと思います。教育のあり方や地域での学びについて、もっと考えなくてはなりません。1人の子どもが育っていくことを大事にして、注目すべきです。それが、お年寄りをいたわることや、災害時に助け合うような活動につながり、自分たちの手で街を活性化できるようになっていきます。

そうすることで、地域がやりがいのある、個性的なエリアになっていくのです。そこで学ぶ子どもたちの意識も、さらに変わっていくと思います。子どもの成長にかかわることで、地域のコミュニティがつながり、それを増やしていくことで地域コミュニティが活性化し、住民の幸せにもつながっていくのではないでしょうか。

「幸せな県」と言われる富山、石川、福井などは、そのようなキャリア教育にとても熱心で、それを通じてコミュニティも活性化し、新しい仕事なども生まれています。「貯蓄率が高い」、「持ち家率が高い」などの成果も出ていますが、経済団体や青年会の方々が、とても熱心にキャリア教育に協力しています。

もはや、一生安心して勤められる企業などないということは、大人たちはわかっています。だから、自分たちで地域づくりをして、仕事を生み出さなければなりません。フリーターやニートの増加も非常に深刻な状況だと思いますし、大学生の就職も大きな問題です。

社会に出て重要と言われるコミュニケーション能力などは、大学生になってから教育しても、いきなり上達するようなものではありません。子どもの頃から重要性を認識し、学んでいくことが土台になるのです。専攻を選択する根拠や、目指したい目標を持つことが大事なのですが、それを持つ場がないのが教育の現状でした。
— 教育の現場では、モンスターペアレンツによる教師のメンタル不全など、保護者とのかかわりの問題も指摘されています。ゆとり教育にもさまざまな見解があります。現場を知っているお立場から、どのように考えますか。
クレーマーとなっているような親の場合、学校教育には期待していないんです。塾の授業を優先させて、学校の行事などを軽く見るケースもありますが、日本の学力の根底を支えるのは義務教育です。批判するのは簡単ですが、どうするかを考えることが大事で、「何も考えずに、文句ばかり言うんじゃない」と伝えたいです(笑)。
2DEC4072
ゆとり教育については、メディアが作り出した悪いイメージが強いと思います。たしかに、教育のいくつかのカリキュラムを削りましたが、「ゆとり」と言われる前に、もともとは「総合的な学習」の充実が目的だったんです。さまざまな現代的な課題に目を向け、時間をかけて研究させることを目指しました。それによって、勉強の意味や必要性に気づいてもらうきっかけとするものです。

それをしっかりやりきれなかったのは問題ですが、マスコミがゆとり教育を叩いたのは、もっと表面的な理由だったと思います。教育の手抜きという方向に持っていかれましたが、本質的な狙いは違ったと思いますし、それがしっかり実行できていれば、ノルウエーやフィンランドのような教育の充実に結びついたかもしれません。
— 学校へのコンサルティングや教育プログラム開発などの事業も、幅広くされていますね。
一過性のイベント的にやっていくのではなく、年間を通じた定番の活動として行うことが重要です。その学校の方針に合わせたコンサルティングをさせていただくことで、地域の人と協働して行うのです。これまでは小・中学校が多かったのですが、学習指導要領でキャリア教育の導入が指示されたことで、高校でも増えてきました。

学校がやろうとしていることに対するアドバイスから、実行するうえでのサポートやプログラムの開発も手がけます。内閣府が、各地にキャリア教育の協議会などを立ち上げようとしていますので、協力しながら一翼を担えればと思います。

PTA 活動や家庭教育の充実に向けた支援も行っています。講演会などを頼まれることも多いですが、話をするだけでなく、ワークショップなどの手法も取り入れて、参加型で行うようにしています。アウトプットをしてもらうことが大事ですね。人の話をインプットするだけなら、「面白かった」で終わってしまいますが、自分たちの内面にある思いや課題をアウトプットすることで、より真剣な取組みにつながっていきます。

また、子どもたちの余暇活動の支援もしています。農林水産省の事業で、夏休みに子どもたちを農家などへ連れていくような取組みです。定期的に行っていますが、農家側も子どもたちが来てくれることを楽しみにしています。大学生たちがボランティアで手伝ってくれますが、彼らもいい顔になります。全員で寝泊まりして同じ釜の飯を食べ、カッコつけなくなると、変わっていくんです。

そのほか、生涯学習の推進も行っています。大人向けの講座などの運営ですが、小学校の授業をサポートしてくれるような人材の育成です。現在、育成した 150 名の方が、杉並区の小学校で活躍しています。英語の堪能な方や、環境の知識を持っている方なども
大勢、来てくれました。教育に参画するのは、地域の人にとってもやりがいがあることなの
です。

キャリア教育コーディネーターという職業が、自立できる社会を作りたい
その必要性が、社会から認識されるようにしていきたいと思います

— では最後に、生重さんにとっての挑戦とは。
まだまだ壁を感じることは多いですね。学校の保守的な体制などは、10 年程度では変わらないでしょうが、だいぶ糸口はほぐれてきていると思います。豊かな時代は、企業も学校教育には期待せず、「社会に出てから教育するからいい」というスタンスでした。でもいまは、企業にもその余裕がなくなってきています。

それに対する学校側の理屈としては、「産業界に人材を輩出するために育てているのではない」、「学問の追究だ」という姿勢でした。大事なのは、社会に出てからの若者たちの居場所をしっかりと確保できることです。そのためには、社会への出口である大学だけでなく、高校、中学、小学校と変わる必要があります。同時に、それを担う地域も変わっていかなければならない。

キャリア教育コーディネーターという職業が自立できる社会を作りたいですね。活躍の場所は、学校でも、企業でも、地域のコミュニティでも、どこでもいい。その必要性が、社会から認識されるようにしていきたいと思います。

沖縄県は教育委員会と連携し、その活躍の場を作り始めています。奈良県では、大学で資格保有者が優先的に採用されています。そのような実績を積み上げながら、子どもたちのためになるキャリア教育を実現させていくのが、私の挑戦です。

特定非営利活動法人スクール・アドバイス・ネットワークDATA

設立:2002 年10 月,事業内容:教育界と産業界のコーディネート,学校支援事業推進のためのコンサルティング,教育プログラム開発,人材育成・マネジメント,PTA活動・家庭教育充実のための企画やアドバイス,子どもたちの余暇活動支援,生涯学習のための企画・運営,知的障害や軽度発達障害がある児童などの能力開発支援など
目からウロコ
かつては企業も閉じた存在だったが、グローバル化や情報化の流れの中でオープンな存在となり、外部アライアンスや業界再編、会計の透明化、経営の見える化などが積極的に行われてきた。それは、環境変化に対応するためであり、端的に言えば、生き残るためであった。それと比べると、教育という世界はまだまだ閉鎖的で、環境変化への対応が遅い。

たしかに、基礎的な学力をしっかりつけるために行われてきた「読み・書き・そろばん」といった素養は、社会人になるうえで必要不可欠のものである。しかし、それだけで仕事を完遂できるものではなく、働くこと、人とかかわること、自分で考えて行動することといった基礎的な態度や能力の重要性が近年、とみに指摘されている。裏を返せば、若い世代を中心にそれらが不足してきていることの表れだろう。以前は各地域にコミュニティがあり、そのような基礎的な態度や能力の向上に貢献してきた。挨拶をしないと、近所の厳しいおじさんやおばさんに叱られたものである。いつの間にか、挨拶すら交わさないコミュニティが増えてしまったが、その1つの要因は、農業・製造業・商業などが効率化・チェーン組織化され、地域で働く大人と子どものかかわりが希薄になったことだろう。そのような大人と子どもを結びつけるには、コーディネーターの存在が必要になった。
生重さんの活動は、閉塞感が漂ういまの日本で、明日への架け橋となるような希望の取組みである。
(原 正紀)

この記事を共有する

コメントは締め切りました