2019‐02Umano09_people-first_八木様

「人で勝つ」経営をリードする
人事のプロ
NKK、日本GE、LIXILのグローバル企業3社で極めた日本企業変革論

株式会社people first 代表取締役

八木 洋介さん

Profile
1955年京都府生まれ。1980年、京都大学経済学部卒業後、日本鋼管株式会社に入社。1990年、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院に留学し、MS(経営学修士)取得。米国法人での勤務を経て1999年、GE横河メディカルシステム株式会社に入社。2002年より日本ゼネラル・エレクトリック株式会社の取締役を務め、2009~12年、GE Japanの経営陣として人事などを担当する。2012年、株式会社住生活グループ(現株式会社LIXILグループ)入社、執行役副社長として主に人事・総務を担当。2017年に独立、株式会社people firstを設立し、代表取締役に就任。著書に『戦略人事のビジョン』(光文社新書、共著)。
HARA'S BEFORE
住生活分野の主要企業5社が合併してできたLIXIL(リクシル)社は、グローバルでのトップカンパニーを目指し、人事制度の大胆な変革などを実施した。副社長として、その中心になっていたのが八木さんだ。人事のプロとして日本型人事システムにメスを入れ、戦略を推進、「人で勝つ」というコンセプトを掲げ、経営的視点から人事変革に取り組んできた。その理論や手法は、企業の人材戦略のあり方に影響を与え続けている。グローバル企業3社での豊富な経験から生み出された独自の人材マネジメント論は、多くの企業の参考になるはずだ。

「謙虚なコンサルティング」による人事変革

原:「人で勝つ」というコンセプトを掲げて、これまでグローバル企業3社で人材戦略に携わってこられました。現在は主にどのような活動をされていますか。
八木:独立して、日本の企業に人事変革のアドバイスをしています。人事の課題を抱えている会社は、日本にはとても多い。でも、一般的なコンサルティングはやりません。つまり、答えを出すのではなく、自分で考えてもらうための支援をしています。日本企業の人事には優秀な人が多いので、そのやり方がいいのです。制度が好きな人や、古い考え方で運営している人も多いですが、過去を捨てなければ現在には適合できません。過去を捨てるのがなぜ必要なのかをアドバイスして、必要な人事を自ら作り上げていただくのが、私のやりがいです。
原:「一般的なコンサルティングではないやり方」とは何か、もう少し教えてください。
八木:以前学んだこともある、マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャイン教授は「プロセス・コンサルテーション」と呼んでいました。最近は「ハンブル・コンサルティング」、つまり、謙虚なコンサルティングと言っています。クライアントに寄り添い、一緒に問題点を洗い出し、解決策を議論していくことです。
 
いわば、派遣CHO(人事責任者)ですね(笑)。会社を変えるためには何も張りつかなくてもいい。企業には優秀な人事の方はたくさんいるので、月に何度かお邪魔する形でも十分です。これまでは企業の中で人事の改革をしてきましたが、1社だけやるより10社まとめてやるほうが社会に貢献できると思って独立しました。

人事は血の通ったものであるべき

原:大型合併で話題になった株式会社LIXILの副社長時代は、どのような取り組みをされたのですか。
八木:日本の大手企業5社(トステム、INAX、新日軽、東洋エクステリア、サンウエーブ工業)の合併でLIXILができました。統合を進めてグローバル展開をするために、藤森CEOが就任しました。彼は日本GE時代から11年も私の上司で、そのご縁もあり、私も経営の一翼を担うことになったのです。「グローバルのリーディング企業となる」と掲げて海外企業3社を買収しましたが、統合とグローバル化が課題であり、チャレンジでした。「新しい会社を創る」という思いでしたね。優秀な人は山ほどいるので、統合基盤をどう作るかがポイントでした。いわゆる日本型の人事、すなわち職能資格制度や年功序列などが残っていましたが、これらをやめれば日本企業はもっと伸びるんです。
 
会社は「強い」と「良い」を両方持っていないといけない。そんな観点で表現すると、当初のLIXILは「強いトステム」と「良いINAX」という感じでした(笑)。それぞれの統合会社がけん制している状態だったので、お互いを学び合うことを進めました。
 
グローバル化に関しては、日本の人事制度を輸出することはできません。職能制度など間違っても輸出できませんし、年功序列や定年制なんて訴えられてしまうでしょう(笑)。そんなことをやってるうちはグローバルにはなれません。世界で通用する人事をやらなければならないと、すぐに変革に取り組みました。
原:日本の人事はガラパゴス化しているのですね。具体的にはどのような手を打たれたのですか。
八木:職能資格制度を職務制度に変えました。年功序列も廃止しました。大事な仕事ができるのは日本人男性とは限りません。日本人でなくてもいいし、年齢だって若くてもいい。要は一番できる人にやってもらえばいいんです。「管理職になるには何年必要」といった硬直的な人事もなくしました。
 
目標管理制度も間違っています。目標を持つことは必要ですが、目標管理シートだけで評価するのは間違いです。やるべき仕事はどんどん出てきますから、シートに書いた目標でしか評価しないというのはおかしい。人事は客観ではなく、主観であるべきだと考えています。ただ、主観は好き嫌いになりかねませんから、アンフェアにならないためには複数の人たちによる議論が必要です。
 
ポジションも議論で決めます。人事はデジタルなKPI管理などではなく、もっと生き生きと血の通ったものであるべきです。評価は上司が何をねらっているかによって変わりますが、それをKPIでひとくくりにするのは難しい。勝ち方というのは、リーダーの主観的な考えによるものです。「分け隔てない人事をやろう」と藤森さんと話しました。
原:そういった大きな改革に対して、現場は戸惑ったのでは?
八木:戸惑いはあったかもしれません。ただ、ストーリーとして伝えていたので大きな混乱はなかったですね。当初、海外売上は500億円程度でしたが、6,500億円くらいまで伸びていきました。グローバルな組織になる必要があったのです。人事評価の仕組みは日本以外の国ではほとんど同じで、パフォーマンスとリーダーシップで評価していました。日本だけが目標管理主体の評価だったので、急いで変えなければならなりませんでした。
 
グローバルに向けたマインドセットも必要で、そのために研修を重視しました。私も年間60日くらいは研修に張り付きましたね。1年目は執行役員クラス72名を3つのクラスに分け、9ヵ月かけて4回のセッションで育成しました。何回かの研修でリーダーが育つことはありません。重要なのは「強さと良さ」に気づかせることです。
 
翌年は部長・課長クラスまで行い、3年目は一般社員まで広げました。すべての階層・年代で学びの必要性に気づきを与えるとともに、新しくなった会社の経営を伝えました。へばりつくと誰が優秀かは、すぐわかるものです。4年で850人を研修しました。日本のグループには4万人ほどいますが、それぐらいのキーマンが気づけば、会社は十分変わっていくものです。

自分に軸がなければリーダーにはなれない

原:リーダーシップ開発は日本企業の大きなテーマだと思います。リーダー育成のアクションプランについてはどうお考えですか。
八木:リーダーは、人や組織をリードすること以前に、まずは自分をリードすることが大事です。そのためにはプリンシプル、つまり軸が必要で、自分というものがしっかりしていなければリーダーシップは発揮できない。他人の指示でやるだけの人は、リーダーではなくマネジャーです。
 
そして、軸と同様に大事なのが知恵です。しかし、多くの会社では経営リテラシーが足りない状況にあります。財務やマーケティングなど、ビジネススクールで学んでいるようなことも知っておく必要がある。たとえば「戦略」という言葉をよく使いますけど、果たしてその意味をしっかり説明できるでしょうか。経験はしていても学びが足りない。経験をどれだけ積んでも社長にはなれません。LIXILにしても社長は外から来ているわけですから。自分でものを考えて進んでいくための、エンジンと知恵が必要だと伝えてきました。 

体験や経験、無意識にやっている意思決定などを、一度振り返って、本当にそれでいいのか考えるということも研修に取り入れました。いわば、軸探しです。迷った時は何をキーに意思決定をするのか。迷ってブレるようでは、下にいる人が迷惑です。自分の人生観、人事観、経営観をハッキリさせようという研修です。
 
研修は多く受けても数百時間くらいですが、プロになるには1万時間は必要と言われます。研修だけでは、とてもプロにはなれません。だから研修で必要なのは教えることではなく、自分で考えさせ、気づかせることです。自分で考えなければ自分のものにはなりません。
原:日本では、教える教育が主体になってしまっていますね。
八木:教育には答えがありますが、経営には答えはありません。ジャッジするときに軸がなければ、サイコロを振るような一貫性がない判断になってしまいます。ラウンドテーブルミーティングというのも年100回くらいやりました。社員は合併前の個社のことは知っていても、LIXIL全体については知らない。「LIXILをもっと知ろう」と言ったら、若手が「LIXILよく知るミーティング」と名づけてくれました(笑)。
 
会社を変えるために私は来たのです。変えなくていいなら立派な人がLIXILには大勢いますから、私が来る必要はなかった。5社統合とグローバル化はすぐにやることで、3年もかけていたらダメなんです。
 
GEが開発した「9ブロック」という評価制度を導入すると言ったのも、4月に入社して1ヵ月後のことで、みんなに驚かれました。そして、7月には実施しました。その基本は議論なのですが、1回目はあまりうまくいかなかった。2回目を9月、3回目を翌年4月に行い、GEと同じくらいのレベルで議論できるようになったのです。優秀な人はいるので、仕組みを作ればいいと確信しました。
原:とてもスピードのある改革だったのですね。
八木:そうです。変革はゆっくりやれという意見があります。抵抗勢力がたくさんいるから急激にやると勢いづかせてしまうということでしょう。でも、日本GE時代に、変革には旬があると学んでいました。変革に抵抗はつきもので、スピードをもって断行すれば抵抗は1回で済むのです。時間をかけるほど、何度も継続して抵抗されてしまいます。

「サバンナ経営」で経営の厳しさを伝える

原:大学卒業後、最初はNKK(日本鋼管)に入社されたのですね。
八木:18年いました。とてもいい会社だと思い、一生懸命に仕事をしていましたね。最初の3年は原価管理だったのですが、そこから人事に異動させられました。「鉄鋼会社に入ったのに人事はやりたくない」と言ったのですが(笑)。年功序列や定期異動には納得がいかないことも多かった。そんな疑問を自分なりに解決しようとしましたが、「戦略的じゃないな」という考えがぬぐえず、許可を得て海外に留学しました。
 
「おまえを海外要員にするために人事にしたわけじゃない」と言われましたが、「部長みたいになりたくないので」と答えました、今思えば生意気でしたね(笑)。帰国してからは、いろいろ挑戦して、失敗もたくさんしましたが、「おまえのいいところは私心がないところだ」とも言われました。30代後半に当時GEのCEOだったジャック・ウェルチの経営を学び、自分も現場でその考えを試してみたところ、素晴らしかった。その後、アメリカに派遣され、CEOの補佐としてアメリカのマネジメントを経験しました。日本で私を使うという話が出たのですが、年功序列が理由の一つでその異動が流れてしまい、会社を移ることにしました。
 
転職先はGEで、担当は日本のヘルスケア部門の人事です。最初はアメリカで3ヵ月赴任しましたが、人事が経営の一貫として戦略的に機能していると痛感しました。人事がストーリーになっていて、とても勉強になったのです。NKK時代に考えていたことと組み合わせて、「経営とは」、「人事とは」と考え始めるきっかけになりました。また、米国GEの研修を見て気づいたのが、学ぶよりも自覚することや、軸をつくることです。日本人は「自己抑制する」のですが、日本人以外は「自己主張せよ」と教えられるんです。「これだ!」と思いました。自己抑制は素晴らしいこと、人のためになる良いことです。しかし、自己主張する人と自己抑制する人が一緒に働いたら、主張する人のほうが強いものです。その頃にものすごく考えて、行きついたのが「人で勝つ」という考えでした。
原:たしかに自己主張するためには、しっかりと主張できる軸が必要ですね。
八木:ただし、自分勝手な自己主張はダメです。ノン・ジャパニーズに対しては、「強いだけじゃダメだ。もっと良くならないと」と伝え、日本人には「もっと強くなろう」と伝えました。単に伝えるだけでなく、腹に落とすことが人事として必要なスキルです。日本GE時代から、コミュニケーションは合気道スタイル、つまり、相手の頭を使って伝えること、相手に考えさせることを心がけました。 最近は「サバンナ経営」といって、経営の厳しさを伝えています。
 
「20万年前に人間は生まれて、1万年前に農業を始めるまでは狩りをして暮らしていた。ライオンなどの動物がライバルだった。狩りは苦しいし、動物たちに体力ではかなわない。『疲れた』、『やる気がない』、『力を合わせることができない』などと言っていたらライオンに食われてしまう。しかし、人間には知恵があり、集団になったり、道具を使ったりして生き抜くことができた。仕事でも集団の力と、知恵を使うことが大事だ」 どうですか? 

こんなふうに話されると、頭の中でライオンが走りませんか(笑)。イメージすることができると忘れないんですよ。たとえ話は頭の中に描けるから非常に有効です。それが、わかりやすく腹に落ちるコミュニケーションです。また、意図的にやってきたのは、言い切ることです。「~と思う」というあいまいな表現は使わないようにしました。
原:たしかにライオンが走るイメージが残ります(笑)。理屈だけではなく、感性に響くことが大事なんですね。
八木:だから、人事は血の通ったものであるべきだと思うんです。データも大事だけど、経営はアートなんです。人の心を打つことは、デジタルやロジックにはできません。もちろん、それらも大事ですが、あえて時代の流れを逆手に取って、「人事とは血の通ったもの」と宣言しています。

人事は言葉の魔術師たれ!

原:NKK、日本GE、LIXILというキャリアから得たこととは?
八木:人事のすばらしさをNKKで知り、それを体現していたのが日本GEでした。「経営する意識がなければ、人事の仕事はできない」と気づいたのもその頃です。そして、人事でプロになる気持ちを固めました。経営者やCEOになるにしても、人事のプロになることが先決だと考えました。
 
日本GEで藤森さんと出会えて、CEOという仕事が素晴らしいと思えました。頭の中では常に経営を考えていましたね。「人事が経営のボトルネックになってはいけない」と覚悟を持って仕事をしてきました。会社が何かやろうとしたとき、まずは経営として考え、次に人事として何をすべきかを考えるようにしました。
 
GEにいるときに、実は日本人の血が騒いだんです。グローバルの視点から見ると、日本人は情けなく思えます。能力は高いのに、それがグローバルに生かしきれていない。GEに入って10年近く経って、最後は日本の企業で働きたいと思いました。そしてLIXILに入って5年で変えようと思いながらも、いずれは複数の会社に関わりたいという気持ちが湧きました。これまでのようにマインドチェンジさえすれば、多くの日本企業は変わると考えています。
 
人事の人たちには、「言葉の魔術師たれ」と話しています。芸人がいろんなネタを考えるのと一緒で、どうしたらうまく伝えられるか。自分の言葉じゃないと意味がないんです。
HARA'S AFTER
とにかく明確でわかりやすく、力強い説得力がある言葉が多かった。これが人事のプロとして組織にメッセージを発信し続けてきた、伝わるコミュニケーション力なのだろう。 日本企業では長いこと、「人事=裏方の調整部門」というイメージが抱かれ、「労務管理の仕事」という印象を持つ人は今でも多い。しかし、八木さんが言うように、人事は経営の中枢にある概念で、会社を左右する重要なセクションだ。これまでの日本型人事システムは、グローバル人事が問われる時代になってみると、ガラパゴス的に進化した特殊なものであることがわかってきた。一方、日本型の良さもあるはずで、それをどう融合させていくか。 

八木さんは血の通った人事を標榜し、方針を明確に伝える合気道型コミュニケーションの実行や、自分の軸を明確に持たせる人材育成など新時代の人事を目指している。これからのご活躍に注目したい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です