2016‐05経営者156_大川印刷_大川様

CSRを事業戦略と捉え
ソーシャルプリンティングカンパニーを
推進する経営者

株式会社大川印刷 代表取締役社長

大川 哲郎さん

東海大学入学直後に、100年を超える歴史を持つ大川印刷の4代目経営者だった父親が急逝。一時は大学中退も考えるが、主婦だった母親が経営を引き継ぎ、自身は大学卒業後に他社での修業を経て、25歳で大川印刷に入社。次期経営者として会社の改革に取り組み、ベテラン社員との葛藤に悩まされながらも、青年会議所などで経営の勉強をして試行錯誤を重ねる。2005年の社長就任後は、歴史ある企業での自らの使命と向き合い、社会課題を解決する「ソーシャルプリンティングカンパニー」というコンセプトを打ち出す。CSRをベースとする経営で社員を巻き込み、数々の表彰を受けるなど、印刷業の新しいあり方を追求する経営者に話を聞いた。
Profile
東海大学入学時に、4代目経営者の父親が急逝。大学卒業後、父の友人が経営する印刷会社で3年間修業を積んだ後、100年を超える歴史を持つ大川印刷に入社。2005年に社長に就任し、本業を通じた社会貢献を実践する「ソーシャルプリンティングカンパニー」という指針を打ち出して、CSRを軸とする事業展開で受賞等も多数。

当社の本業は社会課題を解決すること

— 現在は主要産業の1つである印刷業ですが、貴社は100年以上の歴史をお持ちだそうですね。
当社は1881年に創業し、135年の歴史を持つ会社です。明治に入ってすぐの開国間もない時期に、神奈川・横浜で医薬品の貿易商を始めた創業者の息子が、当時では珍しい印刷業を目指したのです。その頃は貿易輸出品としてシルクが主要品で、生糸にまつわる印刷物や輸入医薬品のラベルを印刷していました。

彼は貿易商時代に輸入医薬品を見て、そのラベルの美しさにひかれ、有望な産業になると思って20代で印刷業をスタートしたそうです。私は6代目の経営者ですが、製薬会社との仕事である医薬品の効能書きやラベル印刷は、いまも当社の主要事業です。この地で古くに創業し、歴史が長いため、地元の老舗との取引は多いですね。

当社は環境対策にも力を入れていて、1990年代から環境問題に取り組み始めました。当時は変わり者扱いされましたが(笑)。個人的にも、11年前からハイブリッドカーに乗り始めたのですが、環境に優しい製品づくりは、自然だけでなく人にも優しくあることが必要で、当社は1990年代後半からユニバーサルデザインを手がけ始めました。
— あらゆることに一足先に取り組むことが、貴社の伝統のようですね。印刷業界の現状についてお聞かせください。
印刷業界の現状は厳しく、廃業・倒産する企業も多く見られます。デジタル化の波を受けて紙媒体をやめ、Webに移行する流れが顕著です。このように、電子書籍やデジタルサイネージが増える一方で、紙媒体もなくなりはしないものの、着実に減っている環境下で、どのような策をとるかが、ここ十数年の主要なテーマと言えます。
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さまざまなやり方が考えられますが、ワンストップサービスの方向で、製品の印刷だけでなく広報宣伝など、印刷にかかわるすべてを手がける企業もあります。一例として、コンビニエンスストアに対しては、販売展開する新製品のPOPやポスター、景品などを各地に設置する際、すべてを1社でまかなえるように提案するといったものです。

当社の取組みとしては、扱うデータにおいてはワンソースマルチユース―つまり1つのデータから多様な展開を考えていきます。そのような取組みを強化しつつ、ソリューションプロバイダーとして、顧客の課題解決型ビジネスの展開を目指す中で、新しい方向性として、11年前に「ソーシャルプリンティングカンパニー」というビジョンを掲げました。

地域や社会に必要とされる企業になろう

ー 厳しい業界環境の中、積極的に変化を求めていらっしゃいますね。CSRにも積極的と伺いました。
最初は青年会議所で学ぶ中で、社会起業家の調査として、ソーシャルビジネスで起業する方々に勉強させていただき、2003年頃から企業の社会貢献(CSR)に興味を持つようになりました。企業が存続していくために、経営の理念や事業の意義を従業員たちにわかりやすく伝えるには、どのようにするのが良いかを考え抜いたのです。

そこで行き着いたのが、当たり前のことを徹底する「凡事徹底」で、私は「地域や社会に必要とされる企業になろう」と言い続けてきました。かつて顧客満足(CS)経営が流行った頃には、私もそれを学んで実行しようとしましたが、なかなかうまくいきませんでした。当時は30代前半でしたから、15年ほど前のことです。

その後、従業員満足(ES)経営が言われ始めますが、当初はあまりよく理解できなかった記憶があります。まずはお客様を満足させなければ、すべてがうまくいかないだろうと思ったのです。しかし、いろいろと学んでCSRやソーシャルビジネスの流れが見えてくるにつれて、CSの前にESが重要だと考えるようになりました。

そして、「では、自社はどうしていこうか?」と悩んだ末に、「地域や社会に必要とされる企業を目指し、CSRをやっていく」と宣言しましたが、やはり周囲からは冷笑されました。いまでは開き直って、「私の趣味はCSRです」と言うようにしていますが、他の経営者からは、からかわれることもありましたね(笑)。

同時に気づいたのが、地域や社会に必要とされる企業になるために、人の視点が抜けていたことでした。経営の行き着くところは人であり、愛であると思います。大切なのは、会社を挙げて地域や社会に必要とされる人になろうと目指すことで、そのような人が社内に多くなれば、その集合体である会社も地域や社会に必要とされるでしょう。

スタートして10年を経てわかってきたのが、「何のためのCSRなのか?」という問いかけの重要性です。当社はソーシャルプリンティングカンパニーとして、社会課題の解決を本業とすることを宣言してきましたが、その中で実感しているのは、CSR・ES・CSが幸せな関係にあることです。
ー たしかに、一時的に顧客満足を得たとしても、継続するのは難しいことです。それを担う社員の進化が必要で、そのベースとなるのがCSRなのでしょうか。
地域CSR活動を行うと、一般的には企業価値が向上し、知名度が上がる―つまり広報の1つと考えられますが、もっとも大きいのは従業員が元気になることです。東京・代々木公園で行われたアースデイ東京というイベントに会社で参加した際は、当初は「なぜ休日に...」と苦情も上がりましたが、良い気づきの場になりました。

ブースにはさまざまな方が来てくださいました。当社の印刷で大切にしている、石油をまったく使わないインキの説明を一生懸命にした社員は、「良い取組みをされていますね。これからも頑張ってください」と励まされ、自分たちのやっていることの価値を理解したようでした。ちなみに、その説明をした彼は現在、管理職になっています。
私は、世の中には会社員である自分をほめてくれる人が3人いると思っています。1人目は先輩や上司で、2人目はお客さん、3人目は見ず知らずの人です。CSRに取り組んでわかったのですが、地域にかかわることで見ず知らずの人がほめてくれると、社員は元気になります。現在、当社が主軸に置いているのはESの向上ですが、本気で取り組むことでスタッフが元気になり、さらに社会や地域からほめてもらうことでより元気になる、という良い循環が見えてきました。

エコラインという取組みも10年以上行っていますが、これは素材選びから印刷、製本、納品までのすべての工程で環境負荷軽減の技術を取り入れるという、当社独自のコンセプトです。いまでは、材料や製造工程だけでなく、営業活動や配送にも環境負荷を軽減する取組みができています。
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課題解決の過程のどこかに印刷物は出てくる

— CSRの取組みが組織の活性化や顧客満足につながることを実感されたのですね。多くの企業への良い参考事例だと思います。
本業を通じたCSRでは、材料などに関する環境負荷の軽減効果だけでなく、ソーシャルプリンティングカンパニーとして社会的課題を事業で解決することを目指しましたが、10年経って思い違いに気づきました。社会的課題解決への取組みが最初にあり、その活動をすることで、後から印刷という仕事がついてくるのです。

つまり、印刷会社としてのモノづくりの前にコトづくりがあり、社会の一員としてのネットワークがあるということです。印刷業は現在、ある意味では斜陽産業かもしれませんが、実はすべての業種業界に入り込んでいる産業でもあります。印刷物は減っていますが、会社としてはすべての業界と取引ができているため、相談が来た際にはネットワークを通じてつなげることで、課題解決の役割を担えるのです。

そのような活動をして、顧客のソリューションに役立っていれば、最終的にはどこかに印刷物が出てきます。たとえば、地域の課題解決の活動を行っている中で、最終的に報告書の印刷を頼まれるといった場合ですね。会社として保有する豊富なネットワークの中で、他社にはできない課題解決をしていくこと自体が、価値を生み出すことに気づきました。

活動の例を挙げると、宮城県南三陸町で、東日本大震災の津波によって倒壊したお寺の柱を有効活用できないか、という相談がありました。当社ではエレキギターを4本作る提案をし、結果的に実現したのですが、印刷会社には多くの企業とのネットワークがあるため、ギターも作ることができたのですね。

そのうちの2本は、世界的な音楽グループのアース・ウィンド&ファイヤーに贈り、受け取ってもらいました。儲けにはつながらないかもしれませんが、当社にはこのような企画力があることを実証できたのです。

また、インターンシップの取組みにも力を入れています。年間2~3名を長期実践型で受け入れ、海外からも学生が来るようになっていますが、この取組みには3つの目的があります。

1つ目は、会社を元気にすること。会社の平均年齢は上がっていきますので、若い人がいると良い雰囲気が生まれます。2つ目は、若い人を育てられる人財を育てること。インターンシップによって、社内に人財育成の気風ができました。

そして3つ目は、若者のアイデアを事業に活かすこと。学生が自由な発想で考えたものを事業化することを、楽しみながらやっています。近年の取組みでは、インターン生がNPOとともに作成に携わった食材ピクトグラムがAPECで採用されました。「食べられる物」を絵文字で表現して見せることが話題になり、テレビにも取り上げられたのです。お薬手帳や、ベジタリアンやハラルのトークシートを多言語表示で作った例もあります。
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CSRは当社の事業戦略でもある

— 大川社長が6代目経営者に就任されたのは、ずいぶんと若い頃だったそうですね。
4代目の経営者だった父は、私が大学生になった直後に亡くなってしまいました。当時、私はまだ18歳でしたので、それまでは主婦だった母が5代目として継ぐしか選択肢はありませんでした。その後、大学卒業後に父の知人が経営する東京の印刷会社に3年間預かっていただき、25歳で大川印刷に入社しました。

当時はバブルが崩壊した頃で、良い時代を知る父親ほどの年齢の社員たちは、未熟な私の言うことなど誰も聞いてくれなくて(笑)。ボーナスの支給直後に辞表を出す社員も数名おり、ESなどに取り組むことのできる状況ではありませんでした。

その後、試行錯誤を重ねた結果、現在は委員会活動がうまくいっています。2010年にスタートし、毎年テーマを変えて6回行ってきましたが、大きな成果が出ていますね。8つほどあったテーマは、現在はスリム化してビジョン推進、ES、CSR、品質保証の4つに絞りました。

具体的には、それぞれのチームに従業員・パートが所属し、年度末に1年間を振り返って、できたことや足りなかったことなどをまとめます。どのような委員会を作るかは毎年幹部が決め、委員長候補者に打診します。断る人もいますが、基本的にはやりたい人にやってもらいます。

スタート時はテーマも漠然としていますが、2~3週間かけて委員長がプレゼン資料をまとめ、発表します。それを全従業員・パートが聞き、第3希望までを書いて自身の入る委員会を決めるという仕組みで、複数を掛け持ちする人もいます。

これまでも経営の変革に取り組み続けてきましたが、非常に根気のいることで、絶対にブレてはいけません。正しいと思ったことを、自信を持ってやり続ける、言い続けるしかありませんね。

30代の頃、先輩の経営者に「何度言っても社員が聞いてくれない」とこぼしたところ、「何回言ったか、何を言ったかではなく、大切なのは何が伝わったかだ」と叱られましたが、それを肝に銘じてやってきました。
— 今後の展開についてお聞かせください。
昨年のCOP21を経て、日本政府はCO2の削減目標を立てました。これからの時代は、すべての企業にとって自然投資が重要です。木がなければ紙はできず、水がなければ印刷はできません。

当社におけるCO2排出量は年間171トンで、電力、水道、ガスに移動のガソリンや軽油を合わせると、かなりの量になります。そこで、横浜市戸塚区川上地区と友好協定を締結している北海道下川町の森林育成事業、横浜市の水源林がある山梨県におけるFSC森林認証林の事業などに投資を行い、排出される年間のCO2をオフセット(相殺)しました。

経済界は今後、CO2の削減をどのようにするかという局面に入っていきますが、前述の取組みにより、当社にご注文いただいた印刷物は、実質CO2ゼロ印刷となります。CO2削減に本気で取り組みたい企業や団体、行政などからは、当社に仕事の相談が来るものと期待しています。つまり、CSRを事業戦略として考えていくのです。

ESについては、創業135周年の11月9日に「健康経営宣言」を行い、まずは社内を全面禁煙にしました。非喫煙者の受動喫煙による健康被害を防ぐ一方で、喫煙者は禁煙に真剣に取り組めば、会社がそのための医療費用を負担するようにします。さらに、残業をいかに少なくするかと、有給休暇を取りやすい仕組みにすることの3つを手がけると社内には伝えています。これらは、3~5年計画で実現させていきます。

そのための取組みの1つとして、印刷現場では多能工化を進めています。ある人は作業が終わって帰ることができる一方で、ほかの人は遅くまで作業を続けている現状を踏まえ、可能な限り全体の平準化を図ろうとしています。

営業も同様で、担当だけにしか情報がないというのではなく、2~3人のチームにして、ほかの人でも対応可能な状態を目指しています。そのために、パートナー企業の協力も準備し、アウトソースも考えています。

経営者としての使命を果たすことが私の挑戦

— 最後に、大川社長にとっての挑戦とは。
これまで話してきたことが私の挑戦ですが、挑戦はまだ続きます。100年企業だから今後も続くという保証はありません。これからも必要とされる人と企業であるために、何をすべきか。自身の経営者としての「使命」を考えたときに、「命」を「使って」やるべきことは2つあります。

1つ目は、100年企業の6代目に生まれた意味を突き詰めること。横浜、そして日本の文化としての印刷を継承し、内外に発信していくことが私の役目だと思っています。明治時代の横浜でスタートした長い歴史がありますから、印刷物が減ったとしても、文化として継承する責任があるのです。

以前、明治32(1899)年に発行された『開國小史』という書籍をインターネットで購入しました。題辞はその年に亡くなった勝海舟によって書かれていますが、100年以上前のものが形としてきちんと残っていることに感激しました。

単純に比較はできませんが、100年後にタブレットを大切にしている人がどれほどいるでしょうか。このような書籍の印刷が当社の仕事であり、私たちは歴史の重みを受け継いでいるのです。

2つ目は、本業を通じて1つでも多くの幸せを生み出すことへのチャレンジです。当社の2020年のビジョンですが、社員も同じように考えています。人が幸せになるために会社があるわけで、最後は人と愛です。どれほどの愛をもって事をなすことができるか、そしてどれほど多くの幸せを生み出すことができるか。それが私の挑戦です。
目からウロコ
CSRは、事業がしっかりと収益を上げており、資金的に余裕のある大企業が行うという考えが強いと思われるが、日本企業の大多数は中小企業であり、そこにおいてCSRが行われなければ社会は進化しない。わかってはいるが余裕がないというのが、中小企業のジレンマである。

それに対し、大川社長が提示した1つの解答は、CSRを事業に取り入れることをさらに進め、それを軸に事業を作り上げるということである。そんなことが可能なのかという疑問もあろうが、私は2つの意味で可能と考える。1つは、他社に対する差別化要素になるということ。それによって自社のプレゼンスが高まり、受注につながる。戦略の要諦は差別化にあり、理にかなった手法である。もう1つは、社内活性化につながるということ。CSRに注力することで社会(第三者)から感謝され、それが社員の喜びとなり、ESが向上する。そして、満足度の向上した社員が質の高いサービスを提供することでCSも向上し、受注も増えるというプラスの連鎖が生まれるということだ。受注が増えると書くと、打算的なイメージが強くなるかもしれないが、企業が存続するためには資金が不可欠であり、存続できるからこそCSRに取り組み、社会課題の解決もできる。

「ソーシャルプリンティングカンパニー」という概念を掲げ、社会課題を解決することで必要とされる企業となることを目指す大川印刷の取組みは、21世紀型中小企業の経営手法の代表的事例と言える。
(原 正紀)

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