2016‐07経営者158_おかん_沢木様

新たな福利厚生モデル
「オフィスおかん」の展開で
働く人のライフスタイルを豊かにする経営者

株式会社おかん 代表取締役CEO

沢木 恵太さん

中央大学商学部を卒業後、コンサルティング会社に就職し、激務の中で身をもって食生活の重要性を体感する。その後、会社設立を目指し、Webの知識を得るためにゲーム会社へ転職。さらに起業の体験をするために、eラーニング会社で経験を積み、2012年12月に株式会社おかん(当時・CHISAN)を設立する。まずは単独で個人向けeコマースを展開した後、2014年3月に法人向けサービス「オフィスおかん」をリリースし、多数のメディアで紹介されるなど注目を集めて急成長。「働くヒトのライフスタイルを豊かにする」をミッションに掲げ、福利厚生のプラットフォームサービスの確立を目指す経営者に話を聞いた。
Profile
中央大学卒業後、一部上場コンサルティング会社で新規事業企画などを行う。その後、ゲーム会社を経て、eラーニング事業のスタートアップに参加。2012年12月に株式会社おかん(当時・CHISAN)を設立し、代表取締役に就任。2014年3月には、ぷち社食サービス「オフィスおかん」を開始し、注目を集めている。

個人と企業の課題を解決するというビジネス

— オフィス向けにユニークなお惣菜提供サービスを展開されているそうですが、現在のビジネスについて教えてください。
「オフィスおかん」という、ぷち社員食堂サービスを展開しています。具体的には、企業などの法人と契約し、職場に冷蔵庫を設置して真空パックのお惣菜を入れておき、従業員が好きなときにそれを1つ100円~で食べられるというものです。メニューは、サバみそや肉じゃが、ひじき煮などの和食が中心で、1パック70~100グラム程度の手軽なものです。

従業員は、昼だけでなく、朝や残業時など好きなタイミングで食べられますので、忙しい職場などでは効率的だと喜ばれています。お惣菜は、基本的には1つ100円ですが、カレーや野菜スープ、オーガニックドリンクなどには200円のものもあります。ご飯も提供していますので、たとえばご飯とお惣菜2つの300円程度でランチにすることもできます。

もっとも小型のプランでも、1台の冷蔵庫に35~50個程度のお惣菜が入っていますので、好みに合わせて選ぶことができます。旬の食材などを利用していて、内容はローテーションで変化させていきます。お弁当に1品をプラスしたり、忙しい主婦の方が家に買って帰ったりというのもアリで、さまざまな形でご活用いただいていますね。個人としては、職場でも健康的・規則的な食事の摂取が可能となり、企業としては、人材確保や従業員満足度向上が可能となります。つまり私たちは、個人と企業の課題を解決するというビジネスを行っているのです。企業からはプランに応じて月額固定の料金をいただき、従業員は利用のたびに100円を払うというものです。

プランは、月間100個の商品を提供するSSプランから600個のLプランまであり、基本料金は3~18万円となっています。それ以上のボリュームの場合は個別の見積もりにしていますので、企業のニーズに合わせた組み立てが可能です。このサービス導入により、企業としては福利厚生の充実につながっているんです。
— これまでにない発想のビジネスですね。オフィスへのお菓子の設置が近いモデルですが、より広がりがあります。スタートはいつ頃ですか。
2014年3月にサービスを開始して2年が経ちましたが、約300社に導入していただいています。当初は東京23区だけと展開エリアを限定していましたが、現在拡大中で、千葉県浦安市や市川市、神奈川県川崎市や横浜市にも展開しています。導入企業は、社員数名のベンチャー企業から数千名の一部上場企業まであり、業界も製造業や金融、IT、サービスなど多角的で、クリニックなどでも利用していただいています。
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傾向としては、働いている人のサポートをしたいという企業に取り入れていただいていますね。私たちが行っているのは、単なる食事のデリバリーサービスではなく、企業と個人の課題解決のソリューションサービスです。導入によって社内のコミュニケーションが促進されたり、女性の復職率が向上したり、採用活動でのアピールができたりといった具体的なメリットを生み出しています。

このような福利厚生的なサービスは、一度導入して従業員に定着すると、やめることで不便が生じてしまうため、かなり高い比率で継続的に利用していただけます。お惣菜を作っているのは地方の食品メーカーで、東北から沖縄まで全国6ヵ所で製造しています。全国各地で作ることにより、地域の旬の食材を利用することができますし、地域は工場などのリソースに余裕がありますので、パートナーは見つけやすいですね。
ー 首都圏で展開されているのに、全国各地で製造されているのは意外ですね。物流費などのコストが割高になるのではありませんか。
それがそうでもないんです。都市部には製造工場があまりありませんが、地方では製造設備に余裕があり、かつ人件費も割安ですので、むしろコスト優位性につながります。配送や物流センターについても、やはりパートナー企業を選定し、連携して効率的な仕組みを作っています。

自社で行っているのは、全体のコントロール、オペレーション、マーケティングといった本部機能だけです。導入先の開拓も、プッシュ型の営業は行わず、すべて問い合わせからの受注という流れです。サービスがシンプルですので、マスコミなどで紹介していただくと、それを見た企業などから問い合わせが来るんです。

連携には、お互いの課題と強みを踏まえた仕組みが必要

ー 競争の激しい食の世界ですから、真似をして追随する企業が現れているのではありませんか。
地方などで真似をされているケースもあるようですが、危機感を抱くほどではありません。むしろ、私たちがもっとも警戒している競合はコンビニエンスストア(CVS)で、できるだけコストを抑え、CVSよりも安く提供することに注力しています。

当社は美味しさと健康にこだわることを価値としていますので、厳しい基準を設けて添加物などを規制しています。展開については、当面は都市部に絞っていきますが、地方の企業と連携して地方色を出すことも差別化の1つのポイントと考えています。パートナー企業にとっても、リソースの有効活用になりますので、Win-Winの関係になりやすいですね。

パートナー企業と連携していくうえでは、お互いの課題と強みを踏まえた仕組みづくりをすることが大切です。そうでないと、連携が一過性のものになってしまいますからね。当社単独でやるには無理のある事業ですので、これからも水平分業で取り組んでいきますが、おかげ様で昨年同期と比べて売上が3倍に伸びています。
— シンプルでありながら、差別化の効いたビジネスモデルですね。どのような経緯でこのモデルに至ったのでしょうか。
このようなモデルを考えるに至ったのには2つの側面があり、1つはユーザーの視点です。新卒で入ったコンサルティング会社は大変仕事が忙しく、食事がおろそかになりがちで、私はオフィスの置き菓子を食事代わりに食べていました。そのような生活の結果、社会人1年目にもかかわらず、健康診断の結果は恐ろしいものでした(笑)。

もう1つの側面は、食の供給者の視点です。福井県のあるCVSは、お惣菜を量り売りする業態で大変人気があり、大手チェーン以上に支持されていました。その会社の方とお会いし、お惣菜を食べる機会があったのですが、とても美味しいと思いました。福井県は共稼ぎ率が高いため、質の高いお惣菜を生産し、供給する仕組みができているのです。

この2つの視点から本事業を思いついたのは、まだ会社勤めをしていた2012年夏のことですが、先ほどの福井県の惣菜メーカーの社長に事業構想を相談したところ、同意を得ることができました。そこで、その年末に会社を設立し、最初は個人向けの惣菜販売サービスをeコマースとしてスタートしました。もちろん、当時から法人向けサービスも考えてはいましたが、自分1人での起業でしたので、まずはスタートしやすい個人向けサービスから始めたのです。
30日間日持ちする真空パックでの販売でしたので、本人が自分のために購入するだけでなく、親が1人暮らしの子どもに、もしくは子どもが年配の親に仕送りするような購入もあり、お客さんは結構ついてくださいました。ただし、ほかにも惣菜の宅配サービスはありますので、思ったほど売上は伸びませんでしたね。

とは言え、元々の構想は法人向けサービスでしたので、個人向けで一定期間、ビジネスの基礎づくりをした後の2014年3月に、法人向けサービスをスタートさせました。そのときもまだ、社員は自分1人でしたが、いまでは20名ほどになりました。競合がなく、マスコミなどの注目度も高かったため、特にこちらから営業をしなくても売上が伸びていったんです。
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オフィスの中にチャネルを持つ点に高評価

— そのミニマムスタートから、短期間でここまで伸びてこられたというのは、非常に順調な展開ですね。
起業したのは27歳の頃ですが、私はすでに結婚しており、2人目の子どもが生まれたところでしたので、収入が伴わない間は結構プレッシャーを感じていましたよ(笑)。そのような中、妻が最初のコンサルタント会社時代の同僚で、起業への理解もありましたので、頑張ってこられたのだと思います。あるときは、会社も家計も預金残高がわずかになり、さすがに強い危機感を覚えましたね。

資本金は当初50万円でスタートしましたが、会社の登記をしただけで半分ほどがなくなってしまいました。その後、何とか自己資金で200万円に増資したのですが、法人向けサービスの展開には、まだまだ資金が必要でした。

実は当時、ビジネスコンテストに出場してファイナリストに選ばれたんです。そして、そのときの出会いが縁で、数千万円規模の出資をしていただくことができ、資金難から解放されました。こうして無事、資金調達ができたことに加え、当社のビジネスモデルは先にお金をもらってから冷蔵庫を設置する形式ですので、キャッシュフローは順調に推移しています。現在はさらに増資し、資本準備金と合わせて億単位の資本金になりました。資金調達の際、投資家などから評価されたのは事業の将来性で、オフィスの中にチャネルを持つことができた点でした。現在は、個人向けにクレジット決済などができるスマホ用アプリを開発しており、個人向けのアプローチも可能となっています。通常の店舗展開と異なり、このモデルは顧客からお金をいただいて出店し、販売推進は企業が行ってくれるというものです。

ちなみに本事業で、2013年11月にテストマーケティングのためのサイトを立ち上げた際には、50社ほどから申し込みが来ました。その後、法人向けサービスを開始した頃から組織づくりを始めて、2014年6月に初採用を行い、その後は右肩上がりに拡大しています。
— 若くしての起業ですから、資金やネットワークも限られた状況だったと思いますが、起業までのキャリアについて教えてください。
2008年に中央大学商学部を卒業しました。学生時代はあまりビジネスとはかかわりがなく、インターンシップも経験していません。ただし、将来的には経営にかかわる仕事がしたいと思っており、ダブルスクールで会計系の専門学校に通っていました。そして就職活動時は、将来は世の中の仕組みを作る側になりたいと思い、進路として政治やビジネスを考えていました。

とは言え、政治の道はあまりイメージできませんでしたので、一部上場コンサルティング会社に就職します。配属されたのは新規事業企画に関する部署で、1年間、フランチャイズなどを学んだ後に、Webの知識の必要性を感じてソーシャルゲームの制作会社に転職しました。さらにその後、eラーニング会社のスタートアップメンバーに加わることになり、起業体験ができたのです。

30歳までに起業したいと思っていましたので、転職で複数の仕事にかかわりながら、そのためのキャリアを積んでいきました。履歴書的にはあまりきれいではありませんが(笑)、当社のモデルのヒントとなった福井県の惣菜メーカーとの出会いや、生活インフラの立ち上げの経験は、現在のビジネスに大いにプラスになっています。

トータルで社員のサポートができるサービスを作りたい

— とても可能性のあるビジネスですが、今後の展開をどのようにお考えですか。
私たちが目指しているのは、働く人たちのライフスタイルを豊かにすることで、それは食の分野に限って考えているわけではありません。オフィス内にチャネルを持つ強みを活かして、今後はより多角的に展開していきたいと思っています。当社のお惣菜を自宅に持ち帰る方には、子育て社員や介護社員なども多く、そのような方にはさまざまなサポートが必要ですからね。

企業とともに、トータルで社員のサポートができるサービスを作っていきたいんです。今後は企業と連携することで、当社のリソースを活かすことができるビジネスを展開していきます。当面は、いかに健康を増進するかという健康経営を支援し、社会的には医療費削減にも貢献したいと思っています。健康増進には運動と食事が大切ですから、当社のビジネスはきっと有効でしょう。

とは言え、すべてを自社だけでやっていこうと思っているわけではありません。作る会社、運ぶ会社、他のサービスを提供する会社などとWin-Winの連携を築いて永く続く仕組みを作り、個人のライフスタイルを豊かにする。今後は、近畿・中部などの都市圏にもドミナント方式で拡大し、遠隔地から届けられる仕組みによってオフィスおかんを全国展開していきます。

現在、全国各地からの問い合わせも増えていますので、よりスピードを上げて展開する必要があります。当面はプッシュ営業をするつもりはありませんので、大切なのは「いかに食への関心を高めていくか」です。そこで当社は、健康経営の重要性や、従業員の健康支援を行う意義に対する認識を広めるために協議会を立ち上げ、ワーク・フード・バランス改善プロジェクトを開始しました。
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働いていると、食がおろそかになることがよくありますが、1日の多くの時間を職場で過ごす社会人にとって、食というのは数少ない憩いのひとときであるはずです。しかし現実には、食事を抜いたり、不規則に摂取したりする人も多く、それが個人の心身のコンディションにダメージを与えて、企業の雇用にも重大な影響を及ぼします。これは、企業にとっても個人にとっても解決すべき大切な問題なのです。

仕事と食生活のバランスをワーク・フード・バランスと名づけ、その乱れを是正していく。本プロジェクトは、社会人、企業、団体などの関係者と一体となり、大きく広げていきたいと思っていますが、これから本格的に実践企業・サポート企業を募集していく予定です。

「働くヒトのライフスタイルを豊かにする」という当社の企業ミッションの実現を目指して、オフィスおかんによる食の面からのサポートをさらに拡大し、インフラを作ることが、今後の大きなテーマです。社会人が日常的に利用できる医療、教育、住などの領域にサービスを拡大し、福利厚生の統合プラットフォームの実現を目指していきます。

日本企業の文化になるような活動に挑戦していきたい

— 最後に、沢木社長にとっての挑戦とは。
私はこれまで、資産もない中で起業し、新しいビジネスを作り上げることができるかどうかという挑戦をしてきました。家庭を持ちながらの起業は、不安定な仕事や収入というリスクを背負うものですが、それでもやる価値があることを示していきたいですね。

現在は、BtoE(企業の従業員向け事業)をオフィスおかんで展開していますが、従業員の日常をサポートするというポジションを確立したいと思っています。私自身が、家庭を持ちながら両立して仕事をしたいと思っていて、そのようなサポートの仕組みが欲しいと切に考えているんです。このような世界観を実現するには、まだまだ壁がありますが、日本企業の文化になるような活動に挑戦していきたいですね。
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目からウロコ
沢木社長が作り上げたのは、オフィスに冷蔵庫を設置し、お惣菜を従業員に提供するサービスだが、とてもシンプルで新しい。昔ながらの「置き薬ビジネス」と、近年増加している真空パックのお惣菜による「中食ビジネス」を融合したものと言え、ありそうでなかったコロンブスの卵的なビジネスモデルだ。

一見、真似されやすいモデルのようにも思えるが、そこに独自の工夫を何重にも積み上げている。地方で製造するパートナーなどを広く選ぶことで、美味しくて地方色豊かなお惣菜の提供が可能となり、コスト的にも質的にも差別化を図ることができているのだ。製造だけでなく、物流などにおいてもパートナー企業とのアライアンスによるシステムづくりを実現し、スピーディな事業展開を可能としている。また、営業も直接的に行うのではなく、広報活動や「ワーク・フード・バランス」という啓蒙活動に注力することで、プル型で効率の良い顧客開拓につなげているし、キャッシュフロー的にも、先に契約金をもらってから設置・供給するモデルで、資金的な負担がなく拡大できるようになっている。シンプルかつ合理的なシステムで、個人向けにもアプリを開発しており、省力的な拡大が可能なビジネスモデルと言える。

今後は食だけにとどまらず、医療・教育・住などへの拡大も視野に入れており、福利厚生の総合的なプラットフォームを目指すという夢のあるモデルだ。理想に向けたこれからの事業の推移に、大いに注目していきたい。
(原 正紀)

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