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「キャリア形成支援の日本マンパワー」
新たな成長に挑む、帰ってきた経営者

株式会社日本マンパワー 代表取締役社長

加藤 智明さん

キャリア形成支援というコンセプトを掲げ、社員に方向性を明示して組織のエネルギーを引き出す。一度会社を辞めて起業・異業種経営などの経験を積んだことが、経営者としての財産となっている。人材の採用・評価・育成という一連の流れを、いち早く人材開発事業という位置づけで事業化した日本マンパワーは、日本における人材ビジネスの草分け的企業である。この伝統ある企業を新たなコンセプトで牽引する加藤社長に対する期待は大きい。全ての働く人が充実したキャリア形成を実現できるように、様々な角度から支援する未来型人材ビジネスへの挑戦者に話を聞いた。
Profile
大学卒業後に証券会社の営業を経て日本マンパワーに入社。研修分野の営業などで活躍するが、1992年に独立して研修企画会社を起業する。さらに情報通信関係の会社経営を経て、日本マンパワーに再入社。契約社員でスタートして正社員になることなく取締役に就任。2006年より社長となり現在に至る。

— 貴社の経営理念は長年人材ビジネスに携わってきた私にとっては、とても共感が持てるすばらしいものです。しかもまだ日本の人材ビジネスの草創期にそれが制定されたのは驚きですね。
当社の経営理念を改めてここで申し上げますと、「1.人材開発を通して未来を創る。2.会社にはよい人材を、人にはよい仕事を。3.国際的人材開発の総合機関~自己啓発より人材育成まで~4.社会(顧客を中心とした)のニーズに徹底的に対応し、社会性と営利性を追求しよう。5.会社は人生大学。事実に基づいた革新と成長の場としよう。」というものです。

当社の創業者は昨年亡くなりました会長の小野憲ですが、もともと中小企業診断士の資格を早くに取得した経営コンサルタントで、自らベストと思う経営システムを作り上げて、実行していくタイプの方でした。経営は理念をベースに行うべきという信念からこの経営理念も作られたのです。

約40年前の理念ですが、全く色あせていないですね。これとは別に30年程前にCDS(キャリア・ディベロップメント・システム)という事業理念も制定したのですが、現在の当社の人材育成研修の主力プログラムの名称にもなっています。

近年キャリア開発に取り組む企業は増えていますが、30年前は皆無といってよかった。CDSプログラムは5年ほど前から、ある大手電機メーカーで大々的に導入してもらっていますが、30年程前にその会社を訪問した時、「定年退職後の就職先まで面倒をみる会社で社員にキャリアを考える研修はお門違い」といわれ人事担当者は話も聞いてくれなかったほどでした(笑)。
— まさに時代が追いついて来たという感じですね。今は組織のキャリアに対する意識は高くなっています。そうしなければ個人の納得感が得られませんから。理念は日常に浸透していますか。
経営理念は毎月の社員全体朝礼や、大きな会議の冒頭では、必ず全員で唱和して、日々の事業活動の道標としています。本社だけでなく地方でもテレビ会議で見ていますので、まさに全社員の指標となっているのです。
日本マンパワーでは伝統的に理念の共有を大事にしており、それによりPDCAがきちんと回っていくと考えています。12月決算なので、1月に社員総会を行い、12月には総まとめ会議を丸1日かけて行います。毎年の成果と欠陥を考察して、事業の課題を抽出し討議を行うのです。

創業者の小野憲は、人材の採用・評価・育成という一連の活動を「人材開発サイクル」として総合的に捉え「当社の事業は人材開発事業である」と位置づけていました。経営理念を背景とした人材開発という概念と、キャリア開発・CDSが、日本マンパワーの企業遺伝子となっています。
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ー 今でこそ人材ビジネスは花盛りですが、創業の頃はまだ少なかったでしょう。どのような経緯で今の事業に至ったのでしょうか。
スタートは人材紹介業でした。今でこそ1万事業所を超えたなどといわれる業界ですが、当時は3社程度でした。年功序列、終身雇用の国である日本では、人材紹介業が定着するはずはないと思われていたのです。また、転職者に対する世間の評価も芳しいものではありませんでした。

確かに当時はまだ人材紹介業でやっていける状況ではなく、新規事業の一つとして教育が考えられました。人材紹介を行いながら教育事業を展開したところが、当社のユニークな点だったと思います。しかし、当初は「人材バンクの日本マンパワー」と呼ばれていましたね。

その後、中小企業診断士の講座を始めて「中小企業診断士の日本マンパワー」、次に資格関係の領域を広げて「通信教育の日本マンパワー」、さらに企業内教育の企画・研修運営事業などの人材教育ビジネスを全国に展開して「総合人材業の日本マンパワー」と、呼び名は変わってきました。

会社経営の節目節目において、日本マンパワーの企業イメージは広がっていき、近年は先ほどお話ししましたように、当社の事業を人材開発業と位置づけて、「人材開発の日本マンパワー」として展開するようになりました。

人材の採用・評価・教育という人材開発のサイクルを展開することで、人は成長し、組織も強化されています。それに合わせて当社の事業構成も人材紹介部門、評価アセスメント部門、教育部門で構成して理念を追求しています。
ー 創業以来の事業の進化が、それぞれの時期を表すキャッチフレーズと合致しているところがわかりやすい。うまく差別化してきたのですね。
人材派遣会社が人材紹介や人材教育を展開したり、社会人教育の会社や専門学校が人材派遣や人材紹介をしたり、人材開発という概念も用いられることが多くなり、お客様からみて各社の特徴や特色の違いがわからなくなってきています。

一方で人材ビジネスに関し、専門分野に特化していく会社も多くなり、お客様である企業でも教育の担当、採用の担当、人事制度の担当というように役割担当性を取り入れてくるようになりました。その結果総合人材サービスといっても、トータルに提案することが難しくなっています。

2006年に私が経営を行うようになったとき、これまでの概念をもう一度振り返って考えてみました。総合的になってきたがゆえに「日本マンパワーは一言でいうと何をする会社ですか」という質問をよくお客様から受けるようになったからです。自分たちのやっていることに対する社内のコンセンサスを作る意味でも、事業を見つめなおしてみるべきと考えました。
— 経営者が変わるタイミングは、企業が進化するチャンスでもあります。多くの企業が経営者の交代により新たな成長を遂げてきました。まさに貴社がそのタイミングでしょうね。どのようなコンセプトを打ち出したのですか。
当社がキャリア開発研修・CDSを開発したのは1978年のことでした。そしてキャリアカウンセリング養成講座を開始したのは1999年です。長い間キャリア開発というテーマに取り組み進化させてきた中、ようやく企業側の理解も進み、本格的な展開ができるようになったのです。

そんな背景を踏まえて、私は「キャリア形成支援の日本マンパワー」という事業コンセプトを打ち出しました。それと同時に”キャリア形成”と”キャリア形成支援”という言葉の再定義も行いました。当社の社員はなかなか半端なコンセプトでは納得してくれませんので(笑)。

キャリア形成とは「教育研修を受けたり、仕事をすることを通じて主体的に自分のマネジメントスキルや専門スキルを向上させ、キャリアアップを図ること」と定義づけました。当社の商品・サービスはキャリア形成を支援する有効なアイテムという位置づけです。

そしてキャリア形成支援とは「人材価値を高め企業価値を向上させること」であり、取引先企業の視点からいえば「企業価値向上とは、社員が仕事を通じて生涯成長し、人材価値を高めること」となります。キャリア形成支援事業は全ての企業の人材開発ニーズを喚起する成長分野となり、これからますます大きな市場になるでしょう。
— これからは企業と個人の関係が、より対等なものになってくるでしょう。これまでは組織の発展という軸で個人も括られてきた感がありますが、今後は個人は自己のキャリの軸で動くようになるはずです。大きな市場になっていくことは同感です。その事業内容についてお聞かせください。
当社がこれまでの強みを発揮できる、事業上の特徴としては、キャリア開発研修プログラムであるCDS、キャリアカウンセラー養成などキャリアカウンセリング事業、そして中小企業診断士のカリキュラムの3つがあげられると思います。

キャリア開発研修とは、人事教育システムのOS(基本ソフト)となるようなものです。パソコンにOSがなければアプリケーションソフトが動かないように、キャリア開発研修が行われていない会社では人事教育システムや人事制度が期待通り機能しないケースがでてきます。充実した職業人生を過ごすために、全ての働く人々がキャリアに関する教育やキャリアカウンセリングを受ける時代が遠からず来るのではないでしょうか。

中小企業診断士に関しては、長年の実績を評価されて本年度より2次試験及び診断実習が免除されるという、登録養成課程を開講しうる民間企業としての認可を受けることができました。この4月から高い倍率をクリアした、24名の受講生でスタートしています。

社会人教育事業としては個人向けにも学校や通信教育として、資格取得を始めとして多くのカリキュラムを提供しているほか、キャリアドックという事業も行っています。これはキャリアの健康診断という意味合いです。

誰もが一定年齢になると、定期的に人間ドックに入って健康チェックを受けますね。それと同じようにキャリアドックのセンターを全国に作り、誰もが自分のキャリアに関するチェックや診断を受けることができることを目指したものです。
— 確かにキャリアとは個人の人生を基盤として、長い時間をかけて開発していくものです。働く人にとっては健康と同じくとても大事なものですね。民間だけでなくジョブカフェなど公的なキャリア支援の取り組みも活発になっていますが、その中でも貴社のご活躍は目立ちますね。
ここ数年力を入れてきたキャリアカウンセリング事業の活用として、行政機関や学校におけるキャリアセンターの支援を行っています。これは全国のジョブカフェや学校内、企業内などのキャリアカウンセリングを支援し、マンツーマンの対応を行いながら、きめ細かく個人の就職支援や育成支援を行なうものです。
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キャリアカウンセラーはここ数年でずいぶん増えてきました。当社ではCDAというキャリアカウンセラーの養成講座を開講していますが、2007年3月末の時点で約5000名(CDA合格者6636名の内)の資格認定試験の合格者が生まれています。

これまで人材ビジネスや人材教育ビジネスの事業分野で、従業員に求められる専門性は何ですかと聞かれても、なかなか一言で答えるのが難しかったのですが、キャリアカウンセラーという資格は、そのベースになるものだと思います。この資格の定着により、人材開発の各分野での専門性を向上させる方々が増えてきましたね。
— 新しい分野での専門家を増やすときには、資格という制度が解りやすいですね。この分野での専門性を持つ人が増えるということは、市場の拡大にもつながるでしょう。
キャリアカウンセリングの資格を取って、仕事に活かそうという人が働く場所は、主に企業の人事教育部門や学校関係の就職部、キャリア教育のコンサルタントなどです。それは当社のお客様でもあり、事業上はいい循環になっていますね。

他にもLAN(ライセンス アンド アドバイザーズネットワーク)という事業を展開しています。中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、フィナンシャルプランナーを中心とした、専門家のネットワークを活用する事業です。

すでに3500余名の登録会員を組織して、人事・労務・教育分野を中心にコンサルティング業務の受託サービスなどを展開しています。系列会社のライセンス アンド アドバイザーズネットワーク(LAN)株式会社では派遣事業も行っています。

創業事業である人材紹介は競争激化の中で老舗ブランドのイメージを確立し、キャリア形成支援という流れの中で、必要不可欠なサービスとして位置づけられています。キャリアに関する領域で、これだけ幅広く一貫して行なえるのが当社の特長であり、他社にない強みだと思っています。
— 加藤社長ご自身のキャリアについてもお聞かせください。一度日本マンパワーを辞めてから戻っていらしたそうですね。
研修営業部門の責任者だったときに、社員を何人か引き連れて退社して、研修企画会社を設立して社長になりました。教育研修会社に企画を売り込むようなサービスだったので、日本マンパワーと競合するというわけではありません。

そのときに開発した体験学習の手法を、日経新聞で記事として掲載されたところ、なんと約300社から注文が入るという幸運もあり、会社の方はすぐに軌道に乗りました。その頃、ご縁のあった方からの要請で、ある情報通信関係の会社の社外取締役にもなっていました。

当時も情報通信の仕事は社会の注目を浴びるような先端の仕事で、アメリカなどへの出張も多く、時間的な限界もあり、やむなく研修企画会社はパートナーに譲り、情報通信の会社の経営に携わることになりました。その時に故小野会長から、そろそろ日本マンパワーに戻って来ないかという話しをもらったのです。

48歳になるときでしたが、自分のキャリアを振返り、今後の職業人生のビジョンを考え、戻ることにしました。しかし社員の手前正社員にはできない。契約社員からはじめてもらうということでした。元の部下が部長をやっていた部署に、契約社員で入社することになりました(笑)。

新入社員の育成の仕事からはじめて、半年して契約社員のままで東京エリアの営業部長になりました。翌年は営業本部長、その翌年は取締役と、とうとう正社員になることなく役員になってしまい、現在は社長をやっています(笑)。
— 懐の深い会社ですね(笑)。多様な経験をされた加藤社長の人材観、経営観とは。
人生一度しかありませんから、チャンスがあればいろいろなことをやるべきだと思ってやってきました。でも結構まじめな経営者で、コンセプトなどの言葉を整理して、自分が納得しないと動けないところがあります。

メンバーにもなるべく自分のコンセプトを文章にして伝えるようにしています。それにより組織を動かすのが私のスタイルでしょうね。コンセプチュアルスキルは経営者にとって大切な能力だと思います。

これからの企業で求められるのは、プロフェッショナルな人材ですが、従業員をプロと見て人材育成を行っている会社は、まだ少ない。伸びる会社は社員のキャリアを尊重し、プロとみなして育てている企業が多いのではないでしょうか。
— 最後に加藤社長のこれからの事業展開、挑戦したいことはなんでしょうか。
キャリアドック構想に基づいて、全国にキャリア形成の支援機能を設けて、働く人に様々な人材開発のサービスを提供し、充実した職業人生を目指していただきたいと思います。当社だけでは難しいでしょうから、他の企業や公的機関と提携、連携しながら進めていければと思っています。

そして何よりもキャリア開発プログラム、キャリア形成支援の分野のナンバーワン企業になり、それを大きな事業として確立したいですね。そのことでお客様にも喜んでいただき、さらに事業スケールもアップしていきたいと思います。
目からウロコ
加藤社長はキャリアという米国発信の概念を捉えながらも、日本企業を深く理解するゆえに、日本流のキャリア形成支援にチャレンジしている。厚生労働省の旗振りもあり、近年キャリアカウンセラーが激増しているが、中でも最も高いシェアを占めるのが、同社がその養成関連事業を展開するCDAである。キャリアとは個別のものだから、その支援に関してはマンツーマンの対応が必要となる。プレイヤーであるキャリアカウンセラーの充実に伴い、日本でも本格的なキャリア形成支援のインフラが整ったといえる。そのような状況を鑑みて「キャリア形成支援の日本マンパワー」というコンセプトを打ち出した加藤社長は、時代のタイミングを見据えた経営者である。

自身のキャリアでユニークなのは、研修営業部門の責任者という要職にありながら社員を引き連れて起業して、競合とも受け取れるようなビジネスを経営したにもかかわらず、再び誘われて戻ったところだ。一見ヒューマンなエピソードだが、起業・異業種の経営という経験は、日本マンパワーという会社の中ではなかなかできない。それにより加藤社長の経営者としてのスケールは一層大きくなっているはずだ。その人物を将来の経営者候補として迎え入れることは、きわめて理にかなっている。加藤社長率いる同社は、これからさらに一回り大きな企業として活躍するだろう。
(原 正紀)

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