2016‐08経営者159_日本交通_知識様

伝統的な規制業界での変革に挑む
結果を出し続けるプロ経営者

日本交通株式会社 代表取締役社長

知識 賢治さん

同志社大学を卒業後、鐘紡に入社。営業部門・本部を経験し、35歳で戦略子会社・リサージの社長を任される。その後、産業再生機構による支援が決定し、41歳でカネボウ化粧品の社長に就任。事業再生の基盤づくりを成し遂げた後、ベンチャー企業から上場したテイクアンドギヴ・ニーズの社長にスカウトされ、創業者とともに同社の業績回復を実現する。さらに、創業者の3代目である川鍋一朗会長の依頼を受け、日本交通の社長に就任。「人の成長が企業の成長を支える」ことを経営の信条に、会長とのツートップ経営で、伝統的な規制産業であるタクシー業界でのイノベーションに取り組む、日本を代表するプロ経営者に話を聞いた。
Profile
同志社大学を卒業後、鐘紡に入社。関連会社の社長などを経験し、41歳でカネボウ化粧品社長に就任。さらにテイクアンドギヴ・ニーズの社長を務めた後、タクシー業界のトップ企業・日本交通の社長にスカウトされる。変革期を迎えたタクシー業界で、伝統や規制の壁と闘いながらイノベーションに取り組む。
— タクシー業界は現在、どのような状況にありますか。
日本のタクシーは約100年前から存在しており、現在では約24万台、マーケットサイズは1.7兆円となっています。当社は首都圏を中心に営業し、グループ売上高は655億円と国内最大ですが、それでも全体の4%程度のシェアにすぎません。

この業界は、いわゆる公共交通機関という位置づけです。私も入社前は、電車やバスのような公共交通機関と比べて、もう少し民業の色合いが強いと思っていました。ところが、タクシー業界にも実はさまざまな規制があり、たとえば運賃はブロックごとに定められ、国土交通省の認可を受けたものでなければなりません。

2002年の規制緩和で新規参入が緩和され、タクシーが一挙に増えました。需要はそれほど増えていないのに、車だけが増えてしまったため、当然ながら、1台あたりの売上は激減してしまいました。そこで急遽反転して、2008年の国土交通省通達、2014年の改正タクシー特措法によって参入規制などが設けられ、減車という供給過剰の是正と事業の適正化を進めてきた業界です。

労働環境については、日本のタクシー会社の7割が10台以下の零細企業で、当社のように事業規模の大きい法人系のタクシー会社は限られています。P/Lを見て驚いたのですが、人件費が7割―燃料費を入れると8割を占めるという、きわめて特殊な変動費ビジネスでもあります。典型的な労働集約産業ということですね。

乗務員の労働条件については、国土交通省や厚生労働省による制約が非常に厳格です。1回あたりの乗務距離や拘束時間などが決められており、オーバーするとペナルティを科されてしまうため、一般的なイメージとは違ってサービス残業がなく、きわめてフェアな時間管理がされています。ただし、業界全体の乗務員平均年齢が59歳と高齢ですので、採用がきわめて重要なKSF(成功のカギ)となります。

業界は大きな変化の節目にある

— 世界的なシェアリングエコノミーの進展により、タクシー業界にも影響が出るのではないかと言われています。
ライドシェアの問題で、業界は大きな変化の節目にあります。現状の道路運送法では違法となる自家用車ライドシェアについて、何とか規制を緩和しようという動きがあり、さまざまな論争を経て、すでにある自家用有償旅客運送の枠組みで行うことになりました。自治体やNPO法人のような非営利団体が運送主体の場合は、公共交通機関のないエリアなどにおいて、一定の条件下で認められることになったのです。

第1ラウンドはこのような形で決着しましたが、今後も論争は続くでしょう。これは、タクシー業界にとって大きな環境変化であり、脅威と言えるかもしれません。
ー そのような環境変化がある中での、貴社の取組みについて教えてください。
当社では以前より、「タクシーは“ひろう”から“えらぶ”時代へ」をキーワードに、高付加価値のサービス提供に取り組んできました。フランチャイズでの地域展開、専用乗り場の設置、配車アプリの提供、陣痛タクシーやキッズタクシーなど付加価値の高いサービスメニューの導入、といったものです。他社とのコラボにも積極的で、「ポカリスエットタクシー」や「ファブリーズタクシー」などにも取り組みました。
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また、接客サービスのレベルアップにも注力しており、きわめて緻密な乗務員マニュアルがあるほか、覆面モニターによるサービスチェックも行っています。お客様のふりをして密かにチェックをする、ミステリーショッパーのようなものですね(笑)。覆面モニターはタクシーを降車後に採点し、営業所別でサービス改善につなげています。

そのほか、IT技術を活用し、アプリを使った配車の仕組みを独自に開発しています。当社の川鍋一朗会長が、ライドシェアを早くから脅威と感じ、1つのビジネスモデルとして取り組んできたものです。今後もIT技術をさらに導入し、圧倒的な競争優位を築いていきたいと考えています。
ー 想像以上に、ダイナミックに展開されていますね。今後の方向性をお聞かせください。
東京を中心とした伝統的なタクシー・ハイヤーの事業会社から脱却したいと思っており、そのために事業領域と対象地域の拡大を行っていきます。事業領域については、タクシー・ハイヤーによる旅客運送事業からソフトウェア事業へと拡大していく予定です。 

まずは、配車アプリを中心にソフトウェア事業を行い、その先はハードウェア事業として、車載関連機器の製造販売を行います。ドライブレコーダーや決済機器など、タクシー輸送に必要な車載機器の使い勝手がわかっているため、事業者に必要なものを安くOEMで提供できるのです。

もう1つの軸が対象地域の拡大で、東京から全国、海外へと展開します。現在は東京中心ですが、全国へのM&Aを推進し、まずは関西圏に第二の拠点を作っていきます。そして将来的には、海外のタクシー会社とのアライアンスで事業を拡大していく考えもあります。 

具体的には、日本交通はオペレーション事業を、関連会社のJapanTaxiはソフトウェア・ハードウェア事業をそれぞれ中心に行うという、グループ内での棲み分けを考えています。タクシー事業で培ったノウハウとスケールメリットを活かし、両者のシナジーを生み出していきたいと思います。

連携を密にしながら、ツートップで社内を変えていく

— 創業者一族で、前社長の川鍋会長との役割分担は、どのようにされているのですか。 
創業者の3代目である川鍋会長は、業界活動に重点を置いていく考えです。現在は、全国ハイヤー・タクシー連合会の副会長であるとともに、東京ハイヤー・タクシー協会会長という、全国の20%の車を保有する東京エリアの代表でもありますので、公職の立場から、タクシー業界の革新と活性化という大きな問題に取り組んでいきます。

一方で、JapanTaxiの社長として、IT技術をタクシー事業に開発・導入していかなければならず、本業の日本交通が手薄になることから声をかけられたというのが、私の入社の経緯です。つまり私は、本体の経営を担うという役割分担です。

会社の変革という側面で役割分担を語ると、川鍋会長は「IT技術の導入や新規事業の開発によってイノベーションを起こすこと」、私は「既存事業領域でイノベーションを起こすこと」です。両者の連携を密にしながら、ツートップで社内を変えていこうという試みです。

信条は「人の成長が企業の成長を支える」

— 日本有数のプロ経営者である知識社長のキャリアをお聞かせいただけますか。
大学を卒業後、鐘紡に入社し、5年間大阪で営業をした後に、化粧品本部へ行きました。化粧品業界にも再販制度撤廃や規制緩和の問題などがありましたので、将来の戦略を練るタスクフォースに参加したのです。そこでは専門店向けの戦略立案に携わり、その事業のスタートアップにもかかわりました。

当時は若手の抜擢が流行っており、2年ほどすると事業の責任者を任され、リサージという化粧品ブランドの代表取締役を経験させてもらいました。当時、私はまだ35歳でしたが、良い勉強になりました。その後、41歳のときに産業再生機構による支援が決定し、カネボウ化粧品の社長に指名されたのです。

このときは事業再生フェーズでの社長就任でしたが、次に社長を務めたテイクアンドギヴ・ニーズも、就任の2年前に創業初の赤字転落をしており、もう一度事業の基盤を整えるのが私の役回りでした。両社では、会社に変革を起こすには何が必要か、またその際に、どのようなリーダーシップが求められるのかについて、いろいろと勉強させてもらいました。

これらの経験を踏まえた私の経営者としての信条は、「人の成長が企業の成長を支える」というものです。そして、短期的な成長よりも、継続かつ安定した成長を重視していきたいと考えています。

カネボウ化粧品における産業再生機構は、時限立法の組織だったため、短期間で事業価値を向上させ、エグジットしなければなりません。そのため、時として「人や事業を育てる」ことによる長期的な成果よりも、「悪いモノは捨てる」という短期的な成果が優先されることもありました。

もちろん、それはそれでわかるのですが、プロパーの我々はこの事業を継続しなければならないため、常に衝突がありました。そのような中で思い至ったのが、「人が成長しなければ、企業も成長しない」ということでした。

誤解を恐れずに言うと、B/S(バランスシート)を良く見せることはそう難しくありません。しかし、P/L(損益計算書)を見ながら、原価をどのようにし、どのようにトップライン(売上高)を伸ばすかなどに知恵を絞り、汗をかいてPDCAを回し、成果につなげることは本当に難しい。

だからこそ、前述の信条を大切にしていきたいのです。それが、私が事業再生の体験で学んだことであり、経営者として今後も曲げたくないことでもあります。

言い換えれば、社員1人ひとりの成長の総和が企業の成長だということです。青臭いかもしれませんが、この命題を実証して世の中に広げたいというのが、私の経営者としての思いです。
— カネボウ化粧品の事業再生は日本中の注目を浴びましたが、ターンアラウンドマネジャーとしての経営はどのようなものでしたか。
カネボウ化粧品は、典型的な日本的企業でした。社内のルールがマーケットや顧客の論理よりも優先され、ビジネスにおける共通言語やフレームワークが少ない風土の企業に、海外の著名な大学のMBAや、一流コンサルティング会社出身の優秀な方々が、産業再生機構から入ってきたのです。
経済合理的な判断が優先され、一挙にパラダイムが変わる状況下で、私の役回りは彼らの言葉を社内に翻訳することでした。同時に、経済合理性よりも大切にしなければならないものもあることを、産業再生機構のメンバーに理解してもらうことも必要でしたので、そのような役割を担いながらターンアラウンドしていました。

ターンアラウンドマネジャーには、この両面を理解する能力が必要です。経済合理的な論理だけでは、会社は良くなりません。そこには、何らかの事情や大切にしなければならないものがあり、科学的な手法は、それらを理解したうえで用いなければならないのです。

会社は、外科的なアプローチと心療内科的なアプローチを合わせて良くなるものです。時にはバサッと切ることも必要ですが、その後にしっかりとリハビリを行うことも大切でしょう。
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基本の徹底こそが私のスタイル

— これまでのご経験で培われた知識流経営とは、どのようなスタイルですか。
基本の徹底こそが私のスタイルだと思います。PDCAをきちんと回し、正しいことを正しくやる。あるいは、スピードやブレないことを大切にする。私は、一見地味でも、できるようになるまで仕事の基本をしぶとく追い続けることを大切にしています。会社の足腰を鍛えることが得意ですね。

前職のテイクアンドギヴ・ニーズと当社で共通しているのは、創業者(創業家)がいる中に社長として入り、コンビネーションで会社を良くしていく点です。創業者が新たなビジネスのコンセプトを作る一方で、私はどちらかと言えば「守りの経営者」として会社の足腰を強くし、新たな成長の基盤を作っていくのです。

ベンチャー企業が創業者のクリエイティブな発想によって急成長を遂げたものの、その成長に組織や仕組みが追いつかなくなり、踊り場や厳しい状況に陥るのをよく見かけます。そのような会社には、基盤や仕組みなどの足腰を整えるべきフェーズがあり、その役回りを担う経営者が必要なのだと思います。
— 今後、日本交通本体の経営を担う役割を、どのように果たしていかれるのでしょうか。
経営者として難しく感じるのは、車両台数や価格など、規制によって自由にコントロールできない部分が多い点です。また、電車やバスと違って24時間動いているため、労務・安全管理がきわめて大変な点も挙げられます。

決められたことを滞りなく進めていくという意味では工場にも似ていて、非常に熟練しているのですが、一方でマーケット志向や顧客志向、業務の変革には弱いと感じています。

今後、ライドシェアの問題や自動車の自動運転技術の進展により、ルールやパラダイムが変わると、異業種参入や業界再編が起きるでしょう。社内にも伝えていますが、競合は国内の同業だけでなく、異業種や新たなベンチャー企業になっていきます。そして、こうした節目にどのように対応するかによって、会社の存続と成長が決まるのです。その意味では、ピンチでもありますが、逆にチャンスでもあることを認識すべきです。
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当社に来て印象的だったのは、特に現場で昭和の工場の匂いがすることですね。具体的には、朝礼や点呼、「行ってらっしゃい!」という元気なかけ声などで、個人的にはとても好きな世界です(笑)。これらの慣習が、日本企業の現場の強さを支えてきたのだと感じています。

また、品質のこだわりにはすさまじいものがあり、このことが当社の強みを担っているのだと思います。もちろん、すべての乗務員が素晴らしい接客をできているかと言われると、まだまだ課題だらけであると認識していますが、大変ありがたいのは、お客様から「日本交通は当たり外れが少ない。大体が良い乗務員さんだね」という言葉をいただけることです。引き続き、さらにサービス品質を強化していきたいと思っています。

誇りを持って働ける、魅力的な人材のあふれる業界に

— 最後に、知識社長にとっての挑戦とは。
私が目指す経営として、就任時に3つの方針を掲げました。まずは、自らを強くすることで、経営体質のさらなる強化と新たな成長の基盤づくりを行うことです。次に、今後訪れる環境変化への対応で、新たな競合に対して砦を築き、それを迎え撃つ準備をすること。最後に、業界発展のリーダー的役割として、日本固有の公共交通インフラの役回りを全うすることです。

就任以来の半年間で取り組んだことの1つが、乗務員のシフト変更です。タクシー業界の繁忙時間は深夜帯ですので、シフトは夜が厚く、朝が薄くなっています。ところが実際には、朝の通勤時間帯に車が足りなくなっていました。

実は近年、会社にタクシーで通勤する人が増えたため、その時間帯の営業ロスが多くなっていたのでした。そこで私は、乗務員シフトを朝も厚い形に変更しました。これは、一般的には当たり前のことだと思いますが、社内の理解を得るのは結構大変でした。

業界全体が厳しい状況の中、当社はおかげ様で前年比増収となっていますが、制約条件がある中でトップラインを上げていくためには、「限られた車を、一番儲かる時間帯に、かつ一番儲かる場所に走らせる」という、きわめてシンプルなことを実行するのみです。 

このような基本の徹底によって、社員が成長し、会社全体が成長する。そして、誇りを持って働ける、魅力的な人材のあふれる業界にしていきたい。それこそが私の挑戦です。
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目からウロコ
まさに、プロ経営者へのインタビューだった。知識社長はカネボウという伝統ある企業で、戦略子会社の経営者としての経験を皮切りに、事業再生の局面でも手腕を発揮した。そして、再生への道筋をつけるという役割を全うした後に、創業経営者が率いるテイクアンドギヴ・ニーズという上場後のベンチャー企業の経営を引き受け、創業者と二人三脚で会社の足腰を強くする経営に取り組んだ。スタートアップ、再生、セカンドステージという3つの局面で、プロとしての経営力を発揮し、結果を出したのだ。現在は、日本交通という伝統的な規制産業において、業界環境の激変を目前に、業界を代表する会長とともにイノベーションに取り組む。

このように、一見華々しく見える知識社長の経営信条は、「人の成長が企業の成長を支える」。その経営スタイルは、徹底的に足腰を鍛えるという、地道で手堅いものである。そこには、経験に裏打ちされた、何としても結果を出すという強い信念が感じられる。それこそが、プロ経営者として多くの人や組織から信頼される知識社長の力量だ。

また同時に、ターンアラウンドマネジャーとしてMBAホルダーなどの論客との交渉を乗り切ってきた論理性・柔軟性も併せ持つ。オーナー経営者、外部コンサルタント、伝統/ベンチャー企業の現場など、あらゆる人々と協働して結果を出すオールラウンドなプロ経営者として、知識社長が今後、どのようなイノベーションを実現していくのかに注目したい。
(原 正紀)

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