2015‐10経営者149_日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)_チェアマン_村井様

サッカーを通じて地域活性化や
国際化など日本の課題解決に
視野を広げる経営者

公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) チェアマン

村井 満さん

早稲田大学法学部卒業後、日本リクルートセンター(現・リクルート)に入社。求人広告の営業などを行った後に、人事部門のマネージャーとなり、組織課題の解決にあたる。人事執行役員を経て、関連会社のリクルートエイブリックの社長に就任。さらに、アジアで人材紹介ビジネスを立ち上げるために、香港に会社を設立し、社長として赴任、3年間でアジア26都市に拠点を開設した。その頃よりJリーグの理事を務めていたが、ビジネスの実績を買われてチェアマン就任を要請される。現在、5代目チェアマンに就任し、地域活性化や国際化に腕を振るいながら、サッカーを通じて国の課題解決にも視野を広げる経営者に話を聞いた。
Profile
早稲田大学法学部卒業後、日本リクルートセンター(現・リクルート)に入社。広告営業などを経て、人事執行役員に就任。2004年に関連会社であるリクルートエイブリックの社長、2011年に香港法人の社長に就任し、アジアで経営活動を行う。その頃よりJリーグの理事を務めていたが、2014年に5代目チェアマンに就任。

1993年の開幕以来、着実に成長

— 最初にJリーグという組織の特徴を教えてください。
サッカーの分野では、FIFA(国際サッカー連盟)が世界の組織を統括しており、209ヵ国が加盟しています。国連加盟国が193ヵ国ですので、それよりも大きい組織です。さらに各国に協会があり、その国のサッカーを統括していますが、日本では公益財団法人日本サッカー協会がそれにあたります。

Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)はもちろん、育成年代のサッカー、なでしこリーグからフットサルまで、ホールディングス機関である日本サッカー協会のもとで運営が行われています。Jリーグは公益社団法人で、そのチェアマン(代表)である私は、日本サッカー協会の副会長も務めています。

Jリーグは現在、J1、J2、J3を合わせて52のクラブが所属し、年間の観客動員数は950万人近くになっています。リーグの収益は約130億円、クラブの収益合計は約950億円と、日本のプロスポーツでは最大級の規模と言えます。1993年のJリーグ開幕当初は10クラブでしたが、以来22年、着実に成長してきました。

リーグをビジネスの観点から見ると、主に3つの収益源から成り立っています。まずはリーグスポンサーからの収入です。2つ目が放送権収入、3つ目がグッズ販売などのマーチャンダイジングでの収入です。その合計が約130億円ですが、リーグ運営のコストを差し引いて、残りをクラブに分配しています。

クラブの収入は大きく2つあり、ホームゲームでの入場料と、クラブスポンサーからの収入が主です。それに加えて、リーグからの分配金があります。これまではリーグの安定運営のため、護送船団方式として均等に分配していましたが、債務超過や連続赤字となるクラブが徐々になくなり、クラブ経営が総合的に見て安定しつつあることから、次のステップとして各クラブの評価に合わせて傾斜的に分配する方式に変えています。
— 競争原理の導入ですね。リーグとクラブの役割の違いは、どのようなところになりますか。
リーグの仕事としては、まずインフラの整備が挙げられます。各クラブはサッカーの試合運営が主務ですが、必要なインフラをリーグとして整備する必要があります。

たとえばスタジアムです。ファンにサッカーを快適に観戦していただくには、スタジアムの整備が不可欠ですが、それを個別のクラブだけで行うのは負担が大きい。

J1の試合になると、最低でも1万5,000人ほどの収容規模が必要になりますから、大規模なスタジアムが望まれます。独自のスタジアムを保有するクラブは、柏レイソルとジュビロ磐田の2つしかないんです。多くのスタジアムは行政などが所有していますので、行政機関との調整なども必要になってきます。

また、デジタル・プラットフォームの整備も必要です。チケット販売などの利便性を高めるには、ホームページのSEO対策やセキュリティ強化が必要ですが、そのためにエンジニアを各クラブで雇うのは効率が悪い。ですから、リーグとしてそのような専門家を配置する必要があるのです。

各クラブに対するライセンスの付与もリーグが行っています。特に財務的な基準を厳しくしており、3年連続の赤字、もしくは債務超過に陥ったクラブにはライセンスを与えないことにしました。クラブ経営の健全化を図るためです。この結果、ライセンス制度導入前の2011年にはクラブ全体の3~4割が単年度赤字もしくは債務超過だったものが、今年はこれまでで初めて、そのようなクラブがゼロになりました。

リーグとクラブが役割分担をしてサービスを提供

— 企業経営原理が導入されていますが、民間企業経営者からの転身を活かした運営ですね。
クラブチームは地域に密着して運営されていますから、経営が破綻すると、地域に多大な迷惑をおかけすることになります。ですから、絶対にそのようなことにならないように、財務評価を強化しているのです。過去には残念ながら、クラブの経営が破綻したこともありましたので。

各クラブにはホームタウン活動、つまり地域密着で地域のために活動することを義務づけています。それぞれ工夫をしながら、実情に合わせた展開で地域に溶け込んでいます。

たとえばモンテディオ山形は、選手が田植えを手伝って、収穫した米をスタジアムで販売していますし、松本山雅FCは高齢者の健康維持のために、チームのコーチやメディカルスタッフを派遣し、運動を促進する活動などを行っています。また鹿島アントラーズは、スタジアム内に病院を作り、試合がない日にはチームドクターが地域の人の治療にあたっていますし、川崎フロンターレは、地域の小学校において選手が登場する算数ドリルを使い、楽しみながら勉強をしています。ウィークデイは地域活動を行い、週末にはサッカーの試合をするというのがクラブの日常なのです。
— リーグとクラブが役割分担をしながら、ファンや地域に対してサービスを提供しているのですね。そのようなJリーグ組織の長としてのチェアマンの仕事について、具体的に教えてください。
私自身も大のサッカーファンですが、これまでサッカーにかかわる仕事はしてきませんでした。就任前日まで、前の仕事の引き継ぎをしていたくらいです(笑)。

就任時の記者会見では、3つのフェアプレーの促進を宣言しました。1つ目はピッチ上でのフェアプレーで、当たり前のことですが、選手が試合でフェアにプレーを行うことです。日本人の特性として、フェアプレーを重んじる面があると思いますし、世界に評価していただいている部分でもありますので、真っ先にそれを挙げました。
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2つ目はソーシャル・フェアプレーで、差別や暴力、八百長などを排除するということです。海外では過激なサポーターが暴力騒ぎを起こすことなどもありますが、日本では安心して試合観戦ができるようにします。その後、処分として無観客試合なども行いましたが、今後も厳しい姿勢で臨んでいきたいと思っています。

3つ目はファイナンシャル・フェアプレーです。先ほどお話ししたように、経営の健全化を図るために財務的なトラブルをなくしていきます。私は5代目チェアマンとして就任しましたが、サッカー界以外からは初の登用でした。自身の民間企業での経営経験を十分に活かして、チェアマンの仕事を全うしたいと思います。
— 社会的な注目度の高いポストですから、外の世界から来て思い切ってできる部分と、独自のやり方を踏襲する部分のバランスが必要でしょうね。
就任後にまず行ったのは、Jリーグの実態を理解するために全クラブを訪問することでした。当時は51クラブでしたが、すべてを訪問しました。クラブのオフィスに始まり、スタジアム、行政機関、後援会、サポーターの集まる酒場など、思いついた所にはどんどん足を運びましたね(笑)。

足を使ったおかげで、さまざまなことが見えてきましたが、その1つが、先ほどもお話ししたデジタル人材の不足で、ほかにはスタジアムに関する課題も目につきました。クラブ単独での実現は負担が大きく、難しいのですが、快適なスタジアムを各地に増やしていくことが、Jリーグの将来のためにはとても重要だと感じました。

サッカーの試合では、前後半45分ずつの間に15分の休憩があり、その間に飲食や買い物をするお客様が一斉に移動します。そのような行動を支障なくできる施設が求められますので、各地の行政機関にかけ合っています。知事や市町村の首長、役所の担当部署などを回るのも、重要な仕事の1つですね。地域にとってもメリットのある話ですので、「お互いに良くしていきましょう」とお話ししています。

また、サッカーの質を高めることも重要です。そのためには、どのようなサッカーを目指すかという方向性のとり方が大切です。世界の潮流を知るため、ワールドカップなど国際的な試合には必ず帯同するようにし、Jリーグからお客様へ「4つの約束」という宣言などもしました。「ピッチでは簡単に倒れない、倒れても試合を止めない、時間稼ぎをしない、リスタートを素早くする」といったものです。

Jリーグでは、ボールが止まってからコーナーキックのリスタートまでの平均時間が30.6秒です。ワールドカップでは26.4秒でしたので、約4秒も長くかかっている計算です。その改善には、コーナーキックを蹴るまでの時間を計測するなど、具体的な数値を示しながら、PDCAを回していくことが必要です。目指すべきサッカーを具体的に示しながら改善を図っていくことも、リーグとしてやらなければならないことですね。

地域を回り、知事や市町村の首長にお会いするのも重要な仕事

— 2ステージ制の導入など、これまでのやり方を変えていくには、現場の抵抗もあるのではありませんか。
2ステージ制はチェアマン就任前に決まったことですが、運営は私の役割です。新しいファンを獲得するために、シーズンの盛り上がりを複数にすることが狙いですが、おかげ様で観客動員は伸びています。さまざまな意見もありますが、海外の事例などを説明しながら、理解を求めてきました。

たとえば、成長が著しいメキシコのサッカーは、1シーズンに2ステージ制を2回こなすというタフなスケジュールで行っています。ヨーロッパに有望な選手を引き抜かれることも多いのですが、それでも国内でどんどん選手が成長しています。また、オーストラリアもレギュラーシーズンとチャンピオンシップの組み合わせで運営しています。

日本の選手たちが海外に流出していく中、国内をもっと盛り上げるために新たな仕組みを導入したのです。近年はメディア露出度も下がり続けていましたが、今年はテレビで前年同期比2.4倍となり、手応えは確実にあります。

そのほかの新たな取組みとしては、J1の全スタジアムでミサイルの追尾システムを導入しています。これは、動くものをトラッキングしてコンピュータで解析するシステムで、ピッチ上の選手や審判の動きをデジタル化する目的で導入しています。サッカーはアナログの動きが連続するスポーツですから、リアルタイムの動きがわかりづらいんです。このように、サッカーを解析する取組みも始めています。

選手の海外流出についてもいろいろと意見はありますが、経済の流れと同じで、条件の良いところ、レベルの高いところに人が流れる傾向は止まりません。ですから、もっと収益にもこだわる必要があります。ヨーロッパのプレミアリーグは約3,300億円の収入がありますが、そのほとんどが放映権からで、アジアからも数百億円が出ています。日本と違って、有料放送がその主体です。

日本の選手たちは、そのような資金に支えられているヨーロッパに移籍していくわけですが、もちろん、日本のサッカーのクオリティを上げるためには必要なことです。流出を前提に、若い選手たちをどんどん育てなければならない。ですから、Jリーグでは日本サッカー協会と連携し、ユース世代の育成にも注力しています。

ベルギーの会社が開発した、クラブの選手育成力を評価するシステムがあるのですが、現在、それを導入して若手育成を高める流れを作ろうとしています。チェック項目が400ほどもある緻密なシステムで、2014年のワールドカップで優勝したドイツも導入しています。ドイツのトップリーグであるブンデスリーガでは、育成の評価によってクラブへの配分金を変えるほど徹底しています。
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世界の動きを常に捉え、日本サッカーのレベルアップを

ー サッカーはグローバルなスポーツですから、「世界の中で日本のサッカーをどのようにする」という視点が非常に大切なことがわかりますね。
先ほど、アジアから巨額のマネーがヨーロッパに流れている話をしましたが、もちろんJリーグもアジアとのつながりは重視しています。現在、アジアではカタール、イラン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマー、シンガポールの9ヵ国と提携しています。

クラブ間や選手、指導者の交流などが主体ですが、タイでは60人以上の日本人がプレーしています。ベトナムでは、Jリーグでも指揮をとった三浦俊也さんが代表監督をしていますが、彼はベトナム国内では誰もが知る有名人です。これらの国際交流では、私がアジアで3年間、ビジネスの立ち上げを行った経験が役立っています。

また、立命館大学と連携して、「Jリーグヒューマンキャピタル」という経営人材の研修講座を立ち上げています。リーグで働く職員などをレベルアップさせられれば、さらに大きく成長できるという考えです。説明会には500人ほどが来てくれましたが、第1期生としてJリーグ選手OBも含め、43人が参加してくれています。

今後の活動としては、これまでにお話ししたとおり、スタジアム建設やアジア進出は大きな目標です。若手育成にも力を入れていきますが、そのためにはクラブの育成力を見える化し、評価できないと改革はできません。時間はかかると思いますが、世界の動きを参考に、日本サッカーのレベルアップを図っていきます。
ー ここで、村井さんがチェアマンに就任されるまでのキャリアについてお聞かせください。
大学を卒業後、リクルート社にずっといましたが、順風満帆だったわけではありません。リクルート事件、バブル崩壊、ダイエーによる買収、紙のメディアからネットへのシフトなど、危機的状況の連続でした。そのため、変化に対するマインドセットはできていたのだと思います(笑)。

入社後、最初は主に営業をやっていましたが、人事部門へ異動になり、さらに関連会社の社長、海外子会社の社長を務めてきました。そのような経験が、現在行っている組織改革に活きています。特に、最後にかかわった海外での経営経験は貴重でしたね。

3年間で26都市に会社を設立したのですが、海外にはオーナー企業が多く、ビジョナリーな経営をしている所が目につきました。M&Aを4社ほどしましたが、どの経営者も、わが子のように育てた企業を誰に任せればよいかを真剣に考えています。ですから、デューデリジェンスの結果やデータで論ずるのではなく、飲んだり語ったりといった人種や年代を超えた付き合いを大切にしなければなりません。

Jリーグとして、国の抱える課題に取り組む

ー 最後に、村井チェアマンにとっての挑戦とは。
日本の抱えている問題は、そのままJリーグの課題に結びつきます。ですから、Jリーグの問題を解決していくことで、やがては日本を良くしていくことができるのではないでしょうか。

地方の町へ行くと、シャッターの下りた商店街を見かけますが、地方に若者が行く魅力的なコンテンツが少ないのでしょう。観光資源の中に、これまでスポーツを取り入れる思想はありませんでしたが、インバウンドの外国人観光客に、これまでの定番観光コースへ行ってもらうだけなく、スポーツ観戦なども織り交ぜられれば、さらに豊かな経験を提供できると思います。

教育面では、子どもたちにスポーツを通じて、フェアな精神や負けない気持ちなどを教えることができます。また高齢社会の日本では、何歳になっても心身ともに健康でいるために、もっとスポーツができる環境を拡大するべきだと思います。スポーツを目的ではなく、手段と捉え、それを通じて日本を良くしていくこと、このことが私の挑戦かもしれませんね。

日本の抱えるさまざまなアジェンダを解決する手段として、スポーツに取り組むことが最大のテーマだと考えています。国際交流や、世界大会を誘致して地方都市を国際化することも重要ですね。これからJリーグが行うべきこととして、次のテーマは、日本の課題に取り組んでいくことと自覚しています。
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目からウロコ
国連193ヵ国に対し、FIFAは209ヵ国参加というデータの紹介もあったが、サッカーはまさにグローバルなスポーツ、あるいは文化とも言えるほどである。日本においてビジネスの進化・国際化は待ったなしの状況だが、スポーツや文化の発展は、国に多くのメリットをもたらす。村井チェアマンの話にあったように、観光やビジネスにおける国際化のドライブ要因になるだけでなく、閉鎖的な国民性を持つ日本人に対して、若者を中心に意識の国際化や、フェアプレー精神などの教育的効果ももたらしている。

もう1つのサッカーの効果としては、地域の活性化が挙げられる。都市部への集中化により、人口減少に悩み、疲弊している地方において、人をひきつける魅力的なコンテンツは不足している。その中で、サッカーというスポーツの魅力だけでなく、そのクラブチームがさまざまな活動で地域を盛り上げているということが、多くの地域住民に希望を与えているのではないだろうか。

村井チェアマンは、人材ビジネスの分野で長らく営業や人事を務め、経営者まで上り詰めた、いわば「人事組織のプロ」である。Jリーグでもさまざまな改革的手法を取り入れつつある中、特徴としては人や組織に着眼したものが目立つが、キャリアでの強みを十分に発揮している。異色のチェアマンとしての活躍は、人の転機やキャリアの妙、また個人の経験の活かし方の事例としても大いに参考になるだろう。
(原 正紀)

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