2017‐10経営者173_岩崎運送_岩崎様

“従来型の運送屋”から脱却
物流業界のイメージ変革に挑戦する経営者

株式会社岩崎運送 代表取締役社長

岩﨑 克美さん

父親の経営する岩崎運送で、ドライバーとして長時間働きながら、時間と家族の大切さを実感。3代目経営者に就任後、“従来型の運送屋”から脱するため、長時間労働の是正や女性の活躍推進に注力。社員を笑顔にする経営を実践し、物流業界のイメージアップや人材獲得にも挑戦するリーダーに話を聞いた。
Profile
1989年に株式会社岩崎運送入社。ドライバー職10年、管理職3年、役員6年を経て、同社代表取締役社長に就任。長時間労働の是正や女性の活躍推進に積極的に取り組むなど、企業風土改革を目指す。業界の理解促進活動にも力を入れている。

「家族との時間を大切にする会社」を掲げる

— 大変な人不足時代です。特に物流業界は、人手不足産業の代表といわれています。
幸いにして当社は従業員からの紹介が多く、女性配送スタッフの娘婿などの若い人も入社しています。紹介してくれた場合は多少の御礼をする程度ですが、社員が自主的に紹介してくれるんです。会社のことを信頼してくれていて、ありがたいですね。会社にすごく大事にしてもらっていると、皆が思ってくれているようです。 

私が経営で大事にしていること、意識していることは、時間を大事にしてほしいということです。今は「働き方改革」などといわれますが、経営者になってからずっと、従業員には家族と過ごす時間を多く取ってほしいというのが経営の前提でした。 

当社の経営理念は「リスペクト~大切に思うこと~」として、「家族を大切に思うこと、仲間を大切に思うこと、顧客を大切に思うこと、商品を大切に思うこと、仕事を大切に思うこと」の5つを掲げています。この順番が、私が考える優先順位でもあります。1番が「家族を大切に思うこと」で、それが生活の基本だと考えています。 

家族との時間を妨げるような仕事や働き方では長続きはしません。親子で大型車に乗って仕事をしたいと、息子を当社に入れている人が、「この会社は時間を大事にしてくれる」と言ってくれたことがあります。それが、今後、会社を運営していくうえでのキーワードだと思っています。
— 「時間を大事にする」というコンセプトは素晴らしいですね。もう少し具体的に教えてください。 
誰もが、生活の基盤があって、それを支えるために仕事をしています。ところが、仕事だけが生活の中心になると家庭がおろそかになってしまいます。むしろ、家庭を優先してもらうために仕事があるのだと、管理職には常に話しています。仕事の管理をする人たちが時間を守らなければ、社員全体が守れなくなってしまうからです。 

もちろん、お客様からの要望は大事です。ただ、今は組織がしっかりしている生協(日本生活協同組合連合会)さんの食品をメインに運んでいるため、仕事の拘束時間もあまりぶれることなく、できています。以前は1日16時間の仕事といったこともありました。社員の顔つきも、今とはまったく違うものでした。余裕がなく、社内での信頼関係が築き上げられることもありませんでした。先代社長の20年は、そういうやり方で会社が大きくなってきたのです。そのことには感謝していますが、私がやりたい経営とは違いました。
ー 20年、会社を支えてきた仕事を切り替えるのは、大きな決断だったでしょうね。
15年ほど前が、まさにそのターニングポイントでした。時間を大切にしたいという気持ちと同時に、「これからは仕事のあり方で、人が入社するか、しないかが決まってくる」と考えました。 

長時間の力仕事であれば、どうしても男性中心になってしまいます。私は男女区別なく働ける職場を作りたいと思いました。たまたま女性ドライバーが入ってきて、生協さんの仕事を担当したとき、「うちで女性は私一人だけですか?」と言われ、問題になったことがありました。世の中には男女が50%ずついるわけですから、女性社員も男性と同じぐらいいてもいいのではないかと考え、対策を進めてきました。 

その時、私はまだ専務でしたが、社長は従来型の経営にこだわり、まるっきり反対でしたね(笑)。それまでの仕事と比べると、車1台で稼げる金額がまったく違ってしまうので日々、喧嘩でした。真っ向からぶつかって意見を戦わせて、それをきっかけに新体制での経営を任されるようになったんです。
ー ほかに注力していることはなんですか。 
従業員満足度を高くすることを、強く意識しています。月に1回、管理職を含めて月次のレポートを出すのですが、その中で私が自ら出した目標は、「ボーナスを3回払う」というものでした。連休前にボーナスを出して、休日を楽しんでもらおうと思っています。3年以内に実現したいですね。 

私も家族がいますので、どれだけ家族を大事にできるか、家族から喜ばれる職場にするか、という重要性を身をもって感じています。本人だけではなく、家族から喜ばれる職場でなければ、長く働いてもらえません。一日の仕事時間が長いゆえに離婚する家族も過去にはいました。仕事のために家族がバラバラになることは悲しいことだと思います。 

実はそれまで私自身が家族を大切にできていませんでした。もともとドライバーとして父が経営するこの会社に入社して、誰よりも長い時間働いてきました。仕事柄、外出や外食が多く、外泊も多かった。そうした生活の中で、家族と一緒に食事をとるのは、すごく大事なことだと痛感するようになったんです。 

今でも夜はなかなか家族と食事ができませんが、朝食は必ず一緒にとるようにしています。たとえ夜中の2時、3時に帰っても、朝は必ず食卓を共にします。どこの家庭でもそれをしてあげられたら、家族がバラバラになることはないでしょう。
ー 方針が浸透して、社員が変わったと感じるのはどのような点でしょうか。 
コミュニケーションが、とても取りやすくなりました。社員が気軽に社長室に入ってきて、「聞いてよ、社長」と、よく話しかけてきます(笑)。先日は数年前に入社した女性ドライバーが、当時は小学生だった娘が今年は大学に入った、と喜んで伝えてくれました。彼女はシングルマザーなんですが、「女手一つでここまで育ててこられたのも社長のおかげです」と言ってくれました。 

会社が変わってきて、採用できる人材レベルも高くなってきたと思います。お客さんからは「車がきれい」、「挨拶がしっかりしている」、「はきはきしている人が多い」などお褒めの言葉もいただくようになりました。
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「運送業=危ない」のイメージを変える
女性も大型車のドライバーとして活躍

— とはいえ今の人手不足は深刻です。従業員からの紹介以外では、どのように人材を獲得していますか。 
求人誌や求人サイトを使っています。今年からは高校の新卒者の採用も始めました。近隣の高校を訪問して、会社の説明をしているのですが、手ごたえとしては、まだまだこれからといったところです。「運送業=危ない」といったイメージが、特に先生方に強い気がします。来年は高校の先生方を招いて、現場を見て車の安全性を理解していただこうと思っています。 

採用の難しさは、ひしひしと感じています。完全な売り手市場なので、生徒は引く手あまただとさんざん聞きました。私が音頭をとり、地域の商工会で異業種を5社集めて、秋田まで求人にも行く予定です。秋田県庁のすぐ横の建物を借りて、5社で合同就職説明会を開催します。 
新卒採用をスタートした理由としては、単なる人材難対応だけでなく、若者の運転離れへの対応もあります。まずはドライバーの仕事に興味を持ってもらい、免許を取ってもらわなければ、業界を志す人材が増えません。本人の確約が取れたら、免許を取るところから支援して、費用を負担してもよいと思っています。地域である程度の規模以上の運送会社が協力して、免許を取ってもらうところから始めなければと考えています。 

「そんな余裕はない」、「それはいいからやろう」といった具合で、関係者の反応はさまざまです。当社の場合でも、普通免許を持って入社した従業員に、大型免許まで会社の負担で取らせるなど応援していますが、結構な負担になります。でもそこまでしても、人は欲しいのです。 

目に見える効果はまだ出ていませんが、地道に続けていくしかないと思っています。ただ、女性のドライバーが増えてきたのは大きな成果でしょう。男性と比べると華奢な、身長160センチ台、体重40キロ台のような女性でも、大型車のドライバーとして活躍し始めています。
 
大型車は乗っているだけでも優越感がありますし、2トン車などよりも収入も稼げるという魅力があります。「長い時間働いて稼ぐ」という古いやり方がまだまだ残っているので、その辺は業界として変わっていかないとダメですね。お客様にも理解していただかなければなりません。
— 採用だけでなく人材の定着という問題も、人材不足の物流会社としては大きいですよね。
うちの場合は辞めてしまう人は、1日で来なくなります。でも、1週間いる人間は、だいたい続きます。人材定着のためには、福利厚生を充実させることがまずは大事だと思います。有給休暇、ボーナス、出席を強制しない社内イベントを行うなどです。社内で新たに部活動を始めることも支援しています。 

管理職が部下の状況を把握して、おかしいと思ったら的確に手を打つことも、人材流出の防止につながります。管理職に対してはある意味、強引に私のやり方で引っ張っています。食事に行ったり、お酒を飲んだり、時には旅行にも連れていったり、気も使い、お金も使いながら(笑)、常にコミュニケーションを取っています。強引にやるけれども反面、しっかりフォローもするという形です。
— 社員教育の取り組みについてはいかがですか。
基本的に身だしなみと挨拶しか注意はしません。それは人間の基本だからです。きちんとした服装で、しっかり挨拶ができるかどうかで、その人への第一印象が決まってしまいます。それだけに重要だと思いますので、管理職との会議の中ではそこは徹底するようにと伝えています。それ以外の指導は管理職に任せています。 

もちろん、研修等は会社でしっかりと行っています。県トラック協会の研修センターで行う、ドライバーの心得などを教えてくれる研修や、商工会などで開催するセミナーにも従業員が参加しています。とにかく基本的なことを徹底して指導するということが、教育の基本ですね。
— 県のプロジェクトに参加するなど、女性の採用や育成にも力を入れていますね。 
この業界の悪いところは、男性中心に考えてきた傾向があるところです。例えば男女のトイレの区別すらなく、そうしたことから変えてきました。業界にありがちな、「制服で来て、制服で帰る」というスタンスも嫌ですね(笑)。以前、ヨーロッパの物流会社を視察したとき、男性も女性も皆がスーツ姿で出社して、作業着に着替えて配送を終え、シャワーを浴びて、再びスーツを着て帰っていく姿を見ました。業界のイメージを変えていくには、まさにこれをやっていかなければならないと思います。 

女性の活躍に力を入れようとしても、やっぱり歯がゆいことは多いんです。いわゆる「3K」、つまり、「きつい、汚い、危険」とこの業界は思われている。そうではないというアピールを、もっとしていかなければなりません。今では、長くても1日10時間で仕事は終わりますし、服も汚れないような作業がメインになってきています。力を使わないような作業にもなっています。今までとはまったく変わってきています。
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子どもたちにとってのあこがれの職業に

— それでも人材の募集をした時に、なかなか反応が得られないのはつらいところですね。 
今の若者には、トラックに乗ってみたいという人は少ないです。それは、やはり先入観というものですよね。今後、業界としてやっていかなければいけないと思っているのが、小中高校に出かけて行って、生活を支える大事な仕事なのだと子どもたちに伝えることだと思っています。小学生の「なりたい職業のベスト5」には必ずドライバーが入っていますが、中学・高校になるとランクから消えてしまう。もっときちんと説明して理解してもらい、あこがれの職業になっていかなくてはと思います。 

地元の埼玉県朝霞市と市の教育委員会とともに、子どもたちに交通安全標語を考えてもらおうと、市内10校の小学校を対象に標語をつくる運動に関わらせていただきました。標語はトラック協会朝霞支部青年部会で審査して、ベスト10を市営バスの車体の前に貼り出して、表彰しました。この取り組みも、もう10年ほど続いています。そういうところから、まずは子どもたちにトラックに関心を持ってほしいと思います。
— 3代目の社長の積極的経営改革ですね。 
それまでは会社にビジョンというものが、まったくありませんでした。だから会社もその日暮らし、社員もその日暮らしという、イソップ物語のキリギリスみたいなあり方でした(笑)。何の蓄えもなければ、これといった考えもなしに毎月毎月、「ああ、今月は稼いだ、儲かった」と言っていたところがありました。そうではなく、プランを作って、そのプラン通りに動かすこと。目標を決めて、それを達成することを目指すような経営にしたかった。 

社長に就任した時には、私のやり方に賛成できない管理職には辞めてもらいました。どれだけ話しても考えが変わらないからです。それは、つらいことでした。でも目的があったので、つらくてもやり抜く、後ろを見る必要はない、とにかく前進しようと考えました。

従業員全員を笑顔にしたい

— 最後に、岩崎社長にとっての挑戦とは。 
従業員全員を笑顔にすることです。これは当初からの目標ですが、まだまだ道半ばです。やるべきことは個人と組織への対応ですね。営業所を増やして組織間のコミュニケーションを活発にして、出かける幅が広がればいいと思うんです。たとえば九州に営業所ができれば、仕事に行ったり旅行に行ったり、活動の幅が広がります。 

従業員にも、広い視野を持ってほしい。配送スタッフの中には、自分たちは大したことがないと考えている人が結構多いんですが、そんなことはないと伝えたい。そのためには外の世界もしっかりと見てほしい。とにかく、皆には家族・仲間・顧客・商品・仕事を大切にして、笑顔になってもらいたいです。
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目からウロコ
深刻さを増している企業の人材難の中で、物流業界は建設・IT・介護業界などと並んで、特に厳しい状況になっている。その大きな要因は、岩崎社長が指摘したように業界の持つ3Kイメージと、若者の運転離れだろう。今は「働き方改革」が時代のキーワードになっている。そのベースは残業など長時間労働の是正と、同一労働同一賃金などの処遇の改善だ。実現するには経営者と労働者の意識改革が重要だが、岩崎社長はすでにそのような意識で経営を行っており、社員の意識改革を進めている。経営者として社員と家族を笑顔にするという志と、そうしなければ人を確保して生き残ることができないという経営合理性からの行動である。家族や仲間をリスペクトするという経営理念は重要な方向性を示しているが、それは自身が働きながら「おかしい」と感じたことを率直に表したものであるため、ぶれない軸となっている。子どもたちに対しても、業界について伝えていく活動を率先して行うなど、自社の採用だけでなく、業界の発展を意識した活動も行っている。時間も労力もかかることだが、誰かが意欲を持って取り組まなければならない。そのような広い視野を持って自ら動く経営者の存在が、業界を進化させていくだろう。3代目経営者として、どのようなリーダーシップを発揮しながら変革をもたらしていくか、今後の活動にも注目していきたい。
(原 正紀)

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