2015‐12経営者151_Dolby Japan_大沢様

音響・映像技術の最先端で
日本流+米国流の
ベストバランス経営を目指すリーダー

Dolby Japan株式会社 代表取締役社長

大沢 幸弘さん

早稲田大学理工学部を卒業して三井物産(株)に入社し、プラント輸出の分野に配属される。13年間にわたり、世界を股にかけて活躍した後、情報産業ビジネス部門へ異動し、さらに13年間、第一線で活躍。知人のスカウトを受けmフラッシュ技術を扱うマクロメディア社の日本法人代表に就任するが、ほどなくアドビ社に買収される。その後もスカウトとM&Aで、複数の外資系企業においてアジア・日本のトップを歴任。音響と映像の先端技術の分野で、日本と米国の良さを融合した経営を展開するグローバルリーダーに話を聞いた。
Profile
早稲田大学理工学部卒業後、三井物産(株)に入社。プラント輸出と情報産業ビジネスにかかわり、26年間にわたって世界各国で活躍する。その後、知人にスカウトされ、米国マウロメディア社、ディビックス社、ソニック社、ロヴィ社など複数企業の経営者を経て、2014年にDolby Japan(株)代表取締役社長に就任。

メーカーに提供する技術のライセンス料収入がメイン

— ドルビーシステムには、オーディオにはまっていた時期にお世話になりました。いまは、随分と事業領域が広がっているようですが、どのような事業を展開されているのですか。
最近の技術革新として、家庭向けにドルビーアトモス対応ホームシアターシステムを発売しましたが、いかがですか(笑)? ドルビーアトモスは頭上を含め、多次元空間のどの位置にでも特定の音を定位、または移動させることのできる「動くオーディオ」を実現した、空間を素晴らしいエンタテインメントの場に変える技術です。2012年に初めて映画に導入されて以来、主要ハリウッドスタジオや世界中の劇場、映画製作で多く取り入れられ、いまではホームシアターやモバイルでも楽しむことができます。

ドルビーというと、オーディオブームを知るシニア層、特に男性には認知度が高いのですが、若年層や女性にもっと知ってもらう必要があります。従来、カセットデッキにはドルビーボタンがあり、オンにして録音・再生をすると、「シャー」という高音域のヒスノイズを消すことができるドルビーノイズリダクションという技術で知られていました。当社の技術はこれに始まり、いつの時代も、機能をオン・オフする比較視聴で消費者に理解していただけます。

デモを聞くと、皆さんに気に入っていただけます。デモをすることで喜んでいただける、数少ない仕事なんです。その技術はほかにも、DVDやブルーレイ、AVアンプ、PC、モバイル端末など多くの家電に採用されています。当社のビジネスは主に、メーカーに提供する技術のライセンス料で成り立っています。

事業分野は多岐にわたり、海外では放送技術にも広く使われています。世界にはいくつもの音響技術があり、中でもドルビーは世界中で広く使われています。

映画のエンディングロールには当社のロゴが出てきますので、世界中の多くの人にエンタテインメント技術の会社だと認知していただいています。最近、テレビの解像度を表すのに2K、4K、8Kといった言葉を使いますが、大画面のTVで見ても画素を認識できないほど、高解像度化の技術は進みました。画像を良くするのは解像度だけではなく、世界の映像技術は解像度と高ダイナミックレンジ(HDR)の二本立てなんです。

しかし、日本ではこれまで解像度の一本立てで、HDRについてはほとんど議論がなされてきませんでした。ここに来てようやく、放送局やTVメーカーが、ダイナミックレンジがブラウン管時代と変わっていないことに気づき、二本立てでないとダメだという見解が広がっています。世に先駆けて投入したドルビービジョンというHDR技術が、映画やネット配信の世界から広まりつつあります。
— 着実に進化されているのですね。たしかに、映画のエンディングロールでよくロゴを目にします。
当社は、音と映像の技術でエンタテインメントをより豊かにする会社であり、アートとサイエンスを結びつける存在とも言えます。さらにビジネスの分野では、ドルビーボイスという電話会議の音声を改善する技術を提供しており、Voice over IPの技術を活かしているため、世界中で使えます。当社でも毎日、国内外の社員やパートナーと電話会議をしていますが、まったく音が違いますよ。

音が自然で聞き取りやすいため、誰が何を言ったかが明確に伝わり、出席者全員がそこにいるかのような、効率的かつ経済的な電話会議ができます。人間の声を集中して拾い、周囲の雑音はカットするため、通常は苦労する英語の会議でも声が聞き取りやすく、難なくこなせます。英語が聞き取りづらいのは、音質にも原因があり、このシステム以外で電話会議をするのが嫌になるほどです。
P11-Ph A87R8220@
現在は、ブリティッシュテレコム社が、BT MeetMe with Dolby Voiceという電話会議サービスを世界で一斉に売り出しており、日本でも今年6月からサービスを開始しています。このサービスは、契約後にアプリをダウンロードすれば、手持ちの電話機、PC、モバイル端末で電話会議ができるものですが、当社ではより良いサービス提供のために、ドルビーカンファレンスフォンという円盤型の専用電話機を例外的に開発しました。この製品は、デザインを高く評価され、2015年度レッドドット・デザイン特別賞を受賞しました。

このように、これまではエンタテインメントを中心に展開してきましたが、ビジネス分野にもかかわるようになりました。音響から映像に進出し、ビジネスにも領域を広げています。当社の市場は世界ですから、世界で同じものを展開する必要があります。技術開発は米国で行っていますが、日本にも技術者はいますので、将来は日本でもより多くのことを手がけたいですね。

音響から映像、そしてビジネスの領域へ

— 個人向けのエンタテインメントだけでなく、ビジネス向けのコミュニケーションの分野にも広がっているのですね。
Netflixという世界でもっとも流行っているビデオ・オン・デマンドの会社があり、日本では月間950円で見放題というサービスを始めました。ここでもドルビーオーディオが使われています。Amazonインスタント・ビデオやAmazonプライム・ビデオもドルビーオーディオに対応しており、日本勢では初めてU-NEXTも対応しました。

このように、インターネットで映像配信サービスを行うビジネスでは、進んで当社の技術を使うようになっています。いままでは主に、家電などのハード側に組み込まれてきましたが、サービスにも使われるようになり、その技術を消費者に直接知っていただく機会が増えてきました。

タブレットやスマホ、カーナビなど、世界中のありとあらゆるハードに使われており、今後もまだまだ用途は広がると思われます。ドルビーオーディオは、Windows 10ではOSだけでなく、新ブラウザのMicrosoft Edgeにも標準採用されました。

日本の音響・映像の技術は、一流かつ現在も進化していますが、これは当社の技術と一緒に成長してきた面があります。ドルビーの日本支社は1997年に設立され、2006年に社名をDolby Japan株式会社に変更して現在に至ります。設立以前は、コンチネンタルファーイースト社が代理店として大きな役割を果たしてくれました。多くの外資系企業と同じように、最初に日本での代理店ができ、ある程度成長したところで日本法人ができる、という経緯になりました。

米国のドルビー本社は今年、50周年を迎えました。このように、一企業が世界のトップのポジションに長くとどまっているケースは珍しく、もしかしたら学門の研究テーマになり得るかもしれません。その理由は、第一に音響技術のパイオニアであり、真面目に良い技術を生み出してきたからだと思います。また、業界のエコシステムであるサービス、コンテンツ、ハードすべてに対応しているからという理由もあるでしょう。
— そのように、世界的にも稀有な企業で活躍されている大沢さんのキャリアには、非常に興味があります。どのような道を歩まれたのでしょうか。
大学は理工系だったのですが、就職したのは三井物産でした。商社の営業ですので、理系も文系も関係のない採用であり、配属でしたね。配属先はプラント輸出で、四六時中、海外出張をしていました。メキシコには2年間住みましたが、そのうちの1年間は大学に通わせてもらい、1年間は働くという、広い意味での研修ですね(笑)。

また、オーストラリアやアルゼンチンなどへは、長期出張をくり返していました。13年間、プラント輸出に携わり、IT部門へ異動してからは、シリコンバレーに駐在しましたが、当時はITバブルの時代でした。情報産業本部の米州の別会社での勤務でしたが、変化が大きく、面白かったですよ。

ちょうどPCの販売が伸びている頃だったのですが、三井物産でパソコンをOEM供給していた延長で、IBMやゲートウェイなどにPC部品を供給する仕事があり、ベンチャー投資もたくさん行いました。日本企業向けのコンサルティングなどを行っていましたが、それは米国の新しいビジネスモデルを大いに参考にしたものでした。

また当時は、eコマースが登場し、日本の企業のサービスがリアルからネットへと変わっていった時代でもありました。米国で日本との合弁会社を作ったり、新しいものを供給したりしていましたが、結局、ITの商社での仕事も13年間続けることになりました。

ITの仕事をきっかけに外資系企業へ転職

— プラントとITという2分野で26年間活躍されてから、外資系企業へ移られたのですね。
そうですね。ITの商社での仕事がきっかけになり、転機が訪れます。一緒に仕事をしていた米国人がマクロメディア社(フラッシュ技術の会社)の幹部になっており、その日本法人の社長をやらないかと誘われたのです。三井物産で働いていた頃も、2~3年おきに社内で新しい仕事が来ていましたので、転職に対する抵抗感や迷いはまったくありませんでした。

フラッシュとはWebの動画技術で、日本のアニメはフラッシュで作られていましたが、ドコモやKDDIなどの通信キャリアにも使ってもらえるようになりました。そのような経緯で社長に就任したのですが、就任後すぐに、同社は別の米国企業に買収されてしまいます。買収されれば、社長のポジションがあるかどうかもわかりません。

本来ならば、がっくりきてもおかしくないのでしょうが、あまりそうは感じませんでした。買収後に、別の会社から声をかけていただけることが多かったからでしょうか。とは言え、外資系企業が買収されると、多くの同僚が失職してしまいますので、そのような中で自分だけさっさと転職するわけにはいきません。そこで、部下とともに、一度は買収元に在籍することにしました。

その後は、映像技術のディビックス社からオファーを受けて日本の代表、後にアジアの責任者になりました。中国・韓国などとのビジネスを大いに増やしましたが、そこも数年でソニック社というIT企業に買収されてしまいます。そのときは、最初からソニック社側に「アジアの責任者を」とオファーされ、そのままとどまりました。

そこはビデオ・オン・デマンドの先駆けサービスなども行っている会社で、サウンドに関係する仕事やPCソフトウェアに関する仕事などが数多くありました。しかし、またすぐに買収されてしまいます。今度はロヴィ社がソニック社を買収したのです。当時は、知人と会うたびに社名が変わっていましたので、転職ばかりしているように思われ、かつ事務所も変わるため、連絡先不詳で周囲の評判は良くありませんでした(笑)。米国ではよくある話なのですが。

当時はロヴィ社、ソニック社、ディビックス社の3ヵ所の事務所をぐるぐると回っている状態でした。ロヴィ社では日本ビジネスの責任を、それまでの責任者と私の2人で担う形でスタートしました。最終的に私は、アジア全体の製品ビジネスの責任者となりましたが、このような役割をくり返し担当していました。

ロヴィ社の事業の1つはテレビガイドのサービスで、番組関連の情報を深く次々と検索できる、視聴者にとってビジュアルで便利なものです。結局、そのグループには8年間いましたが、その頃にはマクロメディア社で同僚だった米国人がドルビーの幹部になっており、日本の代表にとの誘いがあったんです。それを受けて、2014年春に8年ぶりの転職をしました。

ビジネスは日米の中間のどこかに良いバランスがある

ー ご自身が動いたのではなく、M&Aで会社が変わっていったのですね。日本企業ではなかなかできないご経験ですが、著書も出版されたとか。
お世話になっている方の出版を通じて、出版社と縁ができたのがきっかけで、編集者から本を書くことを勧められました。人間関係に悩んだり、くよくよしたりして、楽しく働けていない人も多いと思いますが、もっと心が自由になれる働き方を若い人たちに伝えたかったのです。いわば、若者へのアドバイス書ですね。

世の中には、楽しそうに働いている人と、苦しそうに働いている人がいますが、「楽しそうに働いている人は何が違うのだろう?」という疑問が出発点です。探ってみると、どうやら彼らには上司がいない。いや、本当はいるのですが、上司ではなく、お客さんと接しているような感覚なのです。
彼らは、自分をしっかりと持ち、サラリーマンではなく、業務委託されたミッションを果たして、勤務先や顧客(上司)にサービスを提供している。そこには「上司だから」、「勤務先だから」という気遣いではなく、自分にお金を払ってくれる顧客を満足させるプロ意識を感じます。たとえば、お客さんなら我慢できることでも、相手が上司だと、「こうあるべきだ」などと理想を振りかざし、“顧客”に不満を持ってしまう。でも、不満げに働く業務委託先では、長い取引にはなりませんよね。

このように、お客さんと接するように上司と働いている人は、ちょっとしたことでは落ち込まず、楽しそうでした。つまり、自分のスタンスによって、仕事は随分と楽になるということです。苦しそうに働いている人は、常に上司に「こう変わってほしい」と思っていて、自分自身が変わるべきことを忘れてしまっているのです。
P11-Ph A87R8273@
ー 三井物産に長く勤められ、その後は外資系企業で活躍されるというキャリアの中で得られたものは何でしょうか。
日米両方の企業で働くことができたのは、得がたい経験です。どちらが良いということではなく、それぞれの特長を複眼的に見られるようになりました。物事は、良いか悪いかという単純なものではなく、複眼的に捉えることが重要です。これまでの経験をこれからも活かしていきたいですね。

ビジネスの世界では、米国のほうがYES・NOがはっきりしており、短期的思考のように考えられていると思います。ある部分はそのとおりで、日本のほうが長期的に物事を考えるとも思いますが。また米国では、必ず達成しなくてはならない業績が明確に存在します。日本企業に見られがちな、皆で「仕方がないよね」となってしまう部分は、団体責任の悪い面でしょうか。日米の中間のどこかに、良いバランスがあると思うのです。

外資系企業とひと言で言っても、企業ごとに差があり、当社はじっくりと構えて取り組むスタイルです。たとえば、四半期の業績ばかりを追っているために、本来の仕事がしっかりとできないのでは、行き過ぎた業績主義だと思います。かと言って、のんびりしていてもダメで、バランスのとり方が重要だと考えています。

素晴らしい技術をどのように伝えるかが最大の挑戦

ー 最後に、大沢社長にとっての挑戦とは。
素晴らしいドルビーの技術を、どのように皆さんに伝えるかが最大の挑戦です。自社の技術をデモして、お客様からすごいと言っていただける仕事はそうはありませんが、当社はそのようなことの連続なのです。これだけ素晴らしい技術であれば、もっと普及してもおかしくない。 

現状では、若年層や女性に十分に理解されているとは思っていません。消費者にも企業にも、もっともっと知っていただきたいですね。ドルビーアトモス対応ホームシアターシステムを導入すれば、家庭でいままでにないエンタテインメントの世界を楽しむことができます。ヤマハが今年、世界初のドルビーアトモス対応サウンドバーを発売しますが、これは細長いスピーカーを1つテレビの前に設置すれば、聞いたことのないような多次元の音響空間が生まれる製品です。

配線の手間なども楽で、誰でも使いやすいのが特長です。米国、英国に続き、日本でも11月下旬に発売予定で、注目度が高まっています。さらに、タブレットやスマホでも立体的な音を聞くことができるようになってきました。

エンタテインメントが豊かになれば、1人ひとりの人生も豊かになります。多くの方々が良い人生を過ごすお手伝いができる、ありがたい仕事だと思っています。
ー それは買わなければなりませんね(笑)。ありがとうございました
P11-Ph A87R8353_ウロコ@
目からウロコ
日本企業と米国企業のスピード感や変化観の違いを、まざまざと感じたインタビューだった。三井物産という日本を代表する商社で、世界を股にかけて活躍されながらも結局、26年間で2つの部署であったのに対し、スカウトされて外資系企業のトップとして移ってからは、周囲からジョブホッパー(転職ばかりする人)と間違えられるほど会社が変わる状況で働かれた。日本でも近年、M&Aが普及してきたが、これほど目まぐるしい展開は聞いたことがない。短期的視野で業績に敏感な米国と、長期的視野で業績へのこだわりが強くない日本というように、短絡的には分けられないかもしれないが、大沢社長が指摘されたように、その間にベストバランスがあるように思う。その意味でも、双方の感覚を身につけられた大沢社長が経営者として高く評価され、スカウトされ続けているのもうなずける。

それにしても、高い技術を持ちながら、音響から映像へ、個人向けからビジネス向けへと市場を広げ、ライセンス収入というローコストなビジネスモデルで拡大を続けるドルビー社は恐るべき企業だ。最強のビジネスモデルと言えるのではないだろうか。高い技術がありながらも、米国企業に比べると低いROEにとどまっている日本企業は、大いに見習うべきだろう。できれば、大沢社長にはいずれ、日本企業のトップとして腕を振るっていただき、日米の中間の経営を編み出していただきたいものだ。
(原 正紀)

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