2015‐07経営者146_アカウンティング・サース・ジャパン_佐野様

いまの常識にとらわれず
未来の「当たり前」を創造する
ビジョナリーな経営者

アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 代表取締役社長CEO

佐野 徹朗さん

運送業を営む両親が税理士を頼りにする姿を見て、会計に興味を抱く。米国・ケンタッキー州立大学で会計学修士を取得した後、デトロイト&トゥシュ・ロサンゼルスオフィスにて会計監査に従事。その後、渡英してオックスフォード大学経営学修士およびロンドン・ビジネススクール金融学修士を取得し、ボストン・コンサルティング・グループ東京オフィスでコンサルティングに従事する。知人の紹介で、アカウンティング・サース・ジャパン創業者の森崎利直氏と面談して事業の承継を依頼され、その考えに共鳴して事業承継を決断。新しい常識を生み出すようなビジョンで組織を引っ張る、ビジョナリーな経営者に話を聞いた。
Profile
米国・ケンタッキー州立大学会計学修士取得後、デトロイト&トゥシュ・ロサンゼルスオフィスに勤務。その後、英国への留学を経て、ボストン・コンサルティング・グループ東京オフィスに入社。知人にアカウンティング・サース・ジャパンの創業者を紹介され、事業の承継を受諾して代表取締役社長に就任し、現在に至る。

業界に蓄積した不満の打開が当社の存在意義

— 10億円以上の資金調達をされたという、ダイナミックな資本政策が話題になりましたね。
私たちの資本政策には、大きく2つの特徴があります。まずは、当社の顧客でもある税理士の方々800名の出資を得てスタートした会社であるということ。当社は、税理士向けの税務・会計の管理システムをクラウドで提供するサービスを行っていますが、税理士の方々がそれまで使っていた、既存のシステムがなかなか進化しないことに疑問を持った800名の方々が、設立の趣旨に賛同してくださったのです。

税理士の世界は、最初のIT化は早かったのですが、その際に導入したスタイルがずっと続いている状況で、技術の進化に取り残されるのではないかという危機感を抱く方が、それだけいらっしゃったということです。業界全体として、進化しないことへの不満が蓄積されていると考えられますが、その打開こそが、当社の存在意義だと思っています。

もう1つの特徴は、数社の著名なベンチャーキャピタル(VC)が出資してくれたことです。2014年に、二度にわたって第三者割当増資を行ったのですが、合わせて約13億円の資金調達に成功しました。多くのキャピタリストが注目してくれたのは、それだけ当社のビジネスが有望であるということだと思います。

私たちの企業理念は、「税理士の志を、先端技術で支える。~税理士から中小企業へ。未来をつくるテクノロジーカンパニー~」です。もちろん、日本経済推進の原動力となるのは企業ですが、その大多数を占める中小企業の成長発展が、もっとも重要だと思います。ところが、多くの中小企業は事業推進で手いっぱいで、それを税務・会計面で支えているのが税理士という状況です。 

税務の分野は非常に専門性が高いため、中小企業の多くは税理士の力を借りています。その税理士の皆さんを、システムで技術的に支援するのが当社であり、中小企業を支える黒子である税理士を、さらに黒子として支えているのです。税理士事務所の経営合理化、業務効率化、生産性向上を支援することにより、ひいては中小企業の活性化につなげる仕事です。
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— 税理士という対象に絞った点が、非常に明確なモデルにつながっていますね。しかも、その先にある中小企業まで視野に入れているため、多くのVCが注目したのもうなずけます。
私たちが実現したい世界は、税理士とその顧問先である中小企業がオンラインでつながるだけでなく、中小企業の取引データまでもリアルタイムでつながることによって、税務・会計における莫大な入力業務が不要になることです。それにより、税理士は財務アドバイザーとしての本来の力を発揮し、顧問先企業の成長をより一層推進することができます。

顧問先企業に対する税理士の業務は、税務申告、会計業務、経営指導の大きく3つに分類できます。さらに、社長個人の確定申告や相続税などの相談に応じているようなケースも多数あります。その結果、煩雑な事務処理などに追われてしまい、もっとも重要な経営指導に十分な時間をとれない状況になっています。

当社の目指す世界が実現すれば、そのような業務から解放され、より付加価値の高い仕事へシフトすることができます。既存の税理士向けのシステムは、業界の大手ベンダー3社を中心に、専用のコンピュータと一体で提供するスタイルです。これは、1970年代後半の早い時期からIT化が行われた名残で、ベンダーはそれを変えることによって失うものが大きいため、そのままの形態で進められてきたのです。

「A―SaaS」は三方よしの税務・会計システム

— ハードと一体では、どう客観的に見ても合理性を欠きますね。でも、ベンダーはそのやり方を守るしかなく、税理士事務所から見ると、システム変更のスイッチコストがかかる状態なのですね。
税法は法人税、所得税、消費税など多様で、かつ毎年のように国の方針で法改正されるため、その都度アップデートが必要となり、手間やコストがかかりすぎています。それに対し、当社のシステム「A-SaaS(エーサース)」はクラウドで提供されるため、インターネットに接続するだけで利用できます。また、毎週のようにアップデートを行うため、常に最新税法に対応しており、法改正によって都度、手間やコストが発生することはありません。

さらに、税務・会計の処理はともに税理士が提供する業務ですが、クライアントである多くの中小企業は、パッケージソフトの会計処理システムを使用しているため、税理士事務所のシステムとは連携できません。

その点、当社のシステムは税理士事務所に契約してもらうと、そのクライアント企業に対して無償で会計システムを提供することができます。その結果、リアルタイムにクライアントとつながることができて、重要な経営指導もやりやすくなり、税理士業務の付加価値が向上します。企業に対して、顧問料の値上げはなかなかできませんから、このように付加価値の高い仕事を増やしていくことが、税理士事務所にとっては重要な戦略になるのです。
— 税理士と顧問先中小企業、提供会社それぞれにメリットがある、三方よしのモデルですね。
クラウドで税理士事務所に税務・会計システムを提供するだけでなく、顧問先企業における会計処理まで一気通貫でカバーできるのは、日本で唯一、当社のシステムだけです。システムの開発には、税理士の方々の声を余すところなく取り入れていますので、常に新しい環境に対応した使いやすさも評価されています。

新規開業する税理士も一定数はいますが、大多数の既存事務所には、すでに何らかのシステムが浸透しており、市場としては完全に停滞している状況です。たしかに、従来のシステムを変えることのスイッチコストは小さくありませんが、実は多くの税理士事務所は、複数のシステムを併用しています。というのも、顧問先企業のシステムに合わせるために、複数のシステムを使用せざるを得ないのです。

ですから、当社のシステムを既存のシステムとすぐに入れ替えるというのではなく、複数利用するシステムの1つとして、小規模でも使っていただくことをお勧めしています。初期投資は少なく、利用するID数に合わせた月額方式ですので、まずは小さく使っていただき、その価値を認めていただいたうえで、一本化を目指していきたいと考えています。
— 税理士の声を反映して、毎週のようにアップデートを行うというのは、クラウドならではですね。その声は、どのように吸い上げるのですか。
当社では、3つの方法を使っています。 

第一に、ユーザーソリューション部門を設置して、ヘルプデスク的にインバウンドで質問や要望を受け付けているほか、アウトバウンドでの情報収集も行っています。ボイス・オブ・カスタマーというデータベースを整備して、定量的に管理しているのです。 

第二に、開発部門のメンバーが、税理士や職員の方と定期的に、ヒアリングセッションやディスカッションを行っています。開発者が直接ユーザーの声を聞き、意見交換を行うことで、税理士の声をダイレクトにシステムに反映できます。

第三に、直販の営業メンバーが、顧客である税理士の方々と日々、コンタクトをとり、さまざまな情報を収集しています。これらの3つの方法を組み合わせ、さらに社内で検討を重ねることで、利用者も気づいていないような部分まで配慮するようにしています。開発メンバーも直接、顧客と話しますので、スピードのあるアップデートが可能となっています。

調達した資金は大きく3つの分野へ

— 多額の資金調達に成功されましたが、どのような投資を行っていくのでしょうか。
大きく3つの分野への投資を計画しています。まずは、クラウドならではのサービス機能をもっと拡大していくことです。我々の目指す世界である、直接取引データを取り込めるようにすることで、記帳の手間がいらない自動入力の仕組みにするための技術開発です。

次に、税理士の方々の利用対象を拡大していくことです。企業だけでなく、医療法人や公益法人なども利用できるようにするのです。法人の形態によって、税務・会計の処理方法は変わりますので、多様な顧問組織に対応していきます。

3つ目は、我々のプロダクトのPR、マーケティング、セールスの仕組みづくりです。当社では、そのような専門人材の確保を始めており、現在は約70名の社員を、1年以内に100名にまで拡大したいと考えています。資本調達を行っていた際に、世の中のニーズの大きさを感じたのです。大手企業は自力で何でもできますが、中小企業の活性化には、さまざまな支援が必要なのです。

お金は、企業にとって血液のようなもので、それが滞ることがないよう、専門家である税理士の皆さんが、しっかりと支援していかなければなりません。資金調達の際は、当社がその活動を支えるシステムを作り上げたことが評価されたようです。しかも、その先には多数の中小企業がありますので、理想の世界を作り上げることによって、大きな市場性が生まれてくるのです。
— 他社システムに大きくシェアを握られた状況で、どのようにシェアアップを図っていくのでしょうか。
私たちの扱う商品の競合は、大きく分けて税理士向け税務・会計ソフトの会社と、一般企業向け会計ソフトの会社です。前者は、大手3社ともう1社の4社で寡占している状況です。後者は、パッケージソフトとして多くの会社が商品化しており、クラウドサービスも数社登場しています。税務は特殊性が高く、参入障壁も高いのですが、会計は汎用的で改正もあまりないため、参入しやすいのです。

しかし、私たちのようにクラウドを使って税務・会計をカバーし、さらに顧問先企業ともつながることができるようなシステムはどこにもありません。オンラインでの提供で、環境に依存する部分もありますから、まずはできるだけ質の高い商品にしていく努力を積み重ねることです。プロダクトありきで、使ってもらい、評価されることが生命線ですから。
シェアアップを図るためには、PR→マーケティング→セールスの流れをしっかりと作ることだと思います。PR活動としては、専門人材を獲得し、広報活動やセミナーなどを行うことで情報提供に注力していきます。そのうえでマーケティング活動として、知ってもらい、興味を持ってもらい、価値を感じてもらう流れを作り出します。

こうした活動を前提として、受注に結びつけるためにBtoBのセールスを行うことで、商談を作り出していきます。現在は東京・名古屋・大阪で展開していますが、業界の知見を持つベテランの営業人材を確保して、顧客に直接的に利用価値を説明し、既存のものからの切り替えを促進していく考えです。
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幼少期と海外での体験に動かされて

ー 佐野社長は、どのような経緯から現在のポジションに就かれたのですか。
私はもともと会計に興味があり、米国のケンタッキー州立大学で会計学修士を取得して、デロイト&トゥシュ・ロサンゼルスオフィスで多国籍企業の会計監査に5年間従事しました。その後は、日本での提携先であるトーマツに3年間勤務し、さらに勉強のために英国に留学して、オックスフォード大学とロンドン大学で2年間、経営学・金融学を学び、ボストン・コンサルティング・グループ東京オフィスに3年間勤務した後に昨年、縁あって当社の経営を行うことになりました。

知人の紹介で創業者の森崎利直氏と話し、私が当社に興味を感じた理由の1つは、幼い頃の体験なんです。私の実家は、静岡で小さな運送業を営んでおり、事業がうまくいかずに苦労する両親の姿を見て育ちました。結局、会社は整理することになるのですが、両親を支えてくれていたのが税理士の先生だったのです。

最後までしっかりと支援してくださった税理士の先生に、両親はとても感謝していました。そのことが、幼いながらも強い印象となり、ビジネスや会計に興味を持つようになった私は、会計士になったのです。

もう1つの理由は、海外での体験です。外から日本を見ると、「すごい国だ」という印象を受けるのですが、あるときを境に日本自らが、「自分たちは大したことがない」と振る舞い始めたように感じたのです。

それとともに、どんどん元気がなくなっていく印象も受けました。その理由は、日本の企業に元気がなくなっていったからと想像され、私自身も何とか日本のために、当事者として力になりたいと考えるようになりました。そのような中、日本に戻ってコンサルタントをしているときに当社を紹介され、創業者と面談することになったのです。

当時、67歳だった森崎氏からは、「自分が0から1にしたこのビジネスを、1から100にする人を探している」と言われ、後任を依頼されました。それを聞いたとき、「自分が学んできたことを活かせるだけでなく、日本の中小企業を元気にするやりがいのある仕事で、まさに自分のやりたいことだ」と心にすんなりと入ってきて、迷わず就任を決めました。

新しい常識を作り出す先駆者でありたい

ー まさに使命感ですね。運命的な出会いだと思います。最後に、佐野社長にとっての挑戦とは。
「私たちが現在、当たり前だと思っていることは、本当に当たり前なのか」ということを常に考えています。5年後、10年後、ましてや100年後には、いまはまだ知らない商品やサービスが当たり前になっているはずです。そして、その世界を作り出すのは、“いまの当たり前”にとらわれずに疑問を投げかけ、新しい価値観や常識づくりに挑戦する人たちがいるからです。 

私は、自身もそのような挑戦者でありたいと思っています。新しい常識を作り出す先駆者でありたいですね。

10年前は、スマートフォンがありませんでした。

20年前に、インターネットを知る人は少なかったでしょう。さらに30年前は、パソコンを1人1台持つ世の中になるなど、誰も想像していませんでした。“いまの当たり前”は、誰かが発想して作り上げてきたものです。そして、これからもどんどん、新しい常識が出現してくるでしょう。
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私たちも税務・会計システムの分野で、長い間当たり前だと思われていたことにチャレンジして、革新的なテクノロジーで新しい常識を生み出そうとしています。創業以来、年平均170%の成長を続け、すでに全国で1,800件超の税理士事務所に導入していただいています。そしてさらに、その先のクライアントである、多くの中小企業にも利用していただいているのです。

とは言え、「自分には、本当に新しい常識を作り出す力があるのか」と悩み、夜中に眠れなくなることもありますよ(笑)。何となく日常を過ごして凡庸なまま行くのか、それとも世の中を変えるような新しい常識を作ることができるのか。自分はどちらの人間なのかを考え続けています。その思いを実現させるビジネスこそが、当社が現在やっていることで、この事業を通して新しい世界づくりに邁進していきたいと思います。
目からウロコ
企業の成長発展において、ビジョンを持つことが何より重要と指摘されることは多いが、今回のインタビューではそれを目の当たりにした。税務・会計システムの世界は、先行企業による市場のシェアが確立しており、かつパッケージソフトなどは多くの競争企業がひしめく成熟した世界だ。その中で同社は、税理士の利便性だけでなく、その先にある多くの中小企業を見据えて、取引データ入力も含めて新たなテクノロジーで合理化するビジョンを描き、実現に邁進している。大きな絵があるからこそ、税理士やVCから多額の資本が集まり、そのことがビジョン実現の可能性を高めている。

このビジョンが描く世界は、第一次利用者である税理士だけでなく、日本の中小・小規模企業をも繁栄させるものであり、その実現によって同社には、多くのビジネスチャンスが生まれる。投資家が求めるのは、そのような新しい価値の創出による大きなリターンの実現であり、投資家魂に火をつけるビジョンを提示できている。 

事業の継承とはビジョンの継承であり、夢の継承である。佐野社長は、創業者のオファーを受けて、迷わず会社を引き受けることを決めたという。それは、自身の興味やキャリアを満足させるだけでなく、目指すビジョンの価値に共鳴したからにほかならない。壮大なビジョンゆえに多くの努力を必要とするが、その原動力となるのもビジョンの力であり、同社の生み出す世界を楽しみに待ちたい。
(原 正紀)

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