2018‐08Umano03_水族館プロデューサー_中村様

水族館プロデューサーダメなヤツしか進化できない
―顧客視点を貫く日本で唯一の水族館プロデューサー、その流儀と仕事術

水族館プロデューサー

中村 元さん

Profile
成城大学経済学部でマーケティングを学び、卒業後、地元の鳥羽水族館に就職。多くの水族館が不得意とする顧客志向の視点でリニューアルに成功する。副館長を務めたのちにフリーの水族館プロデューサーとして独立。新江ノ島水族館をはじめ、東京・池袋のサンシャイン水族館や海外の案件など、弱みを強みに変える独自のスタイルで魅力的な水族館を創出し続ける。さらに自治体と連携してバリアフリー・ツアーを推進するNPOの理事長も務めるなど、マルチに活躍。『水族館哲学』(文春文庫)、『常識はずれの増客術』(講談社+α新書)など著書多数。
HARA'S BEFORE
インタビューの前にサンシャイン水族館の名物、ビルの谷間を飛翔するペンギンを見ながら、同館のコンセプトを聞いた。俊敏なペンギンの動きはもちろん、人の視座や水槽のアクリルと水の織り成すレンズ効果、自然光による演出や、屋上から見る都会ビル街の風景などをち密に計算して、ファンタジーの世界を創り出したプロデュース力は見事だ。「水族館プロデューサー」という独自のポジションを築いた仕事術に興味は尽きない。
本館1F「大海の旅」エリアの水槽「洞窟に咲く花」。鍾乳洞の岩肌に色彩やかなヤギ(サンゴの仲間)の花を咲かせ、海底の神秘性を表現した。
「水塊」。水中で見た光景を塊にして持ってくるという考え方。見たときの驚きや感動が全部含まれているように創る。
本館1F「大海の旅」エリアの水槽「サンシャインラグーン」。南国のラグーンをイメージしたサンシャイン水族館のフラグシップ水槽である。海の中のように奥行きを深く見せるため、水槽を湾曲させたほか、前面の床を取り払って天地を深くする、奥に行くほど底を浅くして遠近法を利用するなど、さまざまな工夫が凝らされている。
本館2F「水辺の旅」エリアの水槽「アクアプランツ」前では水槽外の演出も凝っている。自然の森の中にいると感じられるよう、照明内に細工をして緑の木漏れ日を表現した。
本館1F「大海の旅」エリアの水槽「ふわりうむ」。日本初のクラゲのトンネル。四方にクラゲが漂う幻想的な空間。その姿が映えるよう、光の当て方も工夫した。ブルーの水塊とのコントラストが印象的だ。

水族館が苦手とすることが僕の仕事

原:中村さんは、日本初のフリーの水族館プロデューサーですね。とても楽しそうな響きですが、どんなお仕事ですか。
中村:実際、僕も楽しいです(笑)。仕事としては水族館が苦手とすることをやっていますね。一般的な水族館って、お客さんのことを考えるのが不得意なんです。かつてのヨーロッパでは、美術館や博物館などの文化施設は「ハイカルチャー」と呼ばれ、貴族向けとされていました。「教養がある者にしかわからないことを、教養のない市民にも教える」といった考え方が起源です。
  
ところが、市民革命により大衆が教養を持つようになり、ハイカルチャーからマスカルチャーになったという歴史があるんです。しかし、日本は「欧米に追いつけ追い越せ」の国策でやってきたせいか、「水族館は、国民の社会教育のために必要」という理由で建てられました。さすがに今の時代は国民の教育でなく、「子供の教育」に変わりましたが。
原:あくまでも娯楽施設ではなく、教育施設というスタンスなんですね。
中村:ただ、子供の教育のためだけに、生物を捕まえて閉じ込めるのはひどい話だと思うんです。社会教育はとても大事ですが、「国民を教育する」のではなく、「大衆の教養を高める」という原点に戻ることを、僕は大切にしています。水族館で知的好奇心を得ることができるか、大人にいかに水族館に来てもらえるかが大事なんです。
 
単に教育のためだけなら、水族館ではなく、本や映像で構わない。でも、無関心な人に興味を持たせるところから始まるんですよ。教育というと、「ペンギンは鳥の仲間で何種類いる」といった話になりますが、興味を持つのに「何種類」は関係ない。先ほど水族館をご案内した時に、ペンギンの種類を説明しなくても興味を感じたでしょう(笑)。
原:たしかに、知識よりも感性が大事。「考えるな、感じろ」ですね。
中村:ペンギンはすごく速く泳ぐことがわかってもらえたら、それだけでもいいと思っています。そんなふうにお客さんを増やし、多くを感じてもらう出来事を創っていくのが私の仕事です。水族館には、どちらかというと学究肌の人が多く、これまではお客さんに満足感を与えることは不得意でした。その部分を受け持つのが、水族館プロデューサーです。これは後からついた名称ですが、この業界に入った頃から私の仕事はそういうことだと思ってきました。
原:つまり、水族館プロデューサーは中村さんが元祖なんですね。これまでどれくらいの水族館を手掛けてこられましたか?
中村:サンシャイン水族館は、第一期リニューアル計画時の2009年から現在まで関わっています。その他、2~3年ほどかけて基本構想を作ったもの、一部改装や途中までプランを実施したもの、海外の水族館も含めると、この16年で合計15館ほどになります。今は中国の水族館に取り組み中です。

コミュニティマーケットという考え方

原:現代はエンタメ文化の時代で、個人の時間の取り合いが激しいですね。イベントや施設だけでなく、スマホアプリやゲーム、テレビやインターネット動画などエンタメは溢れている。その中で人を惹きつけるには、どうしたらいいのでしょうか。
中村:時間を取り合っているというのは、マーケティングにおいて極めて正しい考えです。水族館もレジャー産業・観光業であり、この業界では時間の取り合いを「パイの奪い合い」と言っています。誰かが大きく取ると、誰かが少なくなるという図式です。通常は「財布の奪い合い」感覚ですね。時間は誰でも1日24時間しかありませんが、財布の中身は景気が良ければ増加していく。 
 
観光にかける時間というのは、一般的にそれほど多く取れるわけではない。多い人でも365日のうち10分の1くらいでしょう。その1人あたり30日くらいの時間を、皆が奪い合っているから、パイの奪い合いになっちゃうんです。つまり、休み時間の奪い合いなので、スマホに取られる時間ともちょっと違う。
原:スマホの場合は隙間時間ですから、拡大しやすいですしね。
中村:そうです。こちらは決まった時間の奪い合いだし、それなりの費用も必要になります。だから、魅力があるかどうかがすごく大切なんです。 
 
でも、もう一つ、僕なりのマーケットのとらえ方のポイントがあります。皆さん、あまり気づいていないことですが、時間の奪い合いと考えるとライバルは大勢いることになりますよね。「多様なライバルにどう勝つか」を考えることで、発想が広がっていくのです。 
 
リニューアル前のサンシャイン水族館は屋上があるのに使いようがなく、小動物園化を目指していた時期がありました。しかし、ここを小動物園化したら、近くにある日本一大きな上野動物園がライバルになってしまう。水族館で小アリクイが有名になったけど、上野動物園には大アリクイがいる(笑)。だから違うことを考えなければならない。お客さんは特徴のある水族館に足を運んでいたんです。私は屋上を使ったらヒットすると考えました。
  
もう一つ、とても大事だと思う観光マーケティングの考え方があります。観光やレジャーは、単独で行く場合は少なく、友だちやカップル、家族という単位で行くのが9割です。これを「コミュニティマーケット」と呼んでいます。誰もが「行きたい」と思うことにも増して大事なのが、誰か1人でも「行きたくない」と思う場所にしないことです。5人中4人が行きたくても、たった1人が嫌だと言ったら来てくれないのがコミュニティマーケットです。水族館に行こうとなった時、女性のほうが嫌だと言う傾向があります。
原:そうすると、女性客を惹きつけることがマーケティングのポイントになりますね。
中村:「臭いがしそう」とか、「海の近くにあるから日に焼けそう」といった、ネガティブなことを考えてしまう女性が「行こう」と思える水族館を創りたいと思いました。そもそも水族館は大人が行く場所ではなく、子供や孫と一緒に行くという感覚を持たれています。動物に興味がない若い女性が行ってみたいと思う水族館を創れば、絶対に人は集まると考えました。以前は子供とファミリーが中心の水族館だったのが、リニューアル後は女性がたくさん来てくれるようになりました。
原:女性客を集めるために、具体的にどのような手を打ったのですか。
中村:先ほどご説明したペンギンの空中遊泳のコーナーは一番新しいのですが、アシカが空を泳ぐ水槽は、7年前のリニューアル時に開発しました。屋内の大水槽は、深く見えるように観覧する床を掘り下げたり、広く見せるために絵画と同じ遠近法を使って奥行きを出したり、スタッフと知恵を出し合って多くの工夫を凝らしました。僕はお客さんのことを考えるのが好きだから、そういった仕事がとても楽しいんです。

見せるのは魚ではなく、水中世界

原:水族館プロデューサーとしての中村流の考え方とは、どのようなものですか。
中村:まず、マーケットでの対象を大人にすること、それから今までの常識を変えることですね。水族館はこれまでは「魚を見に来る場所」と考えられていました。でも、実は誰も魚なんて見に来ない。そこで、「水中世界を見せる」という考えに変えました。だから、あれだけ多くの工夫を凝らしているんです。 
 
そこからさらに、「水塊」という言葉を生み出しました。水槽とは水の塊です。水中で見た光景を塊にして持ってくるという考え方です。見たときの驚きや感動が全部含まれているように創ります。その光景は、見るからにペンキの色じゃダメなんです。自然な奥行き感を持っていないと、感動や驚きは生まれません。だから、水槽の塗装の色にこだわり、より自然に見えるように工夫しました。 
 
たとえば、水槽をすごく濃い青にして、そこに青い光を当てて、壁に影や角を作らないことで、深い海の世界に見えるんです。大きく見える水槽も本当はおにぎり型の小さなものなんですが、奥が見えないから広く感じます。水中で感じる冷たさやまぶしさ、流されていく勢いなどをすべて水塊にして、水槽の中に運び、お客さんに見せたいんです。
原:水塊もオリジナルなアイデアなのですね。Web水族館も手掛けていると伺いました。
中村:新江ノ島水族館しか手掛けていない頃は、「週休5日制」というちょっと暇な時期だったんです(笑)。そのときに編集者から、「中村さんの知識で水族館ガイドをやりませんか」と声を掛けられました。面白いと思ったし、全国の水族館を自分で回って書くならいいと引き受けました。1年間で日本全国すべての水族館、100館に行きましたが、すごく得した経験でターニングポイントになりましたね。業界にこんな人は誰もいません。  

早くからインターネットというメディアは意識していました。水族館や博物館がアメリカで全盛期のときに、僕が作った鳥羽水族館のホームページが大ヒットして、アクセス数が世界で一番になったことがあります。要因はホームページが良かっただけではなく、携帯サイトも作ったことでした。スマホがない当時で文字だけのサイトでしたが、すごく人気が出たのです。

中学理科止まりの知識を強みに

原:中村さんのキャリアにも興味がわきました。大学卒業後に新卒で鳥羽水族館に就職されたんですよね。
中村:本当は東京でメディア関係の仕事に就きたかったのですが、学校の成績が悪くて就職先が見つからず(笑)。考え方によっては、水族館も情報を皆に伝えるという意味ではメディアだと思って、出身地の水族館に就職しました。でも、その考えは正しかったですね。 
入ってみると、水族館は飼育係がほぼ全権を握っていると感じました。僕は当時、営業部署でしたけど、「まずは飼育を経験しないとまずいぞ」と感じて、無理やり頼み込んで3年間、飼育をやらせてもらいました。飼育の仕事内容は、1年で大体わかりました。しかし、問題は動物についてあまりにも知らなかったということです。
  
経済学部の出身でマーケティングについては学んでいましたが、魚の名前は全く知らない。図鑑を買っても1万何千種類以上も覚えるのは無理でした。同期の海洋学部出身者はほぼ覚えていて、勝てるわけがない。僕の生物学的知識は、中学のときの理科止まりですから(笑)。でも、自分の弱点は克服しないタチなんです。むしろ、うまく使ったら面白くなると、子供の頃から何となくわかっていました。 
 
まず、動物については知らないことを大事にしようと思いました。水族館では弱点ですが、逆に他の人にできないことをできるようになろうと意識したんです。マーケティングの世界で僕が大手広告代理店にいたとしたら、その中ではダメ人間だったかもしれません。スゴいヤツがたくさんいるわけですから。でも、水族館でなら一番になれる。生物のことは知らないけど、お客さんのことは知っている。生物についてはお客さんが知りたいことだけを勉強しようと思いました。今では生物の解説は得意ですが、それはお客さんが興味を持つポイントがわかるからなんです。
原:玄人集団の中では素人感覚が強みになるということですね。逆張りの差別化戦略です。
中村:素人が弱点だったのに、それを武器にすることができるんです。生物について詳しく知っている人ほど、お客さんにうまく説明することができず、いきなり分類から入っちゃったりします。「実はこんな形をしていますが、サバ科なんです」とか、どうだっていい(笑)。それよりも「この魚はこうすると美味しいんですよ」といったほうが皆さん、興味を持ちます。

「水族館プロデューサー」という生業

原:日本初の水族館プロデューサーとしてフリーになられたのは、なぜですか。
中村:組織の経営はしたくなかったんです。不得意ですから(笑)。館長や飼育部長になったら、従業員の休日など出勤シフトを考えないといけない。生物のことを全然知らない館長とかありえないですし。それに、経営者になったらまず覚えなければいけないのは、銀行に頭を下げにいく方法ですよね。通帳の見方とか絶対に僕には無理です(笑)。
  
実はフリーにこだわったのには理由があるんです。新江ノ島水族館の出資会社から「社員として来てくれ」と言われたことがあります。待遇も悪くなかった。ところが詳しく聞いてみると、平日の9時から18時くらいまでの出社が条件で、それを聞いた途端に社員になるのは嫌だと思いました(笑)。
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鳥羽水族館にいた頃はわりと自由でしたから、NPO活動や、観光協会などで地域のお客さんを増やす活動にも関わっていました。バリアフリー観光でお客さんを増やす活動を三重県と一緒にやって、それもうまくいきかけていました。仲間もできて、今からというときだったので、その運営を続けたかった。しかし、そのためにはサラリーマンじゃできないと思ってプロデューサーになり、「契約でしか仕事をしません」と宣言したんです(笑)。
原:フリーになってからは、いくつかの水族館の再建・リニューアルやNPO活動などの、パラレルワークだったんですね。
中村:新江ノ島水族館をやっていた数年は時間がありました。NPOの「日本バリアフリー観光推進機構」も育ち、全国20か所くらいで同じような組織ができて、僕は今も全体の理事長をしています。つぶれかけていた旅館をバリアフリーにしてお客さんを30倍に増やしたこともあります。これも先ほどのコミュニティマーケットの考え方です。
原:水族館以外の活動も活発ですね。
中村:それらは完全な道楽で、給料ももらっていないし、足りないときは自分で出す場合もありますよ(笑)。スタッフも4人雇っています。国や県、市に事業を提案して受託したり、僕の講演料もつぎ込んだりして、やっています。世の中に今までなかったものを自分が作るということが、すごく面白いんですよ。
  
水族館もこれまでの常識を変えて、大胆に大衆化した水族館にしたいと思います。社会教育という言葉を再度考え直し、本当に役に立つ水族館にしたい。変わっていく姿を見るのも、それに関わる活動もすごく楽しいです。水族館プロデューサーなんて、めちゃくちゃもうかるわけじゃない。仕事がないときもありますが、それでも充実してやっていますよ。

弱みは克服するな、受け入れて生かせ

原:中村さんの人生のテーマは何でしょうか。
中村:自分は天才でも秀才でもなくても、モテる人間になろうと思ってました(笑)。「天才や秀才じゃなくても、社会を動かせるようになる」というのが僕のテーマです。一応、結果は出していますが、それが本当の能力かといえばそうでもない。割と気を抜いてやっているときもあります。でも、やり方次第で自分の持っている小さな能力を最大限に使うことができるんじゃないか。自分の生き方そのものが、常に弱点を生かすことなんです。 
 
このサンシャイン水族館も完全にそうです。屋上にあるというのが思い切り弱点だし、面積も小さい。高層ビルの上に水族館を作るというのが、そもそもバカげているんですよ。だからこそ、広く見せるために遠近法などを考えることができる。優秀なヤツが進化するのではなく、ダメなヤツしか進化できないんです。優秀なヤツに端っこに追いやられて、生きる道がなくなった時に、違う場所を見つけたり、生き方を考えたりできるんです。 
 
最初は高層ビルの上のこの場所を、どう生かしたらいいかと考えました。暑くても寒くても雨が降っても、誰も屋上に出ない。そういった場所を緑化してオアシス化すればいい。どうですか、ここは緑が多く、しかも水もあるから、場内が涼しく見えませんか。人は目で涼しさを感じるんです。頭上に水槽を作ったら広く見えるし、雨が降っても屋根代わりになって濡れない。水槽の下にいると、夏でも太陽の光がすごく弱まりますよ。
原:水槽が見て楽しいだけでなく、涼しさも演出する。傘になるし、日も遮る。きわめて合理的です。弱点を生かすという考えは、経営に非常に役立つと思います。
中村:特に中小企業には僕の話が役立つと思いますよ。だいたい、経営者は弱点をなかったことにしがちです。むしろ、それを受け止めて武器にしていくことを考えたほうがいい。強みを美化しちゃダメです。すぐに頭打ちになりますから。言い換えると、「今まで強みだったものを使うな、新たに自分で強みを作れ、常識を変えろ」ということですよ。
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HARA'S AFTER
「水族館プロデューサー」という素敵な響きを持つ仕事は、限られたリソースから広がりのある空間を生み出す、クリエイティブでファンタスティックな世界であった。その根底には、顧客視点に立ち返って一つひとつの水槽にこだわる、地道な工夫の積み上げがあった。 

中村さん独自のスタイルは水族館という世界において、他者と比べた弱みを逆手に取り、それを差別化のポイントとして強みに変える手腕にあった。さらに組織から離れてフリーになり、全国の水族館を見て回ることで、独自のポジションを築き上げている。フリーランスとしてのポジショニングや仕事術も参考になる。
 
ようやく働き方の多様化時代に入った日本では、これからフリーランサーが爆発的に増えると予想される。中村流のプロデューサー仕事術は、あらゆるビジネスの世界で応用可能だ。私もぜひ見習いたいし、皆さんも自分の周りの弱みを強みに変えることや、世界を広げることを考えてはどうだろうか。それにしても「ダメなヤツしか進化できない」は、けだし名言だ。

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