2019‐11Umano18_昭和女子大学_理事長_坂東様

ベストセラー
『女性の品格』の著者が提案する
グローバル人材の育成

昭和女子大学 理事長・総長

坂東 眞理子さん

Profile
1946年、富山県出身。東京大学を卒業後、1969年に総理府入省。婦人問題担当室(現在の男女共同参画室)が発足した当時、最年少担当官として参加し、日本初の『婦人白書』の執筆を担当。ハーバード大学留学後、統計局消費統計課長、埼玉県副知事、ブリスベン総領事(女性初の総領事)、内閣府男女共同参画局長などを経て、2003年に退官。同年、米国ビジネスウィーク誌「Stars of Asia」受賞。その後は昭和女子大学の教授、理事、女性文化研究所長を経て、2017年に学長に就任。現在は同大学の理事長・総長を務める。著書にベストセラーの『女性の品格』や『女性リーダー4.0新時代のキャリア術』など50冊以上。最新作『70歳のたしなみ』もヒット中。
HARA'S BEFORE
長く人材関係の仕事をしてきた私にとって、ベストセラー『女性の品格』をはじめ、坂東さんの数々の著書は参考になるというより、必読の書であった。大所高所からの視点を持ちながらも、人間一人ひとりの生活へのきめ細かな観察眼も併せ持つその文章は、生き方を模索する一個人としても、必読の書だと思う。 

官僚としては、特に女性政策において多大な業績を残してきた人でもある。ベストセラー作家であり、大学経営でも活躍する坂東さんのベースとなっている官庁や行政、教育界での経験、そこから導かれる見識に迫ってみたい。

「パラレルワーク」としての本の執筆

原:最新作『70歳のたしなみ』を拝読しました。高齢化日本の個人の指針になる本だと思います。
坂東:これまで1年に1冊、2冊とせっせと書いてきました。売れていなくても書き続けていたから、神様が10年ぶりに、『70歳のたしなみ』をまたたくさんの人に読んでもらえる本にしてくれました。私にとっては本を書くことが、一番安らぐ、自分らしい時間を過ごしている気がするんです。  

官僚時代にはポストが変わるたびに、それまでの仕事の集大成の本を書いてきたんです。公務員をしながら本を書いていると、「あいつは仕事を全力でやっていないんじゃないか」と言われてきました(笑)。今のように副業兼業が認められていない時代で、職務専念義務というのがありましたので、週末や平日の夜に執筆していました。『女性の品格』は33冊目の本です。大学に来て、少し時間ができたときに書いたものです。
原:お書きになられていて、手応えや影響を感じる瞬間はどんなときですか。
坂東:読んでくださっている方とお目にかかれるのが最高にうれしいですね。お母さんが読んでいたり、おばあさんが読んで勧めてくれたという学生も大学を受験してくれます。「心が落ち込んだときに読み返すんですよ」とボロボロの本を見せてくださったりすると、作家冥利に尽きます。  

一番最初の出版は、1978年の第1回の『婦人白書』です。当時は「女性」ではなくて「婦人」と言っていたんですが、その担当として執筆しました。それがちょっと話題になって、出版社から「自分の名前で書いてみませんか」とオファーをいただきました。公務員なので少し遠慮して、旧姓で『女性は挑戦する』という本を書きました。書くことが好きだし、思っていることのすべては白書に書けなかったので、自分の言いたいことを発表する場ができて、心のバランスが取れたという感じでした。
原:ご自身を評価すると、強みと課題はどこになりますか。
坂東:強みであり、かつ弱みでもあると思うのは、とても視野が広く、本をたくさん読んできたので、いろいろな引き出しがあることでしょうか。たまたま、生き方の本をたくさんの人に読んでいただいていますけど、未来論とか、消費論、政策、社会保障、高齢化社会、国際関係論などについても、これまでに書いてきました。公務員のときは、本業のことはあまり書きたくなくて、本業に直接関わらない分野を書いていました。今でもまだ、大学教育については書いたことがないんですよ。
原:最近、「パラレルワーク」といって、多様な活動をする人が増えました。坂東さんもマルチに活動されていますが、特に「伝えるプロ」という印象を受けます。
坂東:100点満点でいくと、まだ60点、70点という感じですかね。自分の言葉で伝える、表現する力は、まだまだオン・ザ・ウェイです(笑)。もう少し文章がうまければいいなぁとか、言いたいコンテンツをもう少し上手に表現したいなぁと思います。
原:作家としてのやりがいは、どういうところでしょうか。
坂東:上手じゃないと思いながらも、昔書いた文章が、なかなかうまいこと言ってるなと思うことがあります。ある時にとても上手に書けたからといって、次はさらに上手に書けるとは限らないですね。当たりハズレがあるというのはアマチュアなんでしょう。本当のプロの方は一定水準以上のものを、コンスタントに必ずお書きになるんでしょうけれど。

大学改革は小さな積み重ねから

原:大学経営についてもお聞かせください。もともと大学で教えることにも興味を持っておられたんですか。
坂東:2003年に昭和女子大学の非常勤の理事になって、2004年から教えるようになり、女性文化研究所の所長を務めました。公務員時代の、子どもが生まれるか生まれないかという時に、公務員は長時間労働なので大学の先生はうらやましい、なれたらいいなと思っていました。しかし、一番カルチャーショックだったのは、公務員はポストに就いてこそ仕事ができるわけで、それを拒否することはほとんどありません。ところが、大学の先生のなかには自分の研究を重視するあまり、大学運営やその他の雑務にかける時間を少なくしたいという人が少なからずいることでした。
原:そうした状況をどのように改革されていったのですか。
坂東:大学のような大きな組織を全部変えるというのは、なかなかできることではありません。だから、小さな成功を重ねることが大事だと思いました。  

たとえば、最初のころには「女性アカデミア」というシンポジウムを行って、新聞の広告面に取りあげていただきました。自分の家庭と母娘の関係とか、文学と女性とか、そうしたテーマで女子大学がマスコミに出ることは、それまであまりなかったんです。  

NPOをつくって保育所と子育てルームもつくりました。待機児童を減らす目的で補助金がたくさん出ることは、公務員時代にわかっていましたから。学内でつくろうという声もあったのですが、地域の人に手伝ってもらうと補助金が出るので、そういう形で始めました。25人の保育所から始めたものが、今では幼稚園と一緒にして200人のこども園になっています。今でこそ保育所は企業内などで増えましたけど、そのはしりのような取り組みですね。 
 
さらに「アフタースクール」と言って、小学校のお子さんたちを預かる施設も始めたら、小学校も非常に人気が出てきています。でも、いずれも大学のメインじゃないですよね、私は外から来た人間で、大学教育の素人ですし、最初は大学教育の端っこのことで、小さな成功例を積み重ねてきたんです。トップになったとはいえ、組織で認めてもらうのには時間がかかるんですよね。
原:私も産学公で多くの組織とかかわってきましたが、大学が最も閉じた組織という印象があります。
坂東:大学の改革として、最初につくったのは国際学科と健康デザイン学科でした。あわせて環境デザイン学科、福祉社会学科、管理栄養学科と改革していきました。国際学科設置のきっかけは、「もっと多くの言語と英語の両方できるような学科をつくりたい」という教員が学内にいらっしゃったことです。健康デザインは、「生活科学科食物健康学専攻」という栄養士の資格が取れる専攻にプラスして、運動、感覚、食・栄養を柱として、より質の高い健康サポートについての総合的能力を身につけさせる学科をつくりました。環境デザインは、それまで「生活環境学科」と言っていましたが、昔の家政学科のイメージが強かったので、デザインという要素を加えることで、理数系に弱い学生も含めて惹きつけたいと思いました。どれも2009年にスタートして、幸い成功しています。  

併せてつくりたかったのはビジネス系でした。グローバルビジネス学部が2013年にスタートしました。女性たちが仕事を持ち、社会進出するときに、経済や経営系の教育が必要だと思ったんです。それまでは文学系や福祉系、食物系など、女子大的な学科しかありませんでした。英語系は国際学科が育ってくれて割と強くなってきているので、英語とビジネスとを結びつけるグローバルビジネス学部を立ち上げたんです。男女共学の大学が既にやっていることを、いまさら女子大でやっても対抗できないだろう。今の日本で足りないのはグローバル人材じゃないか。ドメスティック人材は溢れているけれど、女性でも海外の国際的な仕事ができるならば、歓迎されるだろう……とグローバルビジネス学科をつくりました。あわせて現代ビジネス研究所もつくりました。
原:素晴らしい取り組みですね。
坂東:私は33歳の時にハーバード大学に研究員、フェローという形で1年間留学したんですけれども、本当にいい経験でした。日本でもこういうことができるといいなと思いました。その時はあくまで夢だったのですが(笑)。女性たちが仕事を持つのはとても大事ですが、学生のお母さんには専業の仕事を持たない方もいて、「働いている女性」というと学校の先生しか知らなかったりします。多様な分野で活躍している方たちから直接アドバイスをいただきましょうということで、社会人メンターを公募してデータベースに登録してもらい、「メンターネットワーク」というものもつくりました。

大学も企業もグローバル人材の育成を

原:お話を伺っていると、ご自身の経験を充分に活かしながら大学の経営をされていますね。日本の大学は世界的評価が低いと思うのですが、それについてはどうお考えですか。
坂東:大学の機能は教育と研究といいますけれども、ひと昔前は「研究者である教員の後ろ姿を見ていれば、学生は育つ」といった考えが多かったと思います。もちろん、研究も大事ですが、教育も本気で取り組まなきゃいけません。人口の半分が大学に進学する時代ですから。  

ひとりで自ら勉強するような学生ばかりではないので、昭和女子大学はしっかりと勉強させる大学にしたい。入試の偏差値は東大とかなり差があるだろうけど、うちは入ったら伸びて、卒業するときには「この大学に入学してよかった」と思われる大学を目指しています。偏差値は学科によって差はありますが、非常に上がっています。
原:大学4年間で学生の力をどう伸ばすかということが大事ですよね。
坂東:そうです。国際系学科では、それが非常にやりやすいんです。TOEICが英語力のすべてではないですが、スコアとしてわかりやすいので基準のひとつとして見ています。入学の時点では500点以下の学生が半分ぐらいなんですが、卒業するときには650点以上が半分以上になっています。200点以上は上がる。  

それから資格ですね、目標をもって勉強させて、就職にも力を入れているので、全国1,000人以上卒業の女子大学で、就職率は9年連続トップです(2019年7月、大学通信)。私が来る前の2002年の受験生は2,999人だったのが、今年の入試では1万2,993人になりました。
原:なんと、1万人も増えているのですね。
坂東:今年8月には米国のテンプル大学ジャパンキャンパスが本キャンパス内に引っ越してきました。ビルを1棟建てて、そこにまるごと来てもらってアメリカの教育を行っています。もちろん昭和女子大学は女子大として日本の教育をしていきますが、お互いの科目履修という形で交流しています。日本では初めてのことです。ほかの大学は単一の学部として国際的な教育をしていますが、ここではアメリカの大学のアメリカ的な教育を行います。日本と考え方が違うので面白いと思いますよ。  

たとえば、アメリカでのシラバスは、教員がしっかりとこれに基づいて教えて、「あなたの能力を向上させます」というお約束の契約書です。学生はシラバスに従って真摯に取り組みますと約束し、授業料を払う。約束したことをちゃんと教えるのが教員の責務なんです。  
それに対して日本では、入学は難しいけど、卒業は割と簡単な大学が多いですよね。なぜ、こうなってしまったかというと、企業は入試のときの偏差値で採用を決めて、偏差値が高い大学の学生は地頭がいいと判断しているからです。大学時代に何を勉強したかなんて関係ありません。学部生の卒業論文など、まったく見ませんよ。その割に企業の方たちは「日本の大学は勉強させていない」、「大学はもう少し教育しろ」とおっしゃいますが。
原:行き過ぎた新卒一括採用の弊害ですかね。
坂東:正社員になってくれた人たちにはオン・ザ・ジョブで企業内でしっかり育てます、というのは日本の企業の強みだと思います。ただ、雇用の流動性がこれから高くなっていく中で、もう少し視野を広げていくべきではないでしょうか。自分の会社には入らないかもしれないけども、これからの日本の社会を支える人材の教育に当社も一肌脱ごうじゃないかという発想を持ってほしいと思います。  

たとえばインターンシップも欧米では最低3ヵ月、半年が普通、長い時は1年くらいかけて学生の教育を分担します。ところが、日本では期間が短く、「うちに就職してくれるなら面倒を見るが、そうでなければ……」という受け入れ先もあるようです。
原:まったく同感です。その意識は変えないといけませんね。
坂東:そうしないと、日本の社会全体が劣化していきますよ。グローバル競争で日本の企業が負けているのは、人材を育てる機能が社会全体としてできなかったからじゃないかと思います。著書にも書きましたけど、個々の日本人で優秀な人はいます。ただ、子どもの頃は地頭がいいけど、社会人になると伸びないと言われます。組織の中ではちょっと下ならば可愛がってもらえるけれど、尖がっている人や個性的で変わっている人は使いにくいやつだと言われます。企業はインターンシップや産学協働教育をもっと推進すべきです。大学といっしょにプロジェクトなどに取り組んでいただきたいと思います。
原:最後にこれからやりたいことをお聞かせください。
坂東:いろんな年齢層の方たちが来てくださるような大学になるといいなと思います。大学が社会から孤立してるんじゃなくて、いろいろな方たちが大学に関わって下さる、研究員やメンター、学生など多くの方たちが来てくださるといいですね。
HARA'S AFTER
理路整然と深い話を、わかりやすく語っていただいた。お話そのものを文字にするだけで、とてもきれいな文章となっている。多彩な経験からの豊富な知識、作家としてベストセラーを含め50冊以上執筆されている表現力は卓越している。 

お聞きしたいことは山ほどあったが、今回は作家としてのお考えと、大学経営に絞って伺った。どちらも珠玉のお話がきけたと思う。マルチに活躍されている人は、とても高度なバランス感覚と、しなやかであり、かつ芯の強い対応力が大事であると感じた。

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