2019‐12Umano19_守屋実事務所_守屋様

新規事業のスペシャリストに聞く
立ち上げの流儀

守屋実事務所 代表取締役社長

守屋 実さん

Profile
1969年埼玉県生まれ。明治学院大学在学中に事業立ち上げを経験し、株式会社ミスミに入社。創業者の田口弘氏のもとで、新規事業の立ち上げに従事。2002年、田口氏とともに株式会社エムアウトを創業し、複数の事業の立ち上げおよび売却を経験する。2010年に守屋実事務所を設立、スタートアップのベンチャーを主な対象として、新規事業創出の専門家として活動している。
HARA'S BEFORE
守屋さんは自ら投資もしながら役員に就任し、事業責任を負うスタイルを基本としている。同時に大手企業の新規事業開発に対する非常勤メンバーとしても参画。関わった会社が成長発展したのちも、継続的な事業参画と、安定株主として長く関係性を保持することを信条としている。 

果たして、新規事業のスペシャリストの成功のコツとは何だろうか―。

「グーッと上がって下がる」が理想

原:守屋さんは実に多彩な肩書きを持たれています。現状の活動を教えてください。
守屋:大きく分けて2つのことをやっています。  

1つは、ベンチャーの創業メンバーです。いくつも兼ねているので、基本的には社長ではありません。最高でも副社長、多くの場合は取締役です。兼任が増えた今は役員に就くこともなく、非常勤メンバーとして、ベンチャーの創業に混ぜてもらっています。  

もう1つが、「株式会社守屋実事務所」での活動です。大手の新規事業の助っ人メンバーに入ることがあるんですが、大手は個人だと入りにくいので事務所を設立し、法人格にしました。法人格にした理由は、それ以上でもそれ以下でもないので、名称は無色透明なものにしました(笑)。自分はベンチャーの創業メンバーでありたい、そして、大手などの新規事業開発室のメンバーでありたいと思っているのであって、決して守屋実事務所を大きくしたいとは思っていません。
原:現在はどのくらいの創業に関わっているのですか。
守屋:取締役を務めているのは11社です。代表的な事例としてはネット通販を手掛けているラクスル社で、創業当初の一時期、副社長をやっていました。今は、契約社員として参画させてもらっています。最初はプロボノで入って顧問になり、社外取締役になって、取締役、副社長、取締役、執行役員、参与執行役員となって、今は契約社員です(笑)。グーッと上がって下がる。これは僕の中では理想ですね。  

というのも、僕は新規事業のプロなので、ラクスルが新規事業の時は幾分かは役に立ちますが、会社が成長して大きくなるにつれて、力及ばず、役に立てる部分がなくなってくる。だから、自然とそういう経歴になるのです。ラクスルが新規事業ではなくなった時には、僕ではないそれぞれの専門家を採るべきで、役に立たない僕が居座ることはできないし、そうしちゃいかんと思うわけですよ。
原:そういうやり方をしている人は、もしかしたら守屋さんお一人ではないですか。
守屋:珍しいほうだとは思います。イマイチ理解してもらえず、「自分の会社なのに最初から辞めるつもりなんですか?」、「副社長なのに支援されているんですね」と言われたり。 
 
今は登記上、取締役を務めている会社が11社ですが、いろいろな立場で株を持っている会社は41社あります。そのうち株式公開をした会社は4社。今年5社目、来年は6社目が出る予定です。そう言うと、投資家だと思われるのですが、僕は基本的に株を売らないので、投資家的な活動はしていません。たとえば、20数年前に創業株を持たせてもらった会社が今は東証一部に上場していますが、僕はまだ一株も売っていません。
投資したい先にお金を入れるのではなくて、「自分たちで立ち上げた会社だから、必要な資金を皆で出し合う」という感覚です。  

ずっと仕えていた、ミスミ創業者の田口弘さんから、「金を持つな」と常々言われていました。それで株式の現金化を避けていることもあります。僕が金を持っていたら、世間は僕ではなくて、僕の後ろにある金を見てしまうことがある。そうなると僕に参画してほしいのではなく、資金を提供してほしいということになる。それは、好ましい状況ではないと思うのです。
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原:フリーランス協会にも関わられていますね。
守屋:フリーランス協会は、フリーランスやパラレルワーカーを支援するための団体です。関わり始めて3年目になります。ベンチャーではないのですが、その立ち上がり方はベンチャーとほぼ同じでした。1年目はカツカツで、どうなるかわからない状態。でも皆の努力のかいあって、2年目はベンチャーに例えるなら、投資を踏むステージを迎えました。でも、公的な団体であることから、資金調達には苦労しました。その後、なんとか投資フェーズを乗り切り、スタッフの皆さんに一定程度、報酬を支払うことができるようになり、経営が回り始めました。
原:今後は事業体になってもいい気がします。
守屋:そういう考え方もあるかもしれません。ただ、稼ぐために作った団体ではなく、そもそもが「フリーランスによるフリーランスのための非営利団体」なので、活動を維持発展させるために必要な収支を確保すればいいと思っています。健全なフリーランス市場の創造に向けて、皆で向かっていければと思います。

事業への参画は「人」で決める

原:大手の新規事業には、どのように関わっているのですか。
守屋:博報堂はフェローという外部専門職、JAXAでは上席プロデューサーで職員という立場、JR東日本スタートアップはアドバイザリーフェロー……という感じですね。1日を午前・午後・夕方・夜と4コマに分け、週7日の計28コマをやりくりしながら活動しています。
原:講義を複数抱える大学教授みたいですね。関わる会社はどういう観点で決めていますか。
守屋:参画のパターンは「創業に参画する、新規事業を立ち上げる」です。事業の初期になればなるほど、「人」の要素がその事業の大部分を占めるので、参画するかしないかは「人」で決めています。一緒にやりたい人かどうかですね。成熟した大きな会社に入社させてもらうなら給料など諸条件が大事になるでしょうが、創業仲間として一緒にやるのであれば、「気が合う」とか、「やりたいことが一緒」とか、思いの共感がほぼすべてだったりするのではないかと。
原:オファーはきっと多いんでしょうね。
守屋:おかげさまで、毎週、数件のお話をいただいています。ただ、僕のキャパを遥かに超えていて、残念ながらお受けすることはほとんどできません。ただこれまで、新規事業の量稽古をしてきたので、その学びのようなものは、できるだけ社会に還元したいと思っています。  

大企業になればなるほど、転び方はほぼ一緒なんですよね。しかも最初の一歩目から同じ。僕の場合は学生の時に19歳で会社を作ってから、30年で50回ほど事業の立ち上げに関わっていて、ものすごい数、転んだことがあるのです(笑)。「そろそろまずいのでは……」という警報が自分の中で鳴るようになってきたので、ときどき役に立つと思います。

新規事業を安く早くうまく作る

原:これまでのキャリアをお聞かせください。
守屋:学生時代に起業したと言うと、高い志を持っているように聞こえますが、当時はバブルで、大学生がディスコを借り切ってパーティーをするのがカッコいい時代でした。1日にディスコを20軒ぐらい借りて、1箱に250~300人集客すると、1度に5,000~6,000人動員できます。
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そうしたら、若者にモノを売りたい会社からマーケティング費というものが僕たちの懐に入ってきた。いくらバブルとはいえ、大学生の口座に企業が大金を振り込むなんてできないじゃないですか。企業から会社を登記してくれといわれて、本屋に行って株式会社の作り方を学んで会社を設立しました。
原:何人くらいで会社を始めたのですか。
守屋:先輩が社長で、4~5人で創りました。女の子にモテたくて、パーティー屋さんやスキーツアー屋さんをやっていたら、スケールが大きくなって遊びが仕事化し、サークルが会社化した、ということです。  

ミスミへの入社は、起業した会社がミスミの採用イベントを受託したのがきっかけでした。「21世紀にはどんなビジネスがあるのか」というビジネスプランコンテストに応募したら、優勝してしまった。その時に田口さんが、「うちに来ないか」と言ってくれたんです。先輩に相談したら「ちゃんとした企業に一度入って、社会人としての教育を受けろ」と言われて。それで、ミスミに入社しました。それからずっと新規事業ばかり任されて、気づいたら10年目に田口さんと一緒に新会社を作ってました。
原:その新会社が「エムアウト」ですね。
守屋:そうです。田口さんが新規事業をやるためだけに作った会社で、資金が潤沢にありました。その多額の資金で、新規事業をとにかく作りまくった10年でした。田口さんからのお題は、「新規事業を早く安くうまく作れるように仕組み化しろ」。「起業専業企業」と自分たちで名前をつけました。ミスミとエムアウトの20年間で、立ち上げに関わったのは17事業です。成績でいうと「5勝7敗5分け」でした。5勝は黒字化したという意味、7敗は参入させてもらえなかったり、赤字だから途中でやめさせられたものです。5分けは、事業というよりは起業に関する研究プロジェクトでした。

その人らしい一歩が新規事業になる

原:そうした経験を通して、培ってきた強みは何ですか。
守屋:「なんとかする」という能力じゃないでしょうか。新規事業が計画通りにいくことはありません。とにかく、なんとかするしかない。たとえば、資金繰りが困難でも、自分たちで作った会社なんだから、自分たちでなんとかするしかないんです。
原:うまくいく人の特徴は、熱狂的にやっていることと、人を巻き込んでいることだというコメントを拝見しました。
守屋:うまくいくまでの間は、うまくいかないことの連続ですからね。その事業に没頭していないと、心が折れると思うんですよ。すごくいいことをやっているつもりなのに冷たく扱われたり、仲間たちが「手伝うよ」と言いながら「ごめん、用事ができちゃった」と手を貸してくれないことって、いくらでもありますよね。だから、本人が勝手に熱狂していないと続かないと思うんです。ダメ出しされても、自分の中で勝手に動くエンジンを持っていれば前に進める。  

法人にするということは、人を巻き込むことです。そうでなければ別に個人でやればいい。的はデカいほうがいいんです。的が小さいと、みんなが目標を見失ってしまいますから。組織でやるには、やりごたえがあるものを狙いにいかなければ、求心力を保つのは難しい。「大きな的を本気で狙っている」ということが大事だと思うんです。
原:同感です。日本でも新規事業を立ち上げていく人がもっと必要ですね。
守屋:ただ、正直なところ、どうやったら新規事業がうまくいくか、僕もいまだによくわからなくて。田口さんからのお題は「再現性をつくれ」でしたけど、再現性は持てていません。  

でも、すごく頑張ると、時々うまくいくことがある。やってもやっても、うまくいかないと、もうダメなのではないかと思ってしまう。でも、その時に「俺たちはまだ大丈夫だ、あきらめるのは早い」と、やってやってやりまくって、死に物狂いで動きまくると、時々うまくいくのが新規事業なんです。  

ちなみに、僕は、ある意味、新規事業なんてものは、世の中にないんじゃないかと思っています。これから誰かが手がけようとしている事業は、実は過去に何人もの人がやっているわけで。だから、新規事業とは「やっている人にとって新しい」ということなのではないか。  

理屈上の新規性を追求した事業を立ち上げるのではなく、先人に学びながら、顧客に学びながら、とにかく、その人らしい一歩を踏み出したらいいと思うんですよ。その人らしい一歩は、きっと新しい一歩になる。僕はこれまで、そういうスタンスでずっとやってきましたし、これからもそうしていきたいと思っています。
HARA'S AFTER
自由で幅広い、素敵な働き方をしている人だ。エンジェルという個人投資家の存在が重視されているが、守屋さんスタイルの、投資家スタンスではないエンジェルこそが本当の天使なのではないか。私自身も会社を立ち上げたのちに、新しい事業を生み出すことに四苦八苦しており、守屋さんの経験に基づく新規事業論はとても共感できた。 

シンプルな成功談ではなく、そこに立ちふさがる壁や、そこでの苦闘、新規事業を推進するうえでのリアルな難しさなどを乗り越えて、成功する事業が生まれてくる。それはとても神秘的なことかもしれないが、大事なのは「なんとかする」という意志の力なのだろう。

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