2019‐01Umano08_青山学院大学学長_三木様

改革の出発点は
「マイナスをなくすこと」から
青山学院大学の経営にみるブランド戦略

青山学院大学学長

三木 義一さん

Profile
弁護士。民間税制調査会メンバー。元政府税制調査会専門家委員会委員。1950年東京生まれ。1975年、一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。静岡大学教授、立命館大学教授などを経て、2010年に青山学院大学法学部教授。2015年12月、青山学院大学の学長に就任。法学博士。著書に『日本の税金』(岩波新書)、『よくわかる税法入門』(編著、有斐閣)、『新 実務家のための税務相談(民法編)』(監修、有斐閣)など多数。
HARA'S BEFORE
大学改革は日本の重大テーマの1つだ。社会の発展とは人の発展にほかならず、政府も「人づくり革命」という新たな政策コンセプトを打ち出している中、「教育」の果たす役割はとても大きい。教育制度の頂点にある大学は、その中枢を担う存在だ。残念ながら、日本の大学の国際的評価は決して高くはない。その環境下、青山学院大学が、いま存在感を高め続けている。その元気の源にある、経営のあり方を探った。
このところ、ある大学が明るく元気なニュースを発信し続けている。陸上競技部が箱根駅伝で2018年まで4連覇を果たし、最近では文系の「シンギュラリティ研究所」の立ち上げや、東京外国語大学との提携が話題になっている青山学院大学だ。 

税法学の研究者として知られ、現在は青山学院大学学長を務める三木義一さんに、組織改革にあたっての考え方や姿勢、ブランド価値の維持・向上の方法について伺った。(藤本)

大学スポーツのイメージを変えた陸上競技部

原:少子化が大学経営に与えるインパクトは大きいと思いますが、どのようにお考えでしょうか。
三木:このままではいけないという危機感を持っています。少子化が進み、2030年には学生数が100万人を切ると言われている。日本の大学、とりわけ私立大学にとっては、今のままでは良くないのは明らかです。幸いなことに青山学院大学は地理的な条件に恵まれていますから、極論を言えば今までは何もしなくても優秀な学生が来てくれていました。ベネッセの「入って『よかったね』と言われる大学ランキング」では、1位が早稲田大学で、2位が東京大学、3位が青山学院大学になっています。しかし、これからはそれに甘んじているわけにはいきません。かつて本学は、“英語の青山”と言われていたのですが、そのイメージも薄れつつある。そういうアカデミックで価値のある大学のブランドイメージを、より強く持ってもらえるようにしていかないといけないと思っています。

陸上競技部は、原晋監督が頑張って指導してくれたおかげで、大学スポーツのイメージを変えることに貢献できました。以前なら選手は、インタビューを受けても「頑張りました!」としか答えられない印象だった。それが、周りの状況を見ながら論理的な説明ができるアスリートが育ってきた。そんなふうに知的な会話ができる学生たちを、「青山アカデミックアスリート」と僕は呼んでいますけど、これからもそういうアスリートを育てていきたいです。
藤本:原監督は2019年4月から青山学院大学の教授にも就任されるそうですね。
三木:彼は高い指導力を持っており、そのままにしておくのはもったいないと思っていました。しかし、ここは大学なので、「タレントだから採る」ということはしません。それで大学院に行くことを勧めたところ、非常にいい論文を書いてくれました。彼の力を適正に評価し、我々は教員として彼を迎え入れたわけです。将来、日本のスポーツのあり方について、専門的見地から問題点等を皆さんに伝えることのできる、非常に良い教員になると思います。

引退しようと思っていたら学長に「なっちゃった」

原:教育者にはそれだけの重みが必要ですね。学長のキャリアもご紹介ください。
三木:大学紛争が起こり、東京大学で入試がなかった年(1969年)の受験生でした。弁護士になるつもりで中央大学の法学部に入学しました。ゼミの先生から勧められ、一橋大学の大学院に入り、博士課程に進んだ直後、税法学者の北野弘久先生から言われて日本大学の助手になりました。それから、静岡大学、立命館大学に赴任しました。2009年に民主党が政権を取ったときに、政府の税制調査会の専門家委員になったタイミングで青山学院大学に来ました。納税環境整備の委員で税務調査手続の改正を担当しましたが、民主党政権がほどなく瓦解し、委員も降りることになった。そこで、青山学院大学に本腰を入れようとしたところ、大学経営に関してお金の使い方などを含め、いろいろと気になることが出てきたんです。それで、「ちょっとおかしいよ」と指摘しているうちに学部長に就任し、全学もおかしいから「ちょっとおかしいよ」と言ってたら、気づいたら学長になっちゃいました(笑)。
原:問題意識の高さが学長の強みですね(笑)。2015年12月から務められていますが、任期は4年ですか。
三木:はい、次が最後の1年になります。いろいろと突発的事項が起こって、突如、学長になりました。若ければ再任という話もありますが、引退しようと思っていたぐらいなので、4年で定年です。これは、ありがたいと言えばありがたくて、再選のために変な気を遣う必要がないんですよね。2019年からの10年間は、文科省の方針などもあり、じっくり落ち着いて足固めをしていくのがいいのではと考えています。
藤本:これまでどのような改革を手がけてこられたのでしょうか。
三木:相模原キャンパスでのコミュニティ人間科学部の新設、理工学部のAI関係の研究所の強化とシンギュラリティ研究所の立ち上げ、地方自治体との連携による地方創生への取り組み、ジェロントロジー(老齢学)の開講、「青学TV」の開局、アカデミックライティングセンター(英語の論文指導をする場)の設置、学内にセブン-イレブンを入れたこと、中庭の整備、決済の電子化など……。
それから、取り立てて言うことではないと思っているので、あまり知られていないのですが、児童養護施設の子供たちの特別入試を2017年から始めました。児童養護施設で頑張っている子供たちは、経済的な理由でほとんど大学に進学できていないという現実があります。優秀な子に大学に来てもらって、学費免除と、毎月の生活費を出すということを思い切ってやりました。キリスト教系の大学ですし、それぐらいやらないといけないだろうということで。ただ、うちもそれほど財力はないので、1人か2人ぐらいしかできないのですが……。初年度は予想以上の応募があり、次の年はさらに応募者が増えました。本当にレベルが高い子が応募してくれているんです。全国の大学が1人ずつでも受け入れてくれたら、たくさんの子供たちが助かるんですけど。
umano08③

わからないことを面白がって研究する場が大学

原:海外の調査機関による世界の大学ランキングを見ると、日本は残念な評価になっています。どうご覧になりますか。
三木:今後は国際性を高めていかないと、あっという間に置いていかれるでしょう。ランキングを高くするための技術的なやり方は、いろいろとあるようです。我々の調査によると、青山学院大学の論文の引用数は、日本の私立大学のなかでは実は良い。ただ、本学は外国との交流や、有名な先生をお呼びするということをあまりやってこなかったので、海外には知られていないんです。結局、ランキングは海外との交流の多さで決まります。これまで本学はそういうことに積極的ではなかった。留学生を受け入れるにはさまざまなケアが必要になりますから、無理して入れようとはしませんでした。

でも、それは過去の話です。国際センターを強化し、半年ぐらいかけて学内の案内図を英語表記にしたり、英語版のホームページを作成したりしました。武蔵小杉に留学生のための国際寮も設けました。「世界にはいろいろな言葉で話す人がいる」ことを学生に実感してもらうために、入学式や卒業式では英語だけでなく、ドイツ語や中国語でメッセージを伝えるといった試みも僕が先陣を切ってやっています。最近で言えば、東京外国語大学と提携しました。「渋谷で世界の言葉を」というスローガンのもと、共同プログラムを実施します。本学は「高校生が行きたい大学祭ランキング」の1位なのですが、東京外国語大学は留学生が作る「世界の食事」という出し物が人気で、6位なんです。ただ、外大さんは立地の面で悩みがあって。翻って、本学はいろいろな地域にいろいろな言葉があることを学生たちに伝えたかった。それで、その2校が一緒に何かやったら面白いんじゃないかと思って、話を持ちかけました。
原:大学の国際化への取り組みとして、留学生の受け入れなどに力を入れていくのですね。
三木:そうです。海外の大学との提携はそれまでは約80校だったのが、この2~3年で約150校まで増やしました。将来的には、国外の留学生が日本に来て、日本の大学で勉強することが大事になると思うんです。たとえば、アメリカのアイビー・リーグ(アメリカ合衆国北東部にある名門私立大学8校)ぐらいの大学に行こうとすると、学費が年間約600万円かかります。これは日本の医学部以上の額です。富裕層の子供でない限り、多額の学生ローンを背負った状態で社会に出ることになる。これは本当に幸せなのか。だったら、日本の大学に来てもらって、興味のあることを勉強して大卒資格を取得し、日本の知識を持った状態で国際社会で活躍してもらうほうがいいのではないか。そのためには、英語の授業をもっと増やしていかないといけません。

しかし、そこで悩ましいのが、言語の自動翻訳がどこまで進むかということです。大学の講義のように、思想を含んだ言葉を本当に自動翻訳で訳せるのか。研究者の間では「訳せるはずはない」という見解が多数派を占めています。一方、自動翻訳の第一線の実務家は、「どこまで翻訳が可能になるかは誰にもわからない」と言っている。研究者たちは一様に、シンギュラリティ(人工知能が人間の知能を超える技術的特異点)という現象にも否定的です。慎重な議論のほうが正しいんだろうと思いつつも、実際はどこまでいくかわからない。わからないことを面白がって研究していくこと自体が大学という場です。大学として、こういう問題にどこまで関与できるか、実験していきたいと思っています。
藤本:それが、「シンギュラリティ研究所」の立ち上げにつながったのですね。
三木:本学でも理工には、AI研究所などがあります。しかし、文系の学部でそういったことをやる大学は他にありませんでした。「これからの社会はどうなるのか?」と、主に文学部、教育人間科学部、法学部などから7~8人が集まり、それぞれの分野で研究を始めています。先日、茨城大学の人文社会科学部からも依頼を受けて、お話ししてきました。シンギュラリティについて名乗りを上げましたから、いろいろな方々が関心を持ってくださる。そうすると、こちらもまたプレッシャーに感じて、さらに勉強していくのです。

実験の一つとして、2023年までに近未来型の図書館を作るという構想もあります。これまでの図書館は、“本の館”でした。たとえば、どうしても出なきゃいけない授業やゼミがあるときだけ大学に来て、終わったらパッと帰るか、サークルに行くだけの学生は実際のところ多いでしょう。それは、大学に自分の居場所、研究室がないからです。近未来の図書館は、空席に座り、自分のスマートフォンをかざすと、自分だけのデジタル書庫が出てきて、そこで授業の復習や興味のある勉強などができるというものです。もっと進むと、家でもできるようになるかもしれませんね。

「10年後輝かせること」だけを考えて

藤本:改革に当たって、学長の公用車も廃止したと伺いました。
三木:実は私が学長になったとき、本学は財政収支が赤字でした。さらに、訴訟案件を2つ抱えており、混乱していた時期でもありました。他方で、学長になる前、学内の本屋の規模がどんどん縮小していることについて、おかしいなと感じていたんです。というのも、勉強とは、「知らない世界の存在に気づく」ことだからです。どの分野においても、専門的に勉強することで“未知との遭遇”を繰り返し、さらに知らない世界が存在することに気づいていく。大学とは、そういうことを体験させる場所です。スマートフォンの予測変換では、未知と遭遇することは難しい。
umano08②
だから、学生に本の情報を提供していくことが、大学の今、一番大事な役目なのです。学長になったら、そこに手を入れなきゃいけないなと思っていた。 
 
ただし、そのためには予算が必要です。まずは、財政赤字を立て直さないといけない。ですから、学長になり、副学長の田中正郎先生と2人で財政の立て直しに本格的に取り組みました。まず、自分が公用車に乗ることをやめて、ちゃんと歩く。改革を進めるのであれば、組織のリーダーが率先してやらなければダメだと思います。田中先生も、鎌倉の自宅から毎日通って頑張っていました。そういう姿勢を見たら、誰も反論できないですよね。
藤本:文字通り、陣頭指揮で財政を立て直されたのですね。
三木:それから、田中先生と部局別の予算を見て、赤字が出ているところについては、「このままだと、もう無理ですよ」とはっきり伝えていきました。それまでは部門別収支も非公開となっていましたが、財務情報を全部公開させて、予算作成過程も公開させました。さらに、赤字の中心となっていた法務研究科(法科大学院)の2018年度からの学生募集停止も決めました。僕の専門は法学だから、本当は僕が一番残したかったんです。でも、他の人だったら遠慮してできない。むしろ、自分だからやれるわけで、今しかないと思いました。結果としては、全然マイナスにならなかった。法学部の受験生は増えて、偏差値も上がったんです。これを見て、他の専門職大学院は「自分たちも切られる」と思って、慌てて改革をやり始めました。専門職大学院のところだけでも、赤字をかなり減らしました。

ずいぶんと反発も受けましたが、学長になって1年目で赤字のところの出血を止めて、2年目でようやく黒字基調に戻すことができました。その結果、女子学生が使うパウダールームの設置や、2017年9月には「AGU Book Café」というカフェが併設された新しい本屋もオープンできました。訴訟については、「大学の問題は大学の自治があるんだから大学でやりましょう」と関係者に交渉し、和解・取り下げをしてもらいました。

この3年間、僕らは、「青山学院大学をいかに10年後輝かせることができるか」ということだけを考えてやってきました。そういう姿勢できちんと筋を通していれば、みんなにちゃんとわかるものです。

ブランドイメージを高める秘訣

藤本:今、中小企業では事業承継が問題になっています。財政が傾き、改革が急務となっている会社が多いです。最後に、ブランドイメージを高める秘訣を教えていただけますか。
三木:改革するにあたって大事なのは、何よりもまず「マイナスをなくす」ということ。ブランド力を傷つけそうな動き、不安要素を1つ1つなくしていくことです。財政が傾くと、縮小せざるを得なくなり、経費を削れと、ますます全体が硬直化していく。僕らの場合は、財政収支の赤字と訴訟案件をなくすところからスタートさせていきました。はじめに、組織を本来の姿に戻したんです。 
 
それから、僕らのお客さんは学生さんですが、彼らに良いイメージを持ってもらうということが最も重要でした。私が学長になって、たまたま大学駅伝で優勝するようになったということもありますが、大学がより明るいイメージになってきたのは、学校法人の経営陣と仲良くなったこともあるでしょう。風通しが良くなって、「全員で大学を良くしていこう」という雰囲気ができてきた。俳優の岡田眞澄さんの娘さんで、2019年のミスインターナショナル日本代表に選ばれた岡田朋峰さんも本学に在学中です。そういう若い人たちが良いイメージを持って本学に来てくれるのは、ありがたいことです。これは、ちょっとやそっとの広告宣伝では買えませんから。

でも、ブランドイメージというのは、何かあると一瞬で傷がつきます。そこから回復するのは大変です。だから、「今のイメージを傷つけないようにする」ことを第一に考えたほうがいい。本学のキャンパスのイチョウ並木は、インターネットを見ると「世界で2番目にきれいなキリスト教系大学の風景」と言われているんですよ。そうしたイメージを持たれ続けることは、とても大事だと思います。
大学であれ企業であれ、経営環境が厳しいなかで、明るく元気なイメージを維持しながら、成長発展していくのは並大抵の努力でできることではない。しかし、青山学院大学はそれを成し遂げつつある。抱えていた財政の問題等を解決し、現在は新しい取り組みに次々と着手するまでになった。それを可能にしたのは、三木学長の「大学をもっと良くしたい」という真摯な気持ちに基づくリーダーシップである。
 
今、苦しい状況にある中小企業も、諦めずにまずは「マイナスをなくすこと」からぜひ改革に取り組んでいただきたい。青山学院大学のように、きっと飛躍できるはずだ。(藤本)
HARA'S AFTER
シンギュラリティ研究所の立ち上げのお話に象徴されるが、社会を取り巻く環境、特にテクノロジーの進化は計り知れない。その中で人間として進化していくために、知の拠点である大学の存在は大きい。この変革期に経営を任された三木学長は、コストダウンによる基盤強化をはじめ、技術進化や国際化に対して布石を打ち、大小さまざまな改革を行っている。
 
写真撮影がご趣味ということで、多くのカットを拝見したが、その腕前はプロ並み。観察眼の鋭さはそこから来るのかと納得した。カメラマンの目線でキャンパスをめぐり撮影されるから、いろいろな改革発想につながるのではないか。変革期のリーダーは経営環境を見る眼がとても大事ということだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です