2015-02経営者141_ワーク・ライフバランス_小室様 (1)

人口ボーナスから人口オーナス社会へ
新時代への働き方の変革を推進するリーダー

株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長

小室 淑恵さん

大学時代に1年間休学して渡米。放浪の旅をしながら、育児休暇をキャリアのブラッシュアップとするようなアメリカ女性を目の当たりにする。大学卒業後、資生堂に入社し、社内のビジネスモデルコンテストに応募。「育児休業者向けに職場復帰を支援するプログラム」で優勝し、自ら事業化を担当する。当時は残業ばかりの毎日だったが、上司の指導で19時には帰るようになり、仕事の質が変わることを体験。2005年に退社し、株式会社ワーク・ライフバランスを起業する。育児休業者の支援から働き方の問題解決へと事業を広げ、8年連続で増収増益中。企業への提案だけでなく、政府への提言も行うコンセプチュアル・リーダーに話を聞いた。
Profile
大学卒業後、資生堂に入社。自ら提案し、社内コンテストで優勝したビジネスモデルの事業化を担当。2005年に株式会社ワーク・ライフバランスを起業し、育児休業者の支援事業を行う。さらに働き方の提案へと事業を拡大し、8年連続での増収増益を実現。自社の事業だけでなく、政府の委員なども務め、社会への発信を行う。

ワーク・ライフバランス(WLB)は経営戦略として重要
多様化した市場に対応するためにもWLBは必要です

—「ワーク・ライフバランス(WLB)は経営戦略として重要」という小室社長のコメントを拝見しましたが、そのあたりをご説明いただけますか。
人口ボーナスと人口オーナスという考え方に注目しています。人口ボーナス期とは、人口の増加が経済発展の原動力となる時期——つまり労働者は大勢いるが、高齢者はあまりいない時期のことで、従業員の取り替えが効く時代と言えます。これまでは、市場も「早く、安く、大量に」という供給を求めてきました。男性を中心に、長時間働くことで生産性が上がる時代だったのです。

一方でいまは、市場が飽和状態で、かつ消費者はすぐに飽きてしまいますので、異なる観点の商品やサービスを供給しなければなりません。そうなると、高付加価値型のものを短時間で提供する必要が出てきます。つまり、人口ボーナス期と同じ働き方をしていては、もはや利益は出ないということになります。

価値のある商品を生み出すためには、多様な価値観の人たちが、短時間で高い付加価値を生むように働くことが重要です。それを実現するのがWLBで、福利厚生としてだけでなく、企業戦略として重要なのです。人口オーナス期、つまり人口の減少が経済発展の負担になる時代では、企業が人材を奪い合う状態となり、女性や高齢者を活用して労働者を増やすとともに、生産性を上げることが課題となるわけです。
— 人口ボーナス期と人口オーナス期という対比がとてもわかりやすく、語呂も良い(笑)。経営戦略としてのWLBの重要性がよく理解できますが、多くの経営者の認識はまだまだというわけですね。
なぜ両者の移管がスムーズにできないかというと、長時間労働への成功体験が強く残ってしまっているので、働き方で人材を区別しているということが言えます。職場で男性が女性を差別しているということはあまりないと思いますが、出張・転勤・残業が猛烈にできてこそ、一人前のビジネスパーソンという定義をしているように感じます。

そうすると、そのような働き方ができない人は、仕事上では「メインではない」という扱いになり、女性だけでなく、介護をする男性なども排除することになってしまいます。難病を持つ方などは、可能な時間内で働けば必ず戦力になるにもかかわらず、排除されてしまうことになるのです。

障がいをお持ちの方も同じですね。職場に長くいることは無理でも、可能な時間内、もしくは在宅で働けるなら、しっかり仕事ができるという方はたくさんいらっしゃいます。にもかかわらず、そういった方々を働き方によって排除してしまうと、同質的な管理職や役員で、市場に対する意思決定を行うことになります。

それでは、市場の一部の人にしかヒットしなくなってしまいますよね。市場はどんどん多様化しているのに、そういったもったいない状況が起きているのです。だから、ビジネスで勝つためにはWLBが必要ということになるわけです。
— 典型的な事例などはありますか。
さまざまな業界で成功事例が出てきています。たとえば、WLBの実現が難しいと言われるIT業界でも、大成功している会社があります。WLBの進展で労働時間を削減した分を、従業員に分配するという方針を打ち出した会社です。

有給休暇を100%消化して残業を20%減らしたらゴールドランク、有給休暇を90%消化して残業を10%減らしたらシルバーランク、などと段階を決め、前年よりも高い生産性で働いた職場に対して多く還元される仕組みを作りました。すると、社員はただの残業削減ではないことに気づいて協力し始め、一気に生産性が高まっています。

「従業員の替えはいくらでもいる」という考え方が主流だった人口ボーナス期は、恐怖政治で事業を推進していけましたが、人口オーナス期は労働力人口が少なくなりますので、そういったやり方をしていたら、誰もいなくなってしまいます。重要なのは、従業員が自らモチベーションを高めてくれることと、従業員に選ばれる状態を作ることです。

実は中小企業は、大企業よりずっと以前からWLBを実行している
一人の女性が出産している子どもの数は零細企業がもっとも多い

— よく言われる話だと思いますが、大手企業などはそのような対応が可能でしょうが、多忙なベンチャー企業や、リソースが不足する中小企業などでの取組みは難しいのではないでしょうか。
必ずそう言われるんですよね(笑)。実は中小企業は、WLBという概念を知らずに、大企業よりずっと以前からそれを実行しているんです。たとえば、育児によって技術のある女性社員などが辞めてしまうのはもったいないから、「あなた、戻ってきなさい」などと社長が言うことはよくある話で、それこそがWLBなのです。

社長と従業員の距離が近い会社では、制度などなくても、それが会社のプラスになると社長自身がわかっているので、それを1つひとつ実行していたのですね。明文化する必要がなかったので、制度としては整備されていませんが、1人の女性が出産している子どもの数は零細企業がもっとも多いというデータもあるくらいです。

当社がコンサルティングを依頼されている中で、従業員数6名のある会社は、当社にご相談いただく前までは長時間勤務の体質があり、1年に2人が入れ替わるのがスタンダードでした。3分の1の従業員が1年で入れ替わることになりますから、社長は当時、常に採用と教育に頭を悩ませなければなりませんでした。

その会社は現在、従業員数8名ですが、社員が定着するようになったことで、教えた技術が流出せず、社長は経営に集中できる状態になりました。これこそが中小企業が勝っていく姿だと思いますし、そのような企業にこそWLBが必要なのです。
— たしかに当社もそうです(笑)。勤務時間を減らすことに対し、仕事が回らなくなることを危惧する経営者も多いと思いますが、その点についてはどのように考えればよいのでしょうか。
従来の評価は、月末や年度末に数字を締めた際、「質×量」が最大だった人は誰かを考慮する、「期間当たり生産性」という考え方でした。こうした考え方の場合、個人が期間中に最大の成果を出す方法=1日当たりの労働時間を最大化することとなります。だから、誰もが毎日の労働時間を伸ばし、業績を積んでいったのです。

しかし、東京大学・島津明人准教授の説によると、人間が集中できる最大の時間は朝起きてから13時間で、それを過ぎると、何と酒酔い状態と同じ程度の集中力しかなくなるそうです(笑)。つまり、朝6時に起きている人は、19時には集中力が切れてしまっているのですが、企業はその後の時間帯に手当を含め、1.25倍もの報酬を支払っている。企業としては、儲からない時間帯にたくさんの支出があるというわけです。

これに対し、労働時間を短縮することで起こることは、「時間当たりの生産性を高める」ことです。つまり、同じ時間内で、どちらが業績を積み上げられたかという勝負になりますが、全員が同じ時間で勝負すると、生産性の差が残酷なほどにはっきりと出てしまいます。
こうなると、それまで自分の知識やスキルのなさを時間でカバーしていた人は、一気にそれが露呈してしまうんですね。従来は、自分の知識やスキルを伸ばすことよりも、長時間働くことのほうに労力を費やして、伸び止まっていたのです。でも、いざ同じ時間での勝負となると、知識やスキルを伸ばすことに労力を費やさざるを得なくなり、成長できるようになります。

時間当たりの生産性という観点で評価されて初めて、人は重い腰を上げて学び始めます。日本では全般的に、知識とスキルの低さを時間でカバーしてお金をもらうという仕組みが定着しています。社会人になってから、これほど人々が学ばない国はありません。その仕組みを変えていくことは、企業にとって最大のメリットになるのです。

最近は、男性が介護やうつで会社を辞めるケースも多い
企業の働き方の問題は、すべての人に大きくのしかかっているのです

ー WLBを追求するビジネスプランは、資生堂を退社して独立される頃から持っていたのですか。
企業の働き方の見直しコンサルティングは、独立してから始めたサービスですが、ARMO(アルモ)という育児支援プログラムは、資生堂にいた頃から取り組んでいたものの発展形です。最初のテーマは育児休業者の復帰支援でしたが、それを突き詰めてみたら、復帰支援をしたところで、戻った職場が長時間労働だと、再度辞めてしまうという現実に突き当たったのです。
むしろ最近は、男性が介護やうつで会社を辞めるケースが多くなっていることを知り、女性だけの問題ではないと気づきました。いまや、企業の働き方の問題は、すべての人に大きくのしかかっているのです。

従来は、労働時間はそれぞれ企業の自由であるという認識でしたが、それを許すことにより、長時間労働の家庭で育った子どもたちは、仕事は家族を不幸にするものだと思ってしまいます。企業側の勝手な労働時間設定が、次世代の働く意欲の低下という地盤沈下を起こしているのです。

つまり労働時間は、企業が勝手に決めるものではなく、政府もしっかりと介入すべきものです。当社は現在、働き方の見直しコンサルティングのビジネスに力を注いでいますが、政府が企業の働き方についてもリーダーシップを発揮することが必要と考え、そのための広報活動などにも力を入れています。
ー スタート時から現在まで、順調に成長してきたのでしょうか。
最初は、「どう考えても、こんな事業は黒字化しない」と思っていました(笑)。創業時にパートナーと2人で書いた事業試算があるのですが、2年半後にようやく黒字というビジネスプランで…。それまではひたすら貯金を食いつぶし、社員も2人きりというモデルでした。でも、フタを開けてみたら、初年度から黒字になっています。

企業における働き方を見直さなければならないというニーズに後押しされ、現在は約900社のクライアントがいますが、実は一度も営業をしたことはないんです。すべて先方からの問い合わせと口コミによる紹介です。世間が思っている以上に、企業はコストをかけてでもこの問題に取り組む意思を持っているのです。

現在まで8年連続増収増益でやってきましたが、壁はいくつもありました。でも、一番大きな壁は、自分自身が仕事と家庭を両立することでしたね(笑)。最初は、自分に労働時間の制約があることが最大の壁だと思っていましたが、結果的にはその際の努力こそが、現在コンサルティングをできている一番の要因となっています。

このように、すべてが好転して自社の力になっているので、現在では壁とも思わなくなっていますが、当時は社員からも不満が出ていました。経営者が17時台に帰ってしまうのですから、当たり前ですよね。当時はまだ、社員たちも残業をしていましたから、私自身もつらかったですし、社員との信頼関係に溝ができたりもしました。

その後、私の右腕だった女性が妊娠した際、これからは全員に労働時間の制約が生じると思い、全社的に「残業禁止」へと制度を変えたのですが、時間内に成果を出すことの難しさや、それによって社員が育つこともわかりました。当社の特徴は、こうした経験を活かしたコンサルティングを行うだけでなく、それらを仕組み化していく点にあります。

女性登用だけでなく、本当に大事なのは働き方の見直しです
現在の主力は、働き方の見直しコンサルティング

— 自社をモデルとした経験や知恵が、コンサルティングの源になってきたからこそ、他社が真似できないビジネスモデルになっているのですね。現在の主力は、どのようなサービスですか。
現在は、働き方の見直しコンサルティングが主力になっています。ARMOは現在、500社ほどが導入していますが、いまは育児休業者が復帰しないケースが少なくなった一方で、復帰はするのですが、育児休業中に労働意欲を落としてしまうことが課題となりました。ARMOは、休業中も上司の期待を感じながら、仕事に関する情報も見ることができるので、復帰した際に労働意欲が落ちない点が最大の特長となっています。 

現在は、女性支援に対する後押しが強くなっています。政府も重い腰を上げ、「女性」というキーワードで政策に取り組み始めています。これらは大きな追い風ですが、一方で過去と同じ過ちをくり返してしまう危険もあります。 

いまから10年ほど前、企業が女性を大量採用した時期がありました。しかし、そのときに入社した女性の多くは、数年で伸び悩む事態に陥ってしまいます。企業内にロールモデルがいなかったからです。

入社してしばらく経つと、誰もがさまざまな壁にぶつかり、伸び悩む時期を迎えます。そんなとき、目指すべき先輩像があったり、指導してくれる先輩がいたりすると、壁を打ち破り、再び伸びていくことができるのです。身近にロールモデルがいることと、そのバリエーションがあることが大事です。

企業側も現在、一生懸命にロールモデルを作っていますが、男性がやっているような長時間労働に耐え得る人を誤ってモデル化してしまうと、「性別は女性でも、働き方は男性」といった人しか、ロールモデルになり得なくなってしまいます。そうなると、結局そのような働き方をしなければならなくなり、WLBを重視する人は辞めてしまう。
こうした働き方は、実は男性も限界で、「育児休業を取りたい」という人も増えています。働き方を変えるという行動を起こさず、単に女性登用だけを増やしていくと、再び大量に辞めてしまったり、ぶら下がり人材が増えてしまったりといったトラウマを抱えることになりかねません。だから、「女性登用だけでなく、本当に大事なのは働き方の見直しですよ」とメッセージを発信しているのです。

最近では、「マタニティハラスメント」という育休者に対するハラスメント現象もありますが、労働者それぞれが職場でつらくなっている状況の表れだと思います。人が足りないところに大量の仕事を押しつけるから、お互いで調整せざるを得なくなり、その不満が“マタハラ”となってしまうのです。働き方を改善すれば、残業代が削減され、新たな人員を採用することも可能になるはずです。

環境が変わった新しい時代の働き方にコミットしてほしい
働き方への意識を皆さんに持ってもらえるよう、日々挑戦しています

— 最後に、小室社長にとっての挑戦とは。
社会をリードする大企業の経営者や政府の中枢の方々に気づいてもらいたいのは、人口ボーナス期の働き方は、当時は合理的で間違っていませんでしたが、現在は、環境が変わった新しい時代の働き方にコミットしてほしいということです。

あと5年もすれば“逃げ切れる”世代のリーダーたちが、人口ボーナス期のやり方にしがみついていたら、そのまま国は沈んでしまいます。人口オーナス期型に乗り換えるために、政府も経営者も従業員も、皆で意識をそろえて飛び移らなければなりません。そうした中でリーダーシップを発揮し、率先して飛び移ってほしい。

団塊ジュニア世代の女性の出産適齢期は限られていますので、日本の少子化対策の行方はここ数年で決まるでしょう。だからこそ、早く人口オーナス期の働き方に変えなければなりません。「成果主義でやっているので、時間は関係ない」などと、その重要性をどうしても理解していただけない方もまだまだいらっしゃいますので、働き方への意識を皆さんに持ってもらえるよう、日々さまざまな形で挑戦しているところです。
目からウロコ
私自身も、ハードワークが会社の成長を支えると信じて働いてきた世代なので、人口ボーナス期の価値観がしみ込んでいる。それでも、近年の若者たちの価値観の変化や、人口減少時代の働き方、企業のマネジメントのあり方については、従来のスタイルだけでは通用しないという感覚は持っている。

人口オーナス期の日本の成長は、小室社長の指摘のとおり、新たなスタイルに皆で飛び移れるかどうかにかかっていると思う。とは言え、それを実行に移すには勇気が必要だ。正しいという予感はあっても、従来のやり方を大きく変えるには恐怖心が伴う。そう感じている経営者も多いのではないか。ガツガツと長時間働く人口ボーナス型のベンチャー企業などは、これからもあり続けるだろうが、もはやそういうやり方だけが成長モデルではない。女性、シニア、障がい者、外国人など多様な人材が活躍する、ワーク・ライフバランスに配慮した働き方の成長企業が出てきてほしいし、そんな会社を見る日も近いだろう。

小室社長は、女性としての感性を、自社のビジネスモデルに見事に投影させている。産後3週間で起業されたそうだが、スタートから育児と経営を両立させなければならなかった経験をもとに、大胆に働き方や自社のマネジメント改革へと踏み切ることができ、メンバーもついてくることができたのだろう。人口ボーナスから人口オーナスへ、環境のコペルニクス的変化の中で、経営のルールも変わっていくことを実感させられたインタビューだった。
(原 正紀)

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