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誰もが持つ、輝く「プラチナの個性」を
ブランディングしていく経営者

株式会社プラチナブランディングエーシージャパン 代表取締役社長

三崎 千鶴子さん

在学中にITの世界に惹かれて、渡米してビジネス界に飛び込むことを決意する。米国でのビジネス体験はハードそのものだが、後の起業の基礎力を身につけることができた。契約終了時に米国でのビジネスに魅力を感じながらも、日本経済を知るために帰国して、フリーとしてIT関係の仕事に取り組む。
仕事の増加とともにクライアントから法人化を求められ、有限会社、株式会社と進化を遂げる。人材やマーケティング分野の実績で会社を軌道に乗せた今、本来自分がやりたいことにシフトする。「思いの事業化」「女性の支援」をキーワードに、パーソナルブランディングの事業に挑戦する経営者に話を聞いた。
Profile
外資系大手ソフトウエア会社でマーケティング、コンサルティング、セールス企画マネージャーを経験。帰国後は日本企業に就職することなく独立。1996年にオフィス・ラ・ブレアを創立する。有限会社、株式会社と着実に進化させ、2007年に現企業に社名変更し、女性のパーソナルブランディングを支援する。

— 三崎さんは日本の企業に就職せずに起業したという、女性では珍しいキャリアですね。現ビジネスは女性のパーソナルブランディング支援ということですが、ご自身のキャリアについて振り返っていただきましょう。社会人としてのスタートはどのような形だったのですか。
在学中に、知人より誘いがあり、ITの本場、アメリカで勉強をすることにしました。英語力には自信があったのですが、ビジネスではまったく通じませんでした(笑)。仕事と勉強の毎日でしたが、その経験が後の仕事のベースとなっています。

現地では新しく開発されたソフトウェア製品やハイテク技術などを、アジア市場に売るためのマーケティングが主な仕事でした。日本人は私だけというケースも多く、インド、中国、韓国などの色々な国の人と働いていました。当時アジア市場はこれからという段階だったので、積極的に現地の人材を活用しているところだったのです。

開発された多種多様のソフトウェアや動画などの重いデータを圧縮するハイテク技術を搭載した半導体などを、日本と韓国を主としたアジア市場で、どのくらいの価格でどのように売るかを、提案し、戦略を企てる仕事でした。通常、営業や技術の人達と10名前後でチームを組んでいましたが、仕事の楽しさと大変さを一度に経験しました。

楽しさは成果が明確に現われる、マーケティングというビジネスの醍醐味、大変なのは自分に厳しくして、相当努力しなければ結果が出ないことです。目一杯仕事をして、それからITと英語の勉強です。毎日寝るのは3時間くらいで、起業後に頑張れる基礎体力が身に付きました(笑)。
— スポーツもそうですが、ビジネスも、人生そのものも、最初にしっかりと基礎体力を身につけることが、後の成長の基本ですね。むしろキャリア形成において、最初にそのような経験をできたことは幸せでした。
3年契約だったのですが、とても濃密な体験でした。そのまま米国で仕事を続けたい気持ちもあったのですが、日本の経済について勉強したいと思い、帰国することにしました。

グローバルな仕事がしたかったので、就職活動として外資系企業などを回りましたが、思っていた仕事と違い国内の仕事ばかりでしたね。無理に就職してもすぐ辞めてしまうだろうと思い、そのまま独立することにしたのです。

独立といっても何の土台も有りませんでしたから、まずは自分を売り込むことからスタートです。仕事が続かないときは、自ら派遣会社に登録し、単発の仕事もしていました。日本ではITブームの前夜で、独立当初の自社での受注は大学や専門学校での講師などの仕事が多く、報酬も結構よかったですね。

米国でハードワークには慣れていましたので、とにかく仕事に明け暮れました。東京・大阪・京都の3拠点でのいくつかの学校を掛け持ちして、夜はプログラミングを請負い、ホームページやシステム開発、その合間に企業のマーケティング・プロジェクトに加わったりもしていました。

約2年間はフリーランサーとして働きましたが、当時の大手クライアントから取引する上で法人化を求められ、有限会社オフィス・ラ・ブレアを設立しました。従業員を2人採用していましたが、さらにクライアントから株式会社化を求められ、2000年に株式会社ラブレアを設立しました。
— 2年間ごとに、まさに着実に進化していますね。地に足のついた無理のない展開です。ITという強みも存分に活かしていますね。人材関係の仕事が入るようになるのは、その頃からですか。
個人でやっていると金額の大きい仕事は来ませんでしたが、株式会社にして従業員を雇うと、逆に小さな仕事ではやっていけないので、受注金額を重視するようになります。単なるホームページの制作などでなく、ショッピングモール用システム開発など、提案も大型になっていきました。

本格的なITブームになり仕事が増えてくると同時に、クライアント先から「人がいない」という相談を受けることも多くなり、人材派遣の免許を申請しました。翌年には人材紹介の免許も得て、人材ビジネスに本格的に参入したのです。
仕組みを知っていたので派遣からスタートしましたが、派遣の人を正社員にしたいという相談を受けて、人材紹介へと展開していったのです。今はわりと簡単に免許が取れますが、当時は結構大変だったので、よく勉強しましたね。拠点も東京と関西にあったので、行ったり来たりでした。

人材ビジネスにシフトしながらも、制作やシステムなどITの仕事も続けていました。今は制作の仕事はパートナー企業に任せていますが、当時は半々くらいの比重でした。現在は派遣・正社員紹介に加え、女性向けのコンテンツ提供とマーケティング企画が中心です。
062②
ー IT×人材というビジネスの取り合わせは、近年最も市場が広がった領域ですね。グローバルな展開もされたとか。その後の事業展開はどのようなものでしょうか。
マーケティングでは上海で複数のモバイルコンテンツのプロジェクトに加わり、販売成果をあげました。人材ビジネスでも上海や台湾、ホーチミンなどで展開しています。私自身が世界中ほとんどの国に行ったと思うほど、海外に足を運んでいますので、自然と海外での仕事の話も出てきます。

仕事の方が軌道に乗ってきましたので、ここ3年くらいは自分が本当は何がしたいのか、これから先本格的にやりたいことを考えていました。これまで振り返る時間がなかったのですが、もしかしたらITは、本当に自分がやりたいことではないかもしれない、とまで考えました。(笑)

考えた結果出てきたのが「女性に生まれたからには、女性の応援がしたい」ということと、「ずっと仕事に追われて来たので、自分の思いを事業に変えて世界に発信したい」ということです。やはり世界という視野は持ち続けたいですね。

世界を回ってみて、日本に生まれたことに改めて感謝しています。それは「教育」と「平和」と「愛」が平等に与えられている国だからです。発展途上国の状態などを見るたびに、感謝の気持ちがわいてきます。アメリカなど先進国でも貧富の差が激しく、その日の生活にも困っている人が大勢います。

もっとお互いが近づける世の中になればいいですね。そういった思いを事業に変えて、社会貢献しながら利益を得ることが理想です。女性の応援などもその一つで、能力があっても教育や仕事を受ける機会が少ない世界中の女性を支援する、事業ができればと思っています。
ー これからが三崎社長の経営の本番ですね。その思いが昨年の社名変更につながったのでしょうか。社名の由来を教えてください。
私たち一人ひとりが生まれてきたのには、それぞれ特別な意味があり、それが各個人の才能につながっています。それをプラチナの才能と名づけました。そのプラチナの才能を大切にして、最大限に活かしていくことが“自分自身をブランディングしていくこと”だと考えています。

当社では個人のブランディングのお手伝いをして、それぞれの人生を豊かにすることで社会に貢献したい。企業が重視しているブランディングを、個人に向けて提案していきます。眠っているプラチナの才能を発掘してブランディングしていきたいから、プラチナ・ブランディング(Platinum Branding)という社名にしました。

エーシー(AC)のAはイタリア語のaffezioneで、「深く長続きする愛情」を表します。Cは英語のconfidenceで「自信・信頼」を意味します。プラチナのような輝いた人生を送るとき、根底に最も必要だと思われるものを取り上げ、社名に入れたのです。また、affezioneというイタリア語には、他言語には同じ意味を持つ言葉がないことから「唯一無二の」という意味も含めています。
— 女性のプラチナのような輝く人生を支援する事業とは、具体的にはどのようなものですか。
女性だけでなく男性も支援したいのですが、まずは女性から始めます。眠っているプラチナの才能を発掘し、それらの才能を各個人のアイデンティティの一つとして、パーソナル・ブランドを確立するための支援となり、8つの分野に分けて考えています。

8つの分野とは1)Beauty=セミナーやスクールなどで、各個人のアイデンティティを活かした外見のブランディング、 2)Talent=カウンセラーなどによる才能の発掘、3)Fulfillment=輝いた人生を送るための自己実現のサポート、4)Career=キャリアアップを主とした仕事の支援、5)Money=人生に役立つファイナンス情報の提供、6)Life=大切なオフの時間のための情報を提供、7)Hobby=趣味を活かせる場の提供、8)Network=グローバルなネットワークの提供です。

この8つの分野を一つにまとめた図を、ホームページで表現しています。それをマンダラートと呼び、中央に目指すものを書き入れて、周囲のマスにそれを手に入れるために必要な、思考と行動を書き込むようにします。目的を達成させる条件を明確にすることにより、成功への道を一歩ずつ歩むことができるようになります。

その8つの分野を支援するための具体的企画として、コンサルティング、セミナー・イベント開催、カウンセリング、スクール運営などを行ないます。もちろんその他にマーケティング企画提案や、ITソリューションなども継続して事業展開しています。
— 三崎さんご自身も女性経営者として、パーソナルブランディングを成し遂げてきましたね。ビジネス社会でのご苦労も多かったでしょう。女性がキャリアを構築していく上での難しさとは、どういうところにあるのでしょうか。
私自身の経験もそうですが、当社に登録に来る女性のお話を伺っていて、感じることは多々あります。迷っている人が多いのではないでしょうか。女性では今の仕事を辞めたいと思う人のうち、次は別の仕事でもいいという人が大部分ですが、男性では今の仕事がやりたいという人が多い。キャリアへの意識が低い女性が目立ちます。

その要因には、女性が仕事の上で男性より上に立つことをよしとしない、社会的な不文律のようなものがあるのではないでしょうか。また男性よりも女性の方が、出産などの人生でのイベントが多いので、重責な仕事に就きたくないという思いもあるでしょう。そういう女性の意識を高めることも必要だと思います。

当社の人材紹介事業に登録する女性には会社員が多いのですが、登録に来る人のほとんどの人が、「マネージャー職は希望しない」もしくは「将来的にでもマネージャー職ということついては、あまり視野には入れていません」といいます。でも企業はそうは思いませんよね。人生も仕事も一定の経験がある人には、やはりマネジメント力を期待します。話をするとわかってくれ、来た時と帰る時では顔が変わりますよ。
062①
身近に話してくれる人がいないせいか、そういう話をはじめて聞く人が多いようです。女性は柔軟ですから、話を聞くだけで考え方を大きく変える人もいます。企業に就職が決まらなくても、話をするだけでプラスになるようです。経営などで活躍している女性と話すと、自分と戦い、意識改革して、道を見出している人が多い。私もいろいろな試行錯誤の末に、自分のやりたいことを見つけられました。そういう女性と受身の女性では、大きな意識の差があると思います。環境の要因だけでなく、女性自身の意識も大きな壁です。
— 女性の活躍の場を広げるためには、意識改革も大事でしょうが、企業側が変えるべき部分も大きいのではないでしょうか。企業にはどのような課題がありそうですか。
企業に対して言いたいことも、たくさんありますね(笑)。女性の幹部クラスを育てる環境を、しっかりと作ってほしいと思います。男性主体の仕組みの中で女性がいくら頑張ろうと思っても、男性のペースでしか仕事が進みません。女性のことを理解して、応援する職場にしていくべきです。

男性と女性は全く別の立場なので、歩み寄らなければ環境は変わっていきません。現在の日本企業の話を聞いていると「女性対応は面倒だから、事務スタッフでもやっておいてくれればいい」という見切りを感じます。必然的に男性幹部ばかりになってしまうわけですね。

特に派遣の事務職などは女性ばかりです。男性の事務スタッフ希望者もいるのですが、企業が固定的に考えているのです。イメージが出来上がっているのですね。女性の声が幹部に届いていないことが多いので、まずはコミュニケーションを活性化することが必要ではないでしょうか。
— 女性の活用もそうですが、日本の企業のこれからのテーマに、ダイバーシティ・マネジメントがあげられると思います。海外企業を経験して感じることはありますか。
とにかく日本企業はグローバルじゃないですね。人材紹介などで、要望にぴったりと合う人がいても、外国人だったりすると受け入れない企業が多い。どれだけ経験や能力があっても「日本人がいい」などと断られてしまうことがよくあります。

これからの若者をもっと海外に出すべきです。それから40歳以上の男性には、海外で仕事をする経験が必要ですね。日本以外の国の人が、いかに必死に英語を覚えて、グローバル市場で仕事をしているかがわかりますよ。人のグローバル化がまず必要でしょう。
— これからの事業展開についてはどのようにお考えですか。
将来はニューヨークに本社を移して、世界と日本の架け橋になりたいですね。パーソナルブランディングも海外でやってみたいと思います。人材ビジネスの場合、日本から海外に行くのは問題ありませんが、その逆には課題が多い。

メンタル面でのサポートなども重要です。例えばベトナム人などは、とても純粋で日本のストレス社会では傷つきやすいんです。だからメンタル面でのケアが欠かせません。IT技術者などに対しては国も積極的なのですが、そのほかの分野には注力していません。

当社のビジョンを実現していく上では、まだまだマンパワーやファイナンス面での拡充が必要です。アメリカは今サブプライムローンの問題で厳しい経済状況ですが、やはりニューヨークは世界経済の十字路です。いずれは進出してみたいと考えています。
— 最後に三崎さんにとっての挑戦とは。
挑戦することはたくさんありますが、その時点の自分に合ったスタイルを築いていきたいと思います。業績が安定するまでは、男性社会に迎合しながら仕事をもらっていましたが、これからは違うスタイルで行きます。これだけは自分にしかできないという世界を創りたいですね。

パーソナルブランディングの8分野での事業を成功させれば、多くの人たちが興味を持ってくれるようになるはずです。そのときに「なぜ成功できたのですか?」と聞かれたら、「私だから、うちの会社だから」と答えたいですね(笑)。そのためには、できるだけ多くの方のパーソナルブランディングを支援しなければ、と思っています。
8APR0831
目からウロコ
挑戦にもいろいろなタイプがある。多くの女性・男性経営者とお会いしたが、挑戦のやり方にも女性的・男性的があるように見える。着実に目の前のことに取り組む女性的挑戦と、一気に駆け抜けようとする男性的挑戦だ。イソップ物語では着実タイプが最後に勝つが、ビジネス界ではどうだろうか。今回のインタビューでは女性の活躍をコアテーマとして話を聞いたが、実際に仕事をしていて、能力に男女差はないと思う。個人差のほうがずっと大きいだろう。私自身も会社を経営しているが、女性の活躍で事業が成り立っている。多くの会社で女性の優秀さに気づき、活用を進めているが、男女を半々に採用しても、なぜか係長、課長、部長とポストが上るにしたがって男性比率が圧倒的に高くなる。日本を代表する大手企業でも、女性の部長がゼロというケースが少なくない。三崎社長は女性が幹部になれない現状に、強い問題意識を感じている。しかしその原因を企業側に見るだけでなく、女性の意識の問題も大きいと捉えている。自ら男性社会の中で苦労しながらも、くじけずにキャリアを積み上げてきた女性経営者ならではの目線の高さだ。人口減少時代を迎えた日本企業は、もはやこれまでのスタイルでの成長は望めない。日本の含み資産である女性や高齢者の活躍が、その突破口になる。プラチナ・ブランディングの女性支援で、大いに意識改革されることを期待したい。
(原 正紀)

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