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産業再生機構での激動の4年間を経て、

世界初のモデルでの経営支援に挑む

株式会社経営共創基盤 代表取締役

冨山 和彦さん

外資系戦略コンサルタントから起業という、多様な経験を積む20代を経て経営者になる。在学中に司法試験に合格した法的知識のバックグラウンドも加え、国の事業である産業再生機構のCOOとして、日本経済の危機に立ち向かう。カネボウをはじめ多くの企業の再生に貢献して、ファイナンスではなく事業サイドからの再生請負人として、独自のキャリアを構築した。
世界初のモデルとして(株)経営共創基盤を設立。企業の価値向上や再生に貢献する、人材投入型の経営支援ビジネスを展開する。日本発の新たな事業の完成を目指す経営者に話を聞いた。

Profile
東京大学法学部在学中に司法試験に合格。しかし法曹界に進まずにボストンコンサルティンググループを経てコーポレイトディレクション社設立に参加し、後に代表取締役社長に就任。2003年産業再生機構設立に伴い専務取締役COOに就任する。2007年(株)経営共創基盤を設立し代表取締役CEO就任。

— 冨山さんは東京大学在学中に司法試験に合格されたそうですね。なぜ法曹界に行かずにビジネス界を選んだのですか。
最初は普通にサラリーマンにはなりたくないと思い、司法試験の勉強をはじめました。でもそれが大学4年生のときでしたが(笑)。まあ2回留年まではいいとして、6年で卒業するために2年で合格しなければやめようと思って始めたんです。2年目で合格はできたのですが、その前に就職活動もしており、コンサルティングファームにもとても興味を感じていました。

そこで何年かコンサルタントを経験してから法曹関係に行こうと考えて、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社したのです。司法試験の平均的な合格年令も確か29歳くらいなので、それでも遅くはないと考えました。でもそれっきりでしたね(笑)。

BCGではまったくのペーペーからのスタートでした。いろいろなプロジェクトに放り込まれて下働きをしたのですが、1年位すると会社が分裂するような話が出てきて、私はお世話になったリーダーと共に、会社を設立する道を選んだのです。

— 司法試験、コンサルティング、起業とめまぐるしい20代ですね。
20代は勉強という位置づけでいいのではないでしょうか。私自身も好奇心を優先に、心の赴くまま行動していました。実はあまりはっきりと目指すものはありませんでしたね(笑)。法律は勉強してみると面白かったし、BCGでのビジネスも、その後の起業の経験も面白かった。

BCGの後は10人くらいでコーポレイトディレクション(CDI)という会社を設立しましたが、ここでも様々な業種のコンサルティングを担当します。それだけでなく自社の採用や人事・給与体系作りなど、法的センスが求められる規定作りにも携わりました。

そのときは夢中でしたが、後から振り返ると大きなプラスになっています。若いときは何でも吸収できるので、多種多様な経験をするということはとても大事ですね。当時は起業なども珍しく、それだけに未知のことを体験する自分を鍛えるチャンスと思って会社設立にかかわろうと思ったのです。

— 短期間でこれだけ多様な経験をする方も珍しい。国を挙げての大事業、産業再生機構にかかわるのはどのような経緯からだったのですか。
結局CDIには15年ほどいることになるのですが、そのうち5年くらいトップをやりました。普通はコンサルタントというと経営の当事者ではないのですが、CDIでは社長という経営の当事者としての仕事も経験し、紆余曲折もありしんどかったですが、とても勉強になりましたね。

経営が調子悪くなったときに、大手企業が合弁で立ち上げた携帯電話の会社で、出向者として名刺を持ってラインに入ったこともあります。自分の会社の経営、エスタブリッシュな事業会社の一員、この二つは私のその後の仕事において、決定的な経験となっています。

企業組織の内側と外側を見ることができました。その両方を知ることは企業の経営や再生に関わるうえでとても参考になります。上からの視点、下からの視点、加えて中からの視点と外からの視点という、立体的な視座を持つことで、多くのことが自信を持っていえるようになりました。

CDIの社長をやっているときに、産業再生機構の話が出て、政府から声がかかりました。経営者としては、どうしようかと迷いましたが、そこでも好奇心の虫が騒ぎ出します(笑)。



ー 産業再生という仕事はそれまでの日本であまりなじみがなかったですね。もちろんコンサルティングではそのような局面も多いのでしょうが。
CDIでも再生の仕事に関わっていました。産業再生の仕事はファイナンスと事業という、2つの側面で成り立つものです。でもそれまでの日本における再生人材をみると、主としてファイナンス面からかかわる方ばかりでした。事業サイドから再生に携わる人間はあまりいなかった。

右肩上がりの時代はそれでもよかったかもしれません。リストラをしてコストダウンにより厳しい局面をしのげば、やがて景気回復の波に乗り復活するという、冬眠して春を待つようなことができましたから。でも90年代からは景気の波があてにならなくなり、事業・組織そのものに関わる問題解決が重要になったのです。

当時は事業サイドから再生の仕事をする人は、あまりいませんでした。しかし外科も内科も必要という状況になり、両方がわかり法律的なバックグラウンドもあるということで、私に白羽の矢が立ったようです。

事業戦略だけ、あるいは財務戦略だけなら私よりできる人はいるでしょう。でも併せ持つところが強みだと思います。だから自分としても産業再生機構のCOOとして適任だと思いました。当時日本経済もとても厳しい状況で、引き受けなければ後悔するという思いもありました。それ故にCDIの仲間たちも快く理解してくれたのです。

ー 産業再生機構でのご活躍は周知の通りですね。多くの会社に関わって再生を行い、投資に対しても多額のリターンを生み出し、国庫に納付しました。すばらしい業績です。大いに注目された4年間を振り返って、何が心に残りますか。
41人の社長を選び再生会社を任せてきましたが、その人選はとても難しい仕事でした。実際3分の1は失敗という感覚です。学歴やMBAなどのヘッドハンティングの世界で信じられてきたクライテリアは、あまり役に立たないと思いました。成否を決めるのは能力でなく性格でしたね。

再生という仕事のストレスは並大抵ではない。強いストレスのかかった状態での実力を見ない限り、正確な人選はできないのです。胆力やストレス耐性といった、性格的な強みを持つ人が適任です。業績に対する批判は聞き流してもいいかもしれませんが、人の問題はそうはいきません。

事業再生では人間系のストレスがとても大きい。リストラというものは、される側に立ってみるととても理不尽なものです。明らかに不要な人はともかく、ボーダーラインにいて残れる人と出て行く人には、大きな差はないのです。当然納得できずに不信感が渦巻きます。

地域社会やマスコミにも叩かれ、全体がストレスフルな状態になってしまいます。そんな状況での舵取り、正確な判断をすることはとても難しい。ストレス耐性の強い人を選ぶ、いい判断方法はありませんでしょうか(笑)。

— 起業はゼロからのスタートですが、再生はマイナスからのスタートですから、かなりのストレスでしょうね。
支援先の企業の社員から、匿名でお礼が来たりもします。改革やトップを変えたことに対する感謝ですが、涙が出るほどうれしいですね。経営の状況は現場にも現われますので、悪くなる会社では現場に不満が噴出します。そんな中で再生がうまくいくことは、現場にも勇気を与えるのです。

また、情緒的なものに流されがちなのも、日本の経営の特徴だと思います。気合と根性は確かに大切です。支援会社の一つであるカネボウ化粧品では、現場の女性達が一生懸命に売って、会社を支えてきました。でもそれは合理的なものを満たしたうえでの話だと思います。つまり合理的な戦略や資源配分、環境整備などの実行です。現場の気合や根性に甘えるかたちで、そういったものがおざなりにされていることも多い。

合理が非人間的で情理が人間的なのではなく、合理も人を幸せにする要素であり、合理的な要件が満たされてこそ、現場の士気も上がるのです。よく「KY=空気を読め」などといいますが、経営者にはあえて空気を読まない勇気も大切です。不条理な方向に流されることも多いので。

多くの経営者は、ただただ組織のしくみに合わせているだけのところがあります。部分最適はちゃんとできているというか、狭い範囲の合理だけで動いていることがあります。太平洋戦争でも、後から聞くと皆さん「個人的には」負けると思っていたそうです。だけどそのときは誰もそのことをいい出せなかった。

カネボウでも幹部に個別に聞くと「不正会計などやめて、繊維からさっさと撤退すべきとずっと思っていた」と皆さんいいます。一人ひとりは正しく判断しているのですが、全体で見るとおかしくなってしまうことがある。会社経営も一緒です。

— 冨山さんは近著の「会社は頭から腐る」でも日本の経営の問題点を指摘されました。
日本的経営の問題点として、組織の和や風土を優先するあまり、すべてがその奴隷になってしまう傾向があります。オーナー会社もサラリーマン会社も同じ、一つの「村社会」と化してしまうのです。支配するのは村長(むらおさ)ではなくて空気、だから優れた村長は、きわめて合理的に正しい空気を作るのです。


誰もが共同体を壊したくないので、力のある村長の登場を望んでいるところがあります。しょせん会社はゲマインシャフト(運命共同体)的色彩を持ち、だからこそ組織に法人格を与え、あいまいな契約関係の中で人を働かせている。単なるゲゼルシャフト(利益共同体)でよければ、徹底した契約社会にすればよい。

アメリカ的経営論ではゲマインシャフト的な本質を持つ会社組織を、ゲゼルシャフト的にしようとするから、多くの矛盾を生み出します。共同体的会社組織というのは集団的に何かをしようとするときにはよく出来たしくみなのです。ゲマインシャフトを活かすところに、日本的経営の強さですが、時にはゲゼルシャフト的な決断をしなければならないところが、経営の難しいところですね。

— 格差社会といわれますが、都会と地方の格差も広がっているようですね。日本を代表する企業再生のプロとして、冨山流再生論について少し教えてもらえませんか。
地方企業について、その再生の方向には2つあります。1つは地域独占型のビジネスを志向すること、もう1つは全国さらには世界で勝負することです。全国で勝負するには、都会的な知恵というか、マーケティングやITなどの技術が必要です。それができる人がいるかいないかですね。

地域独占型で行くには、従来のしがらみに挑戦しなければなりません。地方企業は概ね地域のボスが経営しており、様々な既得権益を得ていて、いろいろなしがらみがあることが多いのですが、これらのしがらみは合理性で解決すべきです。

一族での経営がダメならば、どいてもらうしかない。しかし産業再生機構に経営支援を求めてきた企業でも、経営者がどかなければならないと知ったとたん、支援を辞退する企業がとても多かったのです。相談に来た案件で実際に扱ったのは、3分の1くらいではないでしょうか。

地方にはとても固定化された格差があります。世襲の既得権者は自分のうまい汁を捨てられない。豪邸に住んでベンツに乗る生活以外は考えられないのです。地方は閉塞感が強いから、若者達が成人式で暴れるんですね。都会の格差にはまだダイナミズムがあります。今はフリーターでも明日はブレークするかもしれない。

そのしくみを変えていかないと社員、特に若者は都会に流れ続けてしまう。今までの地方の会社には名番頭がいました。優秀だけれども家庭の事情で東京の大学に行けなかったような人材が、地元の高校を卒業して地元企業の名番頭になっていた。でも今はみんな都会に行ってしまい、地方は人材を失い続けています。

所有と経営を早く分離して、優秀な庶民にチャンスを与えるべきです。地方の優秀な人に対してチャンスをあたえるような資金を援助すべきで、既得権者へのばら撒きは絶対にダメですね。従来のしくみを存続させるだけです。

— そして今、経営共創基盤という会社を起業されました。これまでの企業再生や経営コンサルティング会社にない、新しいモデルですね。何を目指して設立されたのですか。
事業経営と財務経営の壁を越えるような経営人材を現場に投入して、企業価値・事業価値の向上を成し遂げ、その貢献実績に応じた報酬を受けるようなビジネスを展開します。長期的・持続的な企業価値向上を目指す「人材投入型成長支援」という事業です。日本の経営と経済にあたらしい時代を切り拓いていきたいですね。

日本の企業体の多くに、現場は強いのですが経営がだめという傾向があります。村社会の宿命かもしれません。上がしっかりすることで全体のパフォーマンスが上がっていくのです。そんな経営の強化に貢献できれば、社会的な価値は高いのではないかと思います。

コンサルタントをしていると、やはりサイドラインにいるというフラストレーションが残ります。もちろんサイドからの支援も必要ですが、これからは内側から取り組むことも求められるでしょう。その両方を状況に応じて、ソリューションフリーに選べるようになりたいと思っています。

産業再生機構は破綻している企業が対象でしたが、企業の成長やブレークスルーを支援することも必要です。産業再生機構も世界にないオリジナルなモデルでしたが、経営共創基盤という会社も、誰もやっていない会社なのです。

日本の役人や学者のように勉強が好きではないので、海外事例に囚われず自らやった方が早いんです(笑)。学習の材料は現場にあると思っています。現場との対峙こそが必要であり、下手に勉強すると既存のやり方に引っ張られてしまい、オリジナリティが出せません。勉強は大事ですが、どこから勉強するかということですね。「経済」を学ぶことと「経済学」を学ぶことは違うんです。

— ご自身が経営者として目指すもの、そしてこれからの挑戦はどのようなものですか。
世界に類を見ない業態を作ろうとしているので、それを成し遂げて、ビジネスとして認めてもらうこと。会社を作るというよりビジネスを作る感覚です。それを持続的に提供できる組織にしていきたいですね。

我々のやろうとしているのは人ビジネスであり、経営の中枢を担える人材を確保していくことが課題ですが、それには他から連れてくることと、育てていくことの両方が必要です。経営者に完成形は有りません。万能の経営者もいないのです。

例えば日産を再生したカルロス・ゴーン氏はすごい経営者だが、どこでも通用するかといえば、答えは多分NOでしょう。松下幸之助氏も偉大な経営者ですが、新日鉄の経営ができるかどうかはわかりません。どんな大打者も打率10割は打てないことと同じです。みんな発展途上人です。

この組織を成立させるには、向上心がある人にとっての、精進の場として機能するメカニズムを作れるかどうかです。そうすれば集まってくる。優れた人でも命は有限、自分に終わりがないと思っていても、ずっと居座ることはできません。だからしくみを作ることが必要なのです。

目からウロコ
冨山社長のほとばしるような知のエネルギーを感じることができて、とてもエキサイティングなインタビューだった。まずは若いころのキャリア構築だが、司法試験合格、世界的な戦略コンサルティングでの仕事、起業や経営者の体験など、骨太エリート街道にあるにもかかわらず好奇心に従いながら、自分らしい独自の道を歩んできた。まさにオンリーワンで市場価値の高いキャリア構築の実践だ。誰もができることではないが、その思い切りやチャンスを捉えるスピード感には学ぶところが多い。人生とは自分の意思を持って、波に乗り続け前に進むものであることがよくわかる。

そのキャリアの集大成ともいえるのが、現在チャレンジ中の(株)経営共創基盤創業だ。経営支援や起業再生から得た知見をフルに活かした、世界に類を見ない価値創造モデルである。現場の強さを見てきた冨山社長ならではの着眼点で、経営人材の投入により、再生だけでなく企業価値向上を成し遂げようとするもので、その潜在ニーズはとても大きいのではないだろうか。同社の活躍により、日本型の情理をベースとするゲマインシャフト的経営に、合理によるゲゼルシャフト的経営を組み合わせて、欧米の経営論を超える新たな日本型経営論が導き出されるかもしれない。そんな知的興味をかきたたせてくれる、同社の経営には括目していきたい。
(原 正紀)

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