2017‐03経営者166_ストリートアカデミー_藤本様

学ぶことの楽しさを伝えたい
学びのマーケットプレイス創出に
挑戦する経営者

ストリートアカデミー株式会社 代表取締役CEO

藤本 崇さん

12歳からアメリカで暮らし、複数の進学と就職を経験する。特に、映画監督や調理師を目指して専門学校で学んだ経験は、後の起業に大きな影響を与えることになる。MBA時代に聞いたスティーブ・ジョブズのスピーチの影響もあり、ストリートアカデミーを創業。学びのマーケットプレイスの創出に挑む経営者に話を聞いた。
Profile
アメリカの大学卒業後、ユニバーサル・スタジオ入社、大学院進学を経て、帰国。フェデックスの日本法人に入社後、スタンフォード大学でMBAを取得。カーライル・グループ入社を経て、2012年にストリートアカデミー株式会社を設立。

テーマは「気軽に学ぶ」

— 新しい学びのスタイルを創られているそうですが、まずは現状の事業について教えてください。 
個人向けと法人向けの事業を行っていますが、メインは学びのマーケットプレイスである「ストアカ」の運営です。ほかにも、企業向けに研修講師などを派遣するサービスや、社内研修を企画するサービスを展開しています。メインのストアカでは「気軽に学ぶ」ことがテーマで、誰でも自分のスキルを使って講師になれることが特徴です。 

ストアカは誰もが自分の強みや知識を活かして、教えることができる教室や講座を立ち上げることができます。あくまでもライブとして、直接、対人集客を行うことに特化した仕組みです。「プログラミング教室」、「片づけ方講座」、「写真写りが良くなるレッスン」、「プレゼンノウハウ講座」、「コーヒーのおいしい淹れ方」など、多様なコンテンツが個人により提案されています。 

この事業のポイントは2つあります。1つ目は入会金や月謝を一切取らないことです。あくまでも1回の受講ごとの料金として設定して、入会や入学などに際してお金を取ることは禁じています。いってみれば私塾の開催であり、江戸時代の寺子屋方式ですね。初心者向けに門戸を開いていただくように、できるだけ1回からの開催を推奨していますが、短期コースの売り切りもOKとしています。深く教えたい、長くかかるテーマをやりたいといった場合は、10回コースまでなら可能です。月謝や入会金といった固定的な負担なしで、気軽に学べる機会を増やすことを目指しています。 

2つ目のポイントは、教える内容についてはジャンルやカテゴリーを問わないことです。ビジネススキルやITスキルの習得から、趣味の学び、幅広いカルチャーなど、多岐にわたる内容を扱っています。ただ、「スキルの共有」の定義は厳格にしており、交流会、パーティー、発表会、座談会、サイン会などのイベントの掲載は認めていません。利用に際しては、スタイルにかかわらず、「何を教えているか」、「どんな学びを提供しているか」を明確にしてもらっています。
— 単なる仲介ビジネスではなく、学ぶことを広げていくという社会的価値もあります。そのために一定のルールを設けているということですね。
そうですね、無料での開催もNGです。あくまでも学びのマーケットであり、対価を得て行うことが基本と考えています。金額は500円以上と規定しており、10万円を超えると内容の審査を厳しくしていますが、実施後の変更も可としています。「まだ企画自体をマーケティング中で、どのくらいの設定で人が集まるのかを試したい」という方にも使っていただいています。 
個人でも法人でも、参加条件や資格を特に問わない一般初心者向けの講座が多いです。最初は単発で参加できる講座だけを掲載していたのですが、その後、だんだん広がってきて、現在は3ヵ月以内であれば10回までのコースはOKにしています。もっとじっくりと学びたい人向けの月謝制の教室などは、当面は対象にしていません。ただ、学びのニーズ自体が存在することはわかっているため、将来的には取り込んでいきたいですね。
ー 法人向けサービスはどのような内容ですか。
ストアカには現在8,000人の先生がいます。ジャンルはビジネスからカルチャーまでと幅広いですが、その中には十分に企業研修ができる方も、そのような活動を望んでいる方もいます。同時に企業からの研修に対する問い合わせもあります。ストアカはあくまでもマーケットであるため、個別の企業からの問い合わせには対応できません。 

そこで、双方のニーズに応えるために、あくまでも副次的な対応として、企業の社員教育や研修などを扱うサービスを始めました。ストアカの活動で見えてきたプレミアム講師を、企業に派遣するものです。目的は集まってくれる先生のブランディングに寄与することで、研修会社と競争して勝とうとは思っていません。どちらかというと、先生からの依頼を受けて動くエージェント的機能として対応しています。
ー アメリカでMBAを取られたそうですが、これまでのキャリアについてお聞かせください。
親の仕事の関係で、中高大の学生時代はアメリカで過ごしました。職歴のスタートは、アメリカのユニバーサル・スタジオです。その頃にUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の企画プロジェクトが立ち上がっていたため、日本語を話せるエンジニアとして雇われました。ところが、わずか9ヵ月の間に上司が代わり、その方が自分の人脈から人を連れてきたため、あっという間に解雇されてしまったのです。日本ではありえない話ですが、アメリカではよくあることです。
そのあと大学院に戻り、オペレーションリサーチ(経営工学)を学びました。卒業後はフェデックスに入り、ロジスティクスのオペレーションエンジニアとして働きました。フェデックスといっても、アメリカではなくアジアパシフィックへの就職で、勤務地は日本でした。12歳からアメリカにいて、24歳で日本に戻ることになったわけです。 

外資系ではありましたが、日本で会社員として働く中で、「果たして、これが自分がやりたいことなんだろうか。もっと自己表現ができる職業に就きたかったんじゃないだろうか」と思い始めました。もともと映画好きだったこともあり、週末に映像の専門学校にも通いましたが、脚本のセンスはないと感じてあきらめました。その後はレストランをやろうと思い、夜間の料理学校で調理師免許を取るコースにも通いましたが、包丁さばきがうまくできずに断念して、右脳の世界から元の左脳の世界に戻ることにしたのです。
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さまざまな学びを経て、起業の道へ

— さまざまなチャレンジをされてから、ビジネススクールに行ったのですね。 
ビジネススクールに行ったのは28歳のときです。それまでこだわっていた表現欲求を捨てて、選んだのがスタンフォード大学です。そこでビジネスのことを学んでいるうちに、起業もありだと思うようになりました。 

そして、1年目が終わった夏に、スティーブ・ジョブズの有名なスピーチを生で聞き、とても感銘を受けたのです。この日の言葉が、後の私の起業にも影響しています。とはいえ、結婚後に借金1,000万円ほどを背負ってスタンフォードに行ったため、稼がないといけない状況でした。そこで、給与水準も高くてビジネス経験も積める投資ファンドのカーライル・グループの東京オフィスに勤め始めました。私が30歳の時です。 

ここでは非常に優秀なエリートたちの組織に加えさせていただき、経営について学ぶことができました。しかし、当時の私は、金融はおろか財務や法律の知識もなく、加えてMBA以前は教育も職歴もすべて英語の環境だったため、日本語は新聞を読むのにも苦労するレベルでした。入社後は本当に三重苦の状況でした。 

しかし、キャリアを5年ほど続けると、また自己表現欲求が強くなってきてしまい、社会を変えるような事業を生み出したいという強い想いも相まって、34歳で会社を辞めて起業をすることにしたのです。その頃、ジョブズが亡くなったことも、私の背中を押した要因の一つでした。彼の「もし、今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」という言葉を思い出し、「自分もやりたいことはやっておくべきだ。事業を創りたいなら、今やらないといつやるんだ」と思ったのです。
— 起業では、最初から今のビジネスのアイデアでやろうとしたのですか。
私は事業をゼロから生み出すことに強い憧れを持ってしまい、ほぼ起業ありきで、まずはそのためのネタ探しをしました。海外系のベンチャーニュース配信などを読みながら、アメリカで起こっているビジネスを日本に持ってこれないかと考えました。いわゆるタイムマシン経営ですね。面白いアイデアを見るたびに日本でチャンスがあるかもしれないと考えて、自分にできるか、自分がやる意味があるかという観点で見ていました。 

半年くらい続けてもなかなか見つからなかったのですが、ある日、アメリカのニュースで現在のストアカの原型となるサービスが開始されたという記事を見て、「これは、まさに自分がやってみたいことだ。自分にできそうだ」と感じました。しばらく日にちが経っても気持ちは変わらなかったため、これしかないと思い、決めました。

「スキル共有」の定義から逸脱しないことにコミットする

— どういう戦略を考えていたのですか。 
最初は、Webサイトを作れば人は集まるのではないかと安易に考え、暇な大学生を誘って作りました。私自身もその時にプログラミングを学び、他社のサイトなどを参考にしながら、3月に会社をスタートして、7月にはサイトをオープンしました。まずは、知り合い100人ほどに通知したのですが、誰も使ってくれません。この状態がずっと続いて、「これはヤバい」と感じましたね(笑)。 

友人に個人で教室をやっている先生を紹介してもらうなど、細々と営業を続けましたが、当時、コワーキングスペースが増えてきていたため、そこに営業をして、その集客イベントとして開催してくれる先生をマッチングすることにしました。掲載件数は、2012年8月のサイトオープンから、最初の1ヵ月は30件からスタートで、4年半経った現在では、先生が8,000人、講座はもうすぐ1万件に届くほど成長しました。 

特に何か具体的な戦略が効いたわけではなく、細かなことの積み上げにこだわり続けた結果だと思います。セミナー紹介のサイトはたくさんありますが、その多くは、学びを提供すること自体よりも、モノやサービスの販売促進や、集客エンジンとして提供されているものが多いのです。私たちは、とにかく「スキル共有」の定義から逸脱しないことにコミットし、コンテンツの質的水準を維持するために、承認プロセスやマニュアルなども整備しました。 

さまざまな方から、「マッチングよりもスクールを運営したほうが稼げる」と言われましたが、短期的に安易に金を稼ぐのではなく、学びをもっと気軽で自由にするためのマーケットを創ろうと決めてやってきました。それにこだわれたのは、自身の原体験が活きていたからです。私にとってもっとも重要だったのは、MBAよりも、若い時に入退学を繰り返した専門学校での経験だったと思うんです。その頃は、自分がやってみたいと思ったことに、ひたすら貪欲に挑戦してみた時期でした。
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日本は、「やってみたい」よりも「できるか」を先に問うリスクを重んじる文化なので、既定路線を外れることへの不安を取り除くために、好きでもない資格を取りに行く人が多い。新しいことを学ぶ際のハードルを取り除けば、やりたいことに挑戦する人はもっと増えるのではないか、そのような問いの答えを探す壮大な社会実験に取り組んでいるのが、私のやっていることです。 

現在は、正社員が12名で、外部のフリーランスや学生インターンを足すと25名くらいの戦力です。レバレッジを利かせていかないと、学びのマーケットを創り上げることなどできません。マーケティング施策はすべてネットを通じて行っていますが、企画担当者、デザイナー、プログラマーなどが常時社内でさまざまな企画を試しています。ヒットが生まれるまでの負担は大きいですが、マーケットプレイスを創るための真剣勝負です。

これからのテーマは、「学びたい欲求をくすぐること」

— 今後の展開はどのようにお考えですか。
現在は、教える人に対する面と学びたい人に対する面の2面性のあるマーケットプレイスができつつあり、特に教える人を魅了することは順調にできたと思っています。ストアカというプラットフォームを利用したい人、先生をやりたい人が後を絶たない状況です。したがって、当面のテーマとしては、学ぶ人を増やす必要があります。 

専門的なことを学びに学校にまで通う人は、社会の中ではほんの一部でしょう。興味は持っているけれど行動に移せていない人を、「学ぶ」ところまで動かしていくことに、今取り組んでいます。選択肢を提供することで、誰もが学びに気軽に取り組めるようにハードルは下げたつもりですが、行動に移せていない人をインスパイアして背中を押すまでは、まだできていません。そういった学びの潜在需要を顕在化するためには、「講座が選べる」だけでは不十分であると考えています。講座の予約サイトは、すでに学ぶことを決めている人には便利ですが、そう思っていない人には商品の購買ページでしかありません。 

学ぶ意欲がまだない人にも「そもそも、なぜ学ぶ必要があるのか。学んだら、その向こうに何があるのか」、そして学ぶことがいかに楽しいのかを伝えたいですね。一言で表すと、「学びたい欲求をくすぐること」がこれからのテーマです。サイトを訪れるだけで、思わず新しいことを学びたくなるようなサービスを提供していきます。 

学びに関する読み物や、記事などの情報、人の登場などの楽しめるコンテンツも増やしたいです。また、学んだことを承認するための認定証などを発行して、学ぶ動機づけを行いながら潜在層の掘り起こしを行っていくことで、先生ユーザーの教えたい願望を満たすことにもつながります。 

地方での利用促進にも取り組み、ローカルでの学びのコミュニティも増やしていきたいです。カルチャースクールという業態は日本全国にあり、登録している先生は7万人もいるのですが、参加者がシニア層に偏っているため、若い人が自分を変えるために行く場所とは認知されていません。ストアカでは、もっと若い層にも、地方でもスキルアップできるための学びを普及させていきたいです。単発で気軽に参加という枠組みはカルチャースクールと同じなので、地方でも十分に機能できるはずです。 

ゆくゆくは海外にも進出して、ボケーショナル・トレーニングのニーズに対応する教育が、寺子屋のような形で広められていくことに貢献したいと思っています。現在、オンラインや動画を提供していないのは、刺激を与える場としてはまだ力不足で、ある程度の強制力がないと効果が感じられないため、今のストアカには向いていないと判断しているだけで、将来的には取り組むべきだと思っています。若者たちは、スマートフォンで驚くほどのレベルのことを学んでおり、デバイスリテラシーが上がってきているため、動画でも旧型のe–learningスタイルではもはや古いという印象もあり、オンラインではもう少し違ったフォーマットで教育を発信したいですね。

好きなことに取り組む人を増やしていきたい

— 最後に、藤本さんにとっての挑戦とは。 
どうせやるなら大きいことに取り組みたい。難易度の高いほうがやりがいも高いですから。誰もやっていないことだと燃えます。そして、どうせやるなら1人でやれることではなくチームでしかできないことを、社会のためにやりたいです。 

また、個人としてやりたい願望や、楽しいと思えることも大事です。自分が挑戦するなら、好きなことでやったほうがのめり込めますから。事業を通じて、好きなことに取り組む人を増やしていくことに挑戦します。
P11-38 Ph@
目からウロコ
「学ぶ」ことについて、考えさせられたインタビューだった。日本では若いころに詰め込み式教育や受験戦争を体験するため、学び=苦行という認識が強い。「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや」という論語の第1章を思い出す。人生は何をするにも学びの連続、できるだけ楽しくやりたいものだ。 

MBAより専門学校で好きなことを学んだ時のほうが自分にとっては重要だった、という藤本さんの言葉が印象的だ。この実感がストリートアカデミーという事業の根源なのだろう。インターネットの世界ではロングテール戦略などで、少数にしか支持されない商品サービスの市場化も可能になってきた。学びの世界では小グループなどでの個人レベルで行われていることもたくさんあると推定され、それを形にすることも藤本さんが狙う学びのマーケットプレイスだろう。それにより学び合い教え合う世界ができたら、多くの人の人生の喜びが増すと思う。ビジネスの視点から考えても、膨大な潜在市場があるということだ。 

この事業のポイントは、どれだけ多くの人が学びの楽しさや喜びを求めるようになるか、である。モノで人生を豊かにする時代から、コトが人生を豊かにする時代に変わった。スキル学習や資格取得だけでなく、娯楽と思われている読書や映像の観賞、ゲームや人との会話などにも、実は学びの楽しみが含まれている。藤本さんの挑戦によって、学びにより人生を豊かにしていく人が増えていくだろう。
(原 正紀)

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