2018‐11Umano06_笑下村塾_たかまつ様

お笑いで社会を変えたい
芸人、社会起業家、テレビ局ディレクター
―若きマルチプレーヤーの原動力

株式会社笑下村塾 創業者

たかまつ ななさん

Profile
1993年神奈川県生まれ。フェリス女学院出身のお嬢様芸人として、テレビ・舞台で活動する傍ら、お笑いジャーナリストとして、お笑いを通して社会問題を発信している。18歳選挙権を機に、若者と政治の距離を縮めるために、2016年、株式会社笑下村塾を創業。2018年3月、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科、東京大学大学院情報学環教育部修了。同年4月からテレビ局にディレクターとして入局し、笑下村塾の社長は退任。
HARA'S BEFORE
ネタ番組で拝見して以来、お嬢様芸人としてのユニークな芸風はとても気になっていた。お笑いを通して子供たちの政治教育に取り組む事業を行っていると知り、興味はさらに増した。しかも大学院在学中に創業した学生起業家でもあり、すでに事業承継まで経験している。どれ1つとっても特徴あふれる側面を、この若さでいくつも併せ持つたかまつさんの話には、ビジネスヒントが満載に違いない。
東京都内の笑下村塾の事務所にて。左から、藤本、スタッフの飯田裕子さん、たかまつななさん、原。
「面白い会社を経営する若い女性のお笑い芸人がいる」と聞いたとき、取材して面白くないわけがないと思った。その人、たかまつななさんは、お笑い芸人、社会起業家、テレビ局ディレクターの“3足のわらじ”を履くマルチプレーヤーだ。

副業解禁時代に、今、たかまつさんから学ぶべきことは多いのではないか。株式会社「笑下村塾」の創業から現在に至るまでの軌跡をたずね、マルチプレーヤーの原動力を探りに行った(藤本)。

子どもたちに政治を教える出張授業

原:たかまつさんはお嬢様芸人としてテレビなどでもご活躍ですが、全国の子供たちに政治を教える出張授業「笑える!政治教育ショー」を展開されていますね。まずは笑下村塾の創業理由を教えてください。
たかまつ:お笑いで社会問題を伝えたいのに、思うように伝えられず悶々としていたときに、18歳選挙権導入が決まり、「今しかない!」と思ったのです。これは70年ぶりの改正で、もし16歳選挙権の導入が70年後にあったら、その時はおばあちゃんだな、と思って(笑)。 
 
政治に興味がない生徒さんにも伝えたくて出張授業にしました。学校のカリキュラムに組み込まれるため強制力があり、他の授業と比べて面白いと思ってもらえる。社会を変えていくためには、個人の活動ではなく仕組みが必要と考え、会社組織にして、お笑い芸人さん100人を集めて出張授業に行こうと、起業を決意しました。芸能プロダクションを辞めて、大学院1年生の4月に株式会社笑下村塾を設立しました。笑下村塾は、若者向けの政治教育(主権者教育)のコンテンツを作る日本で唯一の株式会社です。創業時、組織形態はNPO法人や社団法人がいいと周りからアドバイスを受けましたが、主権者教育の市場を大きくしたかったので、あえて株式会社にしました。
藤本:主権者教育を事業にしようと考えたきっかけは何だったのですか?
たかまつ:小学4年生の頃に、アルピニストの野口健さんが開催したイベントに参加し、富士山でゴミの不法投棄の現実を目の当たりにしました。そのとき、「知らない人たちに伝えなくてはならない」と強く思ったのです。お笑いで敷居を下げて、子供たちに当事者意識を持ってもらい、社会課題の解決者になってほしいと思いました。それを突き詰めていくと、社会問題を考えるときに政治のことって大きいよね、ということで、主権者教育に行き着きました。

「クラウド営業部」という新しい働き方

原:株式会社である以上は、利益を上げることが大事ですよね。売上はいかがですか。
たかまつ:来期の売上見込みは約3,500万円で、ソーシャルビジネスの会社の中では儲かっているほうだと思います。NPO法人で同じ主権者教育に取り組む団体は、1人の寄附だけで成り立っていたり、解散寸前だったりします。それを考えると、うちは売上も上がり、人員も増えていますので順調ですね。
原:社会的企業の要素が強いですね。クラウドファンディングやクラウド営業部など新しい仕組みも取り入れています。
たかまつ:会社の使命として、「政治のことを伝える」だけじゃなくて、「社会を変えていく」ことが重要だと考えます。芸人もそうですが、うちのような小規模な会社は、自らの価値観を伝えることが大切です。「こういうビジネスの仕組みがある」とか、「こういう働き方、生き方がある」とか。
  
クラウドファンディングの仕組みは、創業後すぐに活用しました。資本金1円で会社を作ったはいいけど、登記費用などで想定外にお金がかかり、貯金がほぼゼロになってしまって(笑)。クラウドファンディングは4回行い、合計で600万円近く集められました。資金提供の特典としては、国会見学のツアーや単独ライブのお手伝い券にしました。  

2017年8月からスタートしたクラウド営業部は、メンバーが笑下村塾の営業マネージャーとなり、自由にコンテンツを考えて売り込む組織です。現在、全国に約50名のメンバーがいます。副業可能で、新しい働き方の提案とも言えるものです。メンバーにはいろんな方がいらっしゃいますが、能力も働く意欲も高いけど肝心の働き口がないという方もメンバーになってくださっています。障害をお持ちの方や、お子さんがたくさんいるお母さんもいます。 
クラウド営業部のメンバーになると、笑下村塾に対して、まず月5,000円を払います。営業して仕事が取れたら、成功報酬でお金をバックするというシステムです。クラウド営業部を運営するようになって気づいたのが、「お金を払ってでも仕事をしたい」という人が相当数いるということでした。ボランティアだと関係が曖昧になりがちですが、お金を払って参加していただくので、お互い気持ちのいい関係構築ができるのです。新規事業をどんどん提案してくださいとお願いして、それで売上が上がったら、売上の2割をお渡しします。利益ではなく、売上の2割です。経費は会社で全額持ちます。大阪のNPO法人が主催するソーシャルビジネスコンテストで優勝する人が出てきたり、お笑いを活用した人間力アップを目指す社団法人を作る人がいたり、クラウド営業部発で新しいことが次々に生まれています。

テレビ局入局も手段の一つ

藤本:笑下村塾のコンテンツとして、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)にも早くから目を付けられています。SDGsは教育現場でやるべき題材だという認識からでしょうか。
たかまつ:それもありますが、SDGsをコンテンツ化したのは、“旬”であることを重視したためです。SDGsは2015年9月の国連サミットで採択された17の国際目標で、2030年までに達成すべきとされています。芸人をやる中で、“旬”に乗ることの大事さは身に染みてわかっています。実は、国際協力の教材は最初に作ったものでした。でも、なかなか教育現場に届かなくて。主権者教育については、18歳選挙権というブームに乗れたのが功を奏したところがあります。国際協力もそれと同じように、旬に合わせて届けられたらという狙いがあります。今では大企業向けのSDGsの研修コンテンツを作成するなど、成果も上がりつつあります。
原:今年の4月からテレビ局に入局されたと伺いました。
たかまつ:笑下村塾では、出張授業を届けて政治に興味を持つ人を一人でも増やす活動をしています。テレビ局では、その後も政治に興味を持ち続けてもらえるようなコンテンツを作り、その市場を大きくする仕事をしたいと考えました。
  
笑下村塾の出張授業では、1回90分の授業で投票率が通常の倍近くの84%になるなど効果が出ました。でもその一方で、生徒さんからの「どのメディアを見ればいいですか」という質問に対し、「賛成反対両方の意見を聞きましょう」、「情報を疑いましょう」ぐらいのことしか答えられず、もどかしく思ったのです。笑下村塾でメディアを作ることも検討しましたが、今の規模では難しい。それならテレビ局に入って、若者向けの政治番組を作ればいいと考えました。視聴率が取れたら、若い人に政治教育を届けることが儲けにつながると証明できますから。他局も似た番組を作って、市場が拡大していくことを期待しています。

諦めず、できる方法を探す

藤本:テレビ局入局に伴い、笑下村塾の事業承継で苦労されたそうですね。
たかまつ:代表を一度、譲った方が病気になってしまい、別の方を探さないといけなくなったんです。体調のことはどうしようもないので、当面は治療に専念していただけたらと思っています。幸いなことに、大学の同級生が兼業という形で引き受けてくださいました。 
 
事業承継はタイミングとか体調とか、いろんな要素がからむので、本当に難しいです。1年以上前から後継者を探していたのですが、ずっと失敗し続けていました。病気など仕方のないこともあったのですが、原因を考えてみると、笑下村塾は規模が小さいので1人の裁量権が大きい。そのプレッシャーを楽しめる人をじっくり探す必要があったのだと思います。
藤本:たかまつさんはこれまでも数々の困難を乗り越えてこられました。どういう気持ちで向き合ってきたのですか。
たかまつ:私は基本的に、できないと思うことがほとんどありません。すぐできるとも思っていませんが、「時間をかけたら全部できなくはないでしょ」くらいに考えます。「正攻法でダメだったらこっち」というように、諦めないで、できる方法をいろいろと模索することが大切です。「諦めない」という考え方で、困難を乗り越えてきました。
  
小学5年生の時、サッカー選手になるのが将来の夢だったんです。実際に、横浜F・マリノスの女子チームでサッカーをしていて、サッカーの強豪中学を受験しようとしたけど、親に反対されて諦めました。中学2年生まで、ずるずる悩み、サッカー選手になれなかったことを親のせいにしていました。でも、そうやって考えている自分がダサいなと思って、「環境のせいにするのはやめよう」と思うようになったのです。自分が次にやりたいことを見つけたとき、「できるか、できないかは、すべて自分次第と思うようにしよう」って決めました。そして、ようやく見つけられた、やりたいことが「お笑い」だったんです。

「捨てる分野」と相乗効果

藤本:経営者とテレビ局ディレクターと芸人の「3足のわらじ」で、超人的なマルチプレーヤーぶりを発揮されています。そのマインドとはどのようなものですか。
たかまつ:努力を人一倍しよう、とは思ってますね。基本的に自分に自信がないんです。芸人さんは皆さん、人の何倍も努力してようやくスタートラインに立てるという考え方を持っています。お笑い業界は「人の5倍努力して、ようやく人の1.5倍になれる」という世界ですから、やるしかありませんでした。 
 
正直なところ、劣等感を感じることが多かったんです。フェリスでも東大でもそうでしたが、教科書を一度読んだだけで覚えられる同級生が周りにはたくさんいて。私は10倍ぐらいやっているのに、テストの点数が全然取れないことも多々ありました。そうしたらもう、もっと勉強するしかないじゃないですか(笑)。自分よりも才能のある人が、自分より努力したら絶対に勝てませんから。
 
それから、「捨てる分野を持つ」ということも大事だと思いますね。芸人でいえば、最初に私がフリップ芸に絞ったのは正解でした。普通の芸人さんだったら下積み時代で10年から20年かかるところが、フリップ芸は芸人になりたての新人でも演技力が必要ないのでやりやすい。それで私は最短でテレビに出ることができました。 
 
勉強では、英語を捨てました。英語を必死に勉強して、「TOEICは700点です」と言ったところで、もっとできる人はいっぱいいます。それなら、別の分野を伸ばしたほうがいいですよね。仕事で本当に英語が必要になったときは、通訳と一緒に行けばいいですし。
藤本:マルチプレーヤーだからこそのメリットは意識されていますか?
たかまつ:強く意識していますね。自分とかけ離れた分野を選ばない。それが、マルチプレーヤーであるうえでは大事だと思います。これまでやってきたことからすると、私が自動車メーカーに入社してもほぼ相乗効果はないことは明らかですよね。副業をするときに、相乗効果を考えずに仕事内容を選ぶ方もいるようですけど、本業と掛け算して大きくなるかどうかで、副業を意図的に選んだほうがいいと思います。
  
テレビ局入局も相乗効果を考えた部分もあります。就職活動の際には、テレビ局の他にも、成功しているベンチャー企業を受けましたが、あまり相乗効果はなさそうだなと思い、行かない判断をしました。

お笑いには社会をつなげる力がある

藤本:将来的に笑下村塾をどうしていきたいのか、教えて下さい。
たかまつ:1つ目は、笑下村塾の「笑える!政治教育ショー」を日本の子供たち全員が受けられることを目指したいです。これまで2年間で2万人強の子供たちに出張授業を届けてきました。ただ、1億2,000万人のうちの2万人で、18歳、19歳の新有権者は240万人です。まだまだ届けられていない人のほうが多いという現実がある。
  
高校が3学年であることを考えれば、3年に1回行けばその学校の生徒全員に届けられる。日本の高校は全部で約5,000校なので、1年間に約1,700校、芸人さん100人だと1人17校で、1ヵ月に1~2校回れば届けられます。
  
2つ目は、笑下村塾を「コンテンツを作る会社」にしたいです。残念ながら、世の中ではコンテンツに対してお金を払うという共通認識ができていません。コンテンツと広告は似ていますが、広告で大事だとされるのは「キャスティング」です。選挙でいうと、「広瀬すずさんをキャスティングできるからすごいでしょ」みたいな。一方、コンテンツで大事なのは、「何をやるか」です。大企業と組んでコンテンツを作りたいですね。  

3つ目は、お笑い芸人さんを巻き込んで「みんなが楽しく社会問題の解決者になる」仕掛けを作りたい。私がいろいろ両立できるのは、その気持ちが根底にあるからです。もし、お笑いだけしかやっていなかったら、とっくの昔にお笑いをやめていたんじゃないかな。自分より面白い人がいっぱいいて、「テレビって、思ったより稼げないな」と思って(笑)。出張授業で学校に行くと、ものすごく感謝されて、投票率も上がる。そんなふうに自分が社会に貢献して反応が返ってきたら、誰だって嬉しいはずです。
たとえば、システムエンジニアとして企業で働いている人が、上司に怒られて落ち込んでいたとします。その人が土日に1時間だけNPO法人のWebサイトを構築して喜んでもらえたら、「自分のスキルはこんなに人の役に立つんだ」と実感できる。それでまた月曜日から頑張って仕事ができる。こういうサイクルを作ることは、その人と世の中の両方にとって良いことです。だから、たくさんの人に社会問題への興味を持ってもらって、プロボノ(個人のスキルを活かすようなボランティア)をしてほしいと願っています。
藤本:最後に、たかまつさんにとって「笑い」とは?
たかまつ:教育現場で活動をしていると、お笑いはエンターテインメントとして一番力を持っていて、「人や社会をつなげる力」があると確信します。お笑いは、たとえ無名の芸人でも実力があれば、そこにいる人を楽しませることができる。笑下村塾はビジネスコンテストでいくつか賞をいただいていますが、私が経営者として人一倍優れているのではなく、お笑いで伝える力があって、人を楽しませることができるからだと思っています。
3つの異なる分野の仕事をマルチにこなす、たかまつさん。意外にも、マルチプレーヤーの原動力は“劣等感”だった。彼女の周りには、いつも天才的な同級生や才能ある芸人がいた。しかし、そこで戦略的に「捨てる分野」を持つことで、マルチプレーヤーとしての活躍を可能にした。「一人でも多く社会課題の解決者を作りたい」――そんな強い信念が諦めない気持ちを支えている。
 
取材中はお笑い芸人や、テレビ局での経験が会社経営に活きているというエピソードを多数聞いた。信念を強く持つこと、「複業」がシナジーを生むこと――副業人口が今後、日本で増えるかどうかのカギになりそうだ(藤本)。
HARA'S AFTER
お嬢様で、お笑い芸人で、東大院卒で、学生起業家で、TVディレクターで……さては才気あふれる天才肌であろうとイメージしていたが、実は大変ロジカルであり、しっかりと一歩ずつ前進する方だと感じた。「選択と集中」で一つのことに打ち込むことが成功への道と思われるスタイルは変わってきたのかもしれない。「拡散と相乗」の時代と言えるだろうか。
 
独自に開発するコンテンツの質にこだわり、クラウドやコミュニティ活用でレバレッジを効かせ、SDGsなどの旬なテーマにはしっかりと乗っかり、メディアを利用し、社会を変えるというビジョンにまい進している。一つひとつはユニークな活動だが、全体としては骨太で合理的なプランを感じる。それはまさに、たかまつさんの持ち味であるフリップ芸のような計算された展開に見える。お笑いファンとしては、多様な経験を積み上げて影響力を広げている、たかまつさんの新たな芸ももっと見てみたいものだ。

コメントは締め切りました