2013-10経営者125_エス・アイ・ピー_斎藤様

グローバル協業型のベンチャーキャピタルで
イノベーションを仕掛ける経営者

エス・アイ・ピー株式会社 代表取締役社長

齋藤 茂樹さん

東京大学卒業後、情報通信ビジネスに興味を持ち、NTT民営化第一期生として入社。
通信ネットワークのビジネスに携わりながら、インターネットに出会う。新たな可能性を感じてNTTを退社し、マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学してMBAを取得。卒業後は、米国ネットスケープ社で日本市場でのポータルビジネスを統括する。その後、日本のデジタルガレージ社に経営メンバーとして参加し、株式公開を成し遂げる。 日本のイノベーションを推進するために、ベンチャーを ハンズオンで支援するベンチャービジネスを目指し、父親が起業したエス・アイ・ピーに参加して社長に就任。日本のイノベーションを仕掛ける経営者経営者に話を聞いた。
Profile
東京大学卒業後、民営化一期生としてNTTに入社。1994 年退社後、MITに留学してMBAを取得。米国ネットスケープ社を経て、デジタルガレージ社で経営陣として株式公開を実現。さらに、独立して自らファンドを立ち上げた後に、ベンチャーキャピタルのエス・アイ・ピー社に参加、4代目社長となって現在に至る。

企業が一番資金を必要とするのは
マーケットに商品を売り込み、販売チャネルを作る段階です

— 齋藤さんは多様な活動をされていますが、現在の事業について教えてください。
私が経営するエス・アイ・ピーは、ベンチャーキャピタル(VC)です。会社を立ち上げた現会長は私の父親ですが、野村証券出身で、日本を代表する VC・JAFCO の創業メンバーです。まだ日本に VC がない時代にアメリカでその仕組みを勉強してきて、民法における組合の概念で初の VC ファンドを創ったそうです。

さらに日本アジア投資(当時は日本アセアン投資)を立ち上げ、アジアに進出する日本の会社を現地で公開させることも手がけました。父がエス・アイ・ピーを立ち上げたのは、この日本でアメリカ流に、まだ赤字の未公開企業にハンズオン投資をして、高いパフォーマンスのファンドを運営する仕組みを作るためでした。それによって、日本企業のさらなる発展が見込めるからです。

企業への投資においては、シードの段階ではどんなにすごい技術でも、世の中に出ていないものは、会社の価値としては限られます。ポテンシャルは高いけれど、現在は1億円の価値しかなく、その開発費用に5億円かかるということもよくある。でも、そこからプロダクトが立ち上がると、企業の価値は一気に上がります。

その後に販売チャネルを作り、キャッシュが入ってくるようになると、価値はさらに上がります。それが株式公開に至ると、株式を交換できるようになり、また価値が上がる。このように、会社の価値向上には3つの段階があるのです。
— なるほど。そうした3段階の成長を支えるのが、VC なのですね。
日本の VC には銀行の子会社などが多く、ベンチャー企業が黒字になり、キャッシュが回るようになってから投資をする傾向があります。でも、企業が一番資金を必要とするのは、赤字の状況でマーケットに商品を売り込み、販売チャネルを作る段階なのです。シリコンバレーの VC は皆、この段階で投資をします。

あまりに早期の“シードステージ”と言われるアーリーステージの前の開発段階では、その可能性を見極めるのは難しいため、私たちは手を出しません。リスクが大きすぎますね。そのような基礎研究は、国の機関や大手企業の開発部門などの支援が必要です。プロダクトができ上がった後は、純粋にビジネスモデルを通してチャネルを作ればよいため、とてもシステマティックにできます。

ヤフーやグーグルなどを育てた米国のセコイアという VC では、投資可能性のある企業を探してきては、グーグルなどと提携させてしまうんです。大手企業のユーザーは、最先端から一般大衆まで幅広いため、そのユーザーに支えられて新たなベンチャーが立ち上がっていきます。YouTube や GoogleMapsなどがそうです。

ハイテクの世界では、キャズムの理論というものがあります。新しい技術に対し、それを使ってみたいと思うのは 15%程度のユーザーで、キャズムの壁を越えた後が一般ユーザーへの広がりです。大企業は、市場の中で顧客シェアを大きく持っており、その中の15%の最先端ユーザーがベンチャーを育てるため、投資先ベンチャーを大手企業と提携させることで、成長に必要な顧客を作っていけるのです。

当社でも、出資先を大企業と提携させることで、その成長を支援しています。ベンチャーには、プロダクト開発のインベンション・フェーズと、その後の売るためのイノベーション・フェーズがあります。イノベーション・フェーズの初期段階がアーリーステージで、キャズムを越えた後にエクスパンション(拡大)の段階に進んでいくと考えています。

世界的にも強い技術を持つ日本の会社を探して投資し
世界のニーズに対応できる会社を育てたい

ー マーケティング理論と同じで、いかにキャズムを越えるかということですね。そのための支援としては、どのようなことを行うのですか。
キャズムを越えるには、大企業との提携などを支援することが大事です。アメリカでは、大企業がベンチャー企業とのコラボレーション戦略を前提に、システマティックに支援することができますが、日本では、大企業は技術開発・サービス開発が自前主義ですので、簡単にはいきません。当社では、大企業などに同行して提携を作り、公開させるハンズオンの支援を行っています。

やってみてわかったのは、日本でベンチャーを経営するのは大変だと言われますが、しっかりと提携して顧客を紹介してもらえば、十分にイケるということです。でも、日本の企業の成長率が徐々に低くなっており、日本の中でとどまっていると成長がサチュレート(飽和)してしまうのは、当初の目論見と違いました。

結果的に、当社が投資した会社で伸びているのは、アメリカや中国など大きな海外市場にプロダクトを展開できる会社ですね。日本の超大企業と提携するよりは、サムスンなどグローバルに活躍している企業と提携するほうが望ましい。当社は、そういった会社に絞って投資をする戦略をとっています。いくつか例を挙げてみましょう。

まず公開企業でいうと、スリー・ディー・マトリックスという会社は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の技術ライセンスを保有しています。止血剤を作っている会社ですが、自己組織ペプシドを使ってB型・C型肝炎の感染リスクをゼロにすることができたのです。日本だけでなく、アメリカやヨーロッパへの展開を目前にしており、500 円ほどで保有した株式の価値が 20 倍以上になっています。
近い将来の海外市場の成長を市場に評価されて、これだけの株価上昇が見られたわけで、国内市場だけではこれほどの価値にはならなかったでしょう。

ほかにもダブルスコープという会社は、サムスン出身の韓国人社長が立ち上げた会社で、リチウムバッテリーのセパレーターという部材を作っています。日本では、旭化成と東レという大手が二分している市場で、ベンチャーがすぐに入れる状況ではありません。そこで、中国に行って中古の PC・携帯電話、電気自転車などから入り、市場を広げて公開し、アメリカで展開しているというパターンです。

これからは食べ物が日本の戦略的商品になり得る
当社のベンチャーへのハンズオン能力を、食の分野でも発揮していきたい

— さまざまなケースがあるようですが、優れた技術と国際市場というのが特徴ですね。
こういった会社が成長して化けると、日本発で、アジアハイブリッドの投資家からお金を集めた成長会社ができる可能性があります。世界的にも強い技術を持つ日本の会社を探して投資し、世界のニーズに対応できる会社を育てたい。これまでの VCは、日本のマーケット中心のアプローチが多かったと思います。

アプリケーションに関する技術は、やはりアメリカが秀でていますが、ハードウエアに関するもの、ロボットや半導体、電気自動車などについては、日本が優秀なんです。そこに、日本だけでなく、中国、韓国、台湾などアジアハイブリッドの投資も行って、次のハイテクベンチャーを創っていきたいですね。農業にも着目しています。日本の美味しくて安心、健康な食は、世界に受け入れられる素地があります。もちろん、気候風土によって各地で生産方法は違いますが、日本の農業技術をシステム化して、日本的な食を世界各地で展開できれば、大きなマーケットになるはずです。

3年前に投資したのが、果実堂というメディカルアグリカルチャーの会社です。日本の農業技術は素晴らしいですが、仕組みづくりは得意ではありません。同社のベビ—リーフの売上は、国内トップとなる 10 億円ほどで、提携先として矢崎総業、三井物産などが投資してくれていますが、さらに台湾の会社とも提携して中国進出を狙い、新しいデータシステムの農業を目指しています。

これからは農業に限らず、食べ物が日本の戦略的商品になり得るでしょう。水産や畜産なども重要です。地方の産業の中心になっているのは、大体食品ですね。そういった会社を、自治体などが産業戦略を考え、特区などを活用して育てていくことが大事です。当社が持つベンチャーに対するハンズオン能力を、食の分野でも発揮していきたいと思っています。
— 夢のある話ですね。これまでの齋藤さんのキャリアをお聞かせください。
仕事をやるうえで重要なキーワードは、イノベーションです。大学時代の恩師でもある岩井克人先生の利潤論の影響ですが、資本主義で人が生きていく源は、儲かるものを作り上げてそれを分配していくことです。未来を先取りする企業が生まれて、それが大衆に広がると、さらに模倣する企業が出てきて全体に行きわたる。すると、次のイノベーションを生み出す企業が出てくる。この無限の回転運動が、資本主義社会を支えるのです。

私は、そのようなイノベーションにかかわって生きていきたいと思いました。特に、情報社会で人間が豊かになることに興味を持ち、大学卒業後は NTT に就職して、情報通信のビジネスを学びました。入社して 10 年ほどでインターネットが出てきて、世界中がつながるようになりますが、通信の次はこれだと思い、会社を辞めて MIT に留学して勉強し、その後、米国のネットスケープに入ったんです。

そこでインターネットを知った後に、デジタルガレージの経営にかかわり、株式公開を経験しました。そうした中で、日本にはイノベーションの仕組みが足りないと、強く感じるようになりました。アメリカは、インフラや人材、資金、大企業との連携など、ベンチャーを育てる仕組みが整っていますが、日本はそこが非常に弱い。

これまでの日本経済では、大企業が新しいものを作ることが主流として行われてきましたが、その中にいる人の感度は必ずしも先進的ではありません。既存の考えにとらわれがちな面もあり、新しいものを生み出すことを大企業任せにしてはいけないと思います。

アメリカのベンチャーキャピタリストは、ベンチャー経営などを経験してからなるのが王道です。私自身も、そうした環境の中で「VCは最後に来るところ」というアドバイスをもらい、そのとおりになったという感じです(笑)。

このビジネスには、三つの大事なものがある
第一にビジョンの存在、第二にそれを実現する力、第三に崇高性です

— まさに王道を行くベンチャーキャピタリストとしてのキャリアですね。VC としては、最初からお父様が創業された会社を継いだのですか。
すぐにエス・アイ・ピーに入ったのではなく、最初はパートナーとともに自分たちのファンドを立ち上げました。パートナーの白川彰朗氏は、これまでに 62 社を公開させている IPO 支援のプロです。金融商品取引法ができて、小さくやっているのはキツいと判断し、ファンドを持ったまま父の会社にジョインして、4代目の社長になりました。自分の能力や経験を積み重ねないと、VC の経営者はできません。

NTT に入ったのは VC を見据えてではなく、通信という情報通信のビジネスに興味があったからですが、MIT を目指した際はVC を意識していました。父親の影響でしょうね(笑)。日本の VC は金融出身者が主体で、私のようにベンチャー企業経営の経験を持ち、独立してやっている人は少ないです。

ハイテクについてわかるのも強みですね。私は、そのようなハイテクのど真ん中でやってきたことと、外資系で外国人とクロスボーダーの仕事をやってきた経験を強みに経営を行っています。論理的にできるということだけでなく、人と人のつながりの中で、「この人に 10 億円を預けよう」と思ってもらえるかどうかが大事で、それは経験・実績から生み出されるものです。
このビジネスをやるうえでは、3つの大事なものがあると思います。第1にビジョンの存在で、私の場合は、イノベーションの担い手としてリスクを負担するということです。第2にそれを実現する力です。自ら作っていくこと、形にすることが大事で、私はアントレプレナーシップとは実現能力のことだと考えています。第3に崇高性です。一発稼ぎたい人と崇高な理想を持った人が混在しているのが、ベンチャーの世界です。投資をしてだまされた経験もあります。崇高性がないと、信頼できるビジネスを実現することはできませんね。
— 貴社の強みは、目利きの力とハンズオンの力ですが、そのポイントをお聞かせいただけますか。
目利きとは、世の中がどう変わっていくか、マーケットとして何が広がるかを見る目を持つことです。技術から入る人が多いですが、アプローチが逆だと思います。市場の視点で変化を捉え、技術はその後で考えるものです。私たちは、さまざまな分野に経験やつながりがありますので、社会がどう変わっていくかも多面的にわかるようになってきました。

ハンズオン能力とは、単に出資するだけでなく、私たちのリソースを活かしてその実現をサポートする力です。どのベンチャーも社長1人でやっていますが、私が入ると社長が2人になります(笑)。そこまでやる VC はほとんどなく、これは、私自身がベンチャー経営をやってきたからできるんです。私は、会社の戦略を理解してビジネスを創る係で、パートナーが資本政策の設計や管理体制の確立などを行ってくれます。

関連会社のストラテジック・アセット・マネジメントを創業したのは、ハンズオンによる支援で公開するだけでなく、その後の株価を伸ばす支援を考えたいと思ったからです。公開後に株価が低迷してしまうケースが多く、それに対応しないとファンドの成績は良くなりません。これまでは公開するまでの話をしてきましたが、その後も大事なのです。

機関投資家が投資するのは、300 億円くらいの株式総額の企業と言われています。これが世界的な標準ですが、日本は IPO が少ないということで、公開企業を多くするために、70 億円くらいのレベルで公開できるようにしました。そうすると機関投資家は投資せず、個人投資家ばかりになりますので、PER(株価収益率)が IPO 直後にいったんは上がっても、その後は5〜7%で止まってしまう企業が多いのです。

そういった企業をマイクロキャップといいますが、そこを何とかしないと、日本の VC業界は発展しませんし、ビジネスチャンスもありますので、ストラテジック・アセット・マネジメントを立ち上げたのです。株式総額300 億円になるには、1億円の利益を 10 億円にするためのハンズオンの指導と、株主を増やすための IR 活動をしなければなりません。エス・アイ・ピーが事業面の支援、ストラテジック・アセット・マネジメントが IRや資金調達の支援を担当する、という戦略で行きます。

私たちと同様の企業を増やすことで、日本のイノベーションを促進したい
それが私の挑戦というか、 一〇年後のビジョンです

— 最後に、齋藤さんにとっての挑戦とは。
親の経験も踏まえて受け継いだこの仕事に、日本のイノベーションシステムをどのように組み入れるかが、最大のテーマです。投資先が海外展開をするというクロスボーダーのサポートは、すでにシンガポールなどで立ち上げています。ポイントは、お金の動きですね。日本ではあまりリスクマネーは動いていませんので、ほかの国でやっている仕組みを利用すれば良いと思うんです。

そのためには、海外の機関投資家とのパイプを作り、そこで自分たちをアピールしなければなりません。そんなときに、日本の 70億円規模で公開させるような VC では力不足で、日本の未公開市場だけでなく、300 億円の機関投資家の資金が入るまでサポートすることが必要です。

海外からお金を持ってくるために、2社をセットにして、海外投資家とのコミュニケーションを増やしているところです。資金を持ってこられるようになり、大きな規模のファンドを運営できるようになったら、私たちのような VC の独立も支援し、同様の企業を増やすことで、日本のイノベーションを促進したいですね。それが私の挑戦というか、10 年後のビジョンです。

エス・アイ・ピー株式会社 DATA

設立:1996年10月14日、資本金:9,000万円、事業内容:1ベンチャーキャピタルファンドの運営、2ベンチャー企業に対する経営コンサルティング、3他のベンチャーキャピタルファンドの財産管理事務の代行業、関連会社:エスアイピー・フィナンシャル・グループ株式会社、ストラテジック・アセット・マネジメント株式会社
目からウロコ
リーマンショック以降、活力を失っていた日本の公開市場に活力が戻りつつあるが、これからの日本企業の成長戦略は、最低限アジア単位で描かなければならないだろう。これまでは、世界第2位 ( 現在は第3位 ) の巨大な日本市場を中心に展開してきた多くの企業には、グローバルに活動する経験や知見が圧倒的に不足している。そんな状況下で、齋藤さんのようなベンチャーキャピタリストの存在は、とても心強いと言える。

その強みは、1IT・ハイテク分野でのノウハウ、2グローバルに資金調達や連携ができる国際性、3ハンズオンで大手企業とのアライアンスを実現する行動力、4自らベンチャー企業を公開させた経験、だが、さらに大きいのは、5日本のイノベーションを推進するという崇高なビジョンの存在、だろう。日本のベンチャーキャピタルの草分けである父上の影響もあるだろうが、事業承継とは、そのような志の承継であってほしい。齋藤さんの話を聞いていると、複雑な投資の世界がとてもわかりやすく理解できる。それは、豊富な経験に基づいた多くの具体例を含めて説明してくれるからだ。とてもすべては紹介できないが、日本・米国における多くの事例を熟知していることは、クロスボーダーで活躍してきた証と言える。

いまの日本経済では、イノベーションなしに次の発展を実現することはできない。ベンチャーキャピタルという立場からイノベーションを仕掛ける齋藤さんの今後に、期待を持って注目したい。
(原 正紀)

この記事を共有する

コメントは締め切りました