2017‐06経営者169_RCF_藤沢様

社会事業コーディネーターとして
ソーシャルインパクトを生み出し
新しい日本づくりに挑戦するリーダー

一般社団法人RCF 代表理事

藤沢 烈さん

阪神・淡路大震災が社会的活動を志すきっかけとなる。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社後から社会的活動に携わり、東日本大震災後に一般社団法人RCF復興支援チームを設立。また、日本のソーシャルセクターを底上げすべく、新公益連盟を設立した。社会事業コーディネーターとして、さまざまなセクターをつなぎながら社会的価値を創出するニューリーダーに話を聞いた。
Profile
一橋大学卒業後、2001年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2年後に独立し、NPO等で活動。東日本大震災を機に、2011年一般社団法人RCF復興支援チーム設立、東北復興に注力。2014年一般社団法人RCFに名称変更。2016年新公益連盟設立、事務局長就任。

セクターを「つなぐ」ことで、社会問題を解決していく

— 現状のRCFの事業領域について、お聞かせください。
私たちがやっているのは主に地域社会向けの仕事で、「社会事業コーディネーター」と呼んでいます。社会事業とはさまざまな社会課題を解決することを目的に実施するもので、事業領域としては3つに分けて考えています。 

1つ目は、産業分野。特に東北で重要な水産業や農業を中心とした産業活性化に取り組んでいます。2つ目は、人材分野。主に震災復興に向けた人材支援を行っています。たとえば、専門性を持った人材を派遣して、被災地企業や自治体の支援を行います。3つ目が、コミュニティ分野。少子高齢化など地域の課題に対し、孤立を支えてつながりをつくる取組みを行って絆を維持するなど、暮らしやすい地域づくりなどに取り組んでいます。 

コーディネーターには「調整する」という意味がありますが、私たちは「セクターを超えて調整する」という意味で捉えています。行政・企業・NPOといった枠組みを超えた調整が必要とされており、それぞれの仕事の進め方を翻訳しながら「つなぐ」ことが役割です。都市部と地域をつなぐ、人材を地域につなぐ。そういった「つなぐ」ことで社会問題を解決していくことに取り組んできました。
— 組織の設立当時から、そのような構想でスタートしたのですか。
6年前に設立しましたが、組織立ち上げ当初はさまざまな模索をしながら活動していました。構想を具体化したのは2014年で、ビジョンやミッションもその時につくりました。事業について具体的に説明しますと、キリンビール「復興応援キリン絆プロジェクト」事務局、東北3県の水産業農業事業者支援、福島県沿岸部に帰還しつつある地元企業の人材マッチング、UBSグループがスポンサーについた釜石市のまちづくり支援、高校生向けのキャリア教育支援などです。
ー 社団法人という形態にされましたが、経営についてはどのような特徴があるのでしょうか。
我々は非営利型社団法人ですから、ビジネスセクター(営利組織)とは意思決定が異なりますね。株式会社の場合は株主への配当を求められます。非営利組織の場合にも対価は得るのですが、目的は利益ではなく、社会課題を解決することであり、そのために事業を作り込んでいきます。
ー とはいえ、内部留保がないと自転車操業になってしまいますから、利益が出ないと組織は安定しないのではないですか。
そうですね。非営利といっても実際には一定の利益を出すことができています。東北復興ではもちろんそれが目的ではないものの、専門性を有していれば高い単価で仕事をしているケースもあります。ただし、長続きはしません。 

変わってきたと思うのは、企業のスタンスですね。必要とされている社会的テーマなら、企業はお金を出すようになっています。時代に求められたテーマに対し、専門性を持って取り組むことができれば、自然と対価の獲得につながります。企業が社会貢献事業に投資するのは、企業広報、社会貢献、人材育成といったメリットがあるからですが、もっとも大事なポイントは「経営陣がコミットするかどうか」ですね。
社会貢献事業は社会から企業へのニーズが増えているため、まだまだ伸びる成長領域だと思います。これを「社会的インパクト投資」というのですが、投資の経済性に加えて、社会的に投資することを指すものです。行政や企業はもちろん、投資家まで関心を持っています。日本でも個人投資家が増えてきており、社会的インパクト投資をするようになってきました。 

シリコンバレーの富裕層のように、社会にインパクトのある投資がしたいという考え方が出てきているため、そういうニーズに応えて事業を行い、たとえ少なくても一定のリターンをすることが大事です。通常の投資より利回りは低くてよいのですが、一定の社会的インパクトを与えることが求められます。
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ー 若者を見ていると、明らかに価値観が経済性から社会的インパクトに変わってきていますね。 
「社会的インパクトがある事業」を行うことができる社会性を持った主体は、これから3~4年でかなり広がるのではないでしょうか。投資家に対してしっかりとリターンが生まれるように活動できる組織も増えています。2017年3月に上場した、ほぼ日やLITALICOは、とても社会性が高い事業をしていると思います。 

これらの事例は、もはや決して珍しいことではありません。経済的なリターンをそこそこ出しながら、社会的価値を創出することで、投資家の要求に応えていく。寄付ではなく、事業投資でもない、社会的価値創造に貢献しながらリターンを得ることもできるということです。 

ただ、日本ではそのような事業投資が遅れており、地方銀行などのお金は国債に回っています。もっと社会的投資に回すべきではないでしょうか。設立以来、東北での震災復興の仕事に向き合う中で、さまざまな可能性が見えてきました。
ー そのような事業を始めたきっかけは何ですか。 
始めたときは純粋に東北に貢献したい、それを組織的にやりたい、という気持ちでした。それ以外はあまり考えていなかったですね(笑)。東北支援のために法人というハコが必要だったため、設立したんです。「RCF復興支援チーム」という名称でしたが、2014年頃に名前を現在のRCFに変えました。その頃になると、企業や行政が非営利分野への関心を高めており、社会的投資が広がっていることに気づいていたため、より広いミッションを掲げて再スタートすることにしたのです。 

事業の可能性の広がりに気づいたきっかけは、企業が大きな投資を東北にし始めたからです。Google、キリンビール、ヤマト運輸、ソフトバンクといった大手企業が続々と東北支援を始め、三菱商事は100億円で財団をつくりました。「これは桁が違うな」と企業が本気で社会的分野に入り始めたことに気づきました。日本はこれまで経営資源がビジネス領域に固まっている傾向がありましたが、それが非営利分野に向かってきたのです。

狙いは「コレクティブ・インパクト」だ

— 社会的組織の団体として新公益連盟も立ち上げられましたが、どのような狙いですか。
狙いは「コレクティブ・インパクト」です。立場の異なる組織である行政、企業、NPO、財団などが、互いの強みを活かし合い、社会的課題の解決を目指すものです。2015年から始めていますが、この構想は代表であるNPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんからの発案でした。私たちの存在や活動を行政、政府、企業に発信するための機能としてスタートしました。 

まずは政策形成能力があるNPOが集まりました。経営的にも安定している10人以上規模のNPOがメンバーとなり、企業と連携してNPOの経営力を高めることを目指しています。活動は政策提言や企業連携が主体ですね。たとえば、資金調達の場合、信用保証協会の保証がないと担保を持っていない組織はお金を借りられません。したがって、多くのNPOは個人保証で借りざるを得なかったのですが、それでは安定した経営になりません。そこで、さまざまな働きかけを行い、中小企業庁のサポートで保証を得て、億単位での融資が受けられるようになりました。 

さらに、銀行にある休眠預金を社会的に活用しようという動きも出てきており、新公益連盟のメンバーが中心となり政策立案にかかわっています。埋もれた資金を使って、社会的に投資をしようという目的です。企業との連携では、リクルート、インテリジェンス、ヤフーなどとの共同プロジェクトも動いています。
— 特定非営利活動法人(狭義のNPO)と一般社団法人の違い、また非営利組織と営利組織の違いなど、ソーシャルセクターの組織経営はどのようになっているのでしょうか。
特定非営利活動法人と一般社団法人は同じ非営利組織です。特定非営利活動法人のほうが一般社団法人よりも情報開示義務が厳しかったり、逆に税制優遇措置を受けられたりといった違いがありますが、経営面ではあまり差はないと思います。 

営利組織と非営利組織については、営利組織では株主に対する利益の還元が求められますが、非営利組織では剰余金を配当してはいけないという違いがあります。しかし、非営利組織だからといって、利益を社内に還元できないということはありません。良い人材を集めるために、処遇を良くする非営利組織も増えてきました。 

日本のNPOの平均年収は260万円ですが、新公益連盟の参加組織は、平均年収も一般の中小企業の水準くらいの400万円程度に上がっています。もちろん、大企業よりは所得は下がりますが、社会性を考えて転職する人も増えているようです。

非営利分野へ行くために、マッキンゼーで経験を積む

— ご自身のキャリアについてもお聞かせください。なぜ非営利組織を選んだのでしょうか。
一橋大学社会学部を卒業後に選んだ就職先はマッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)でしたが、もともとは社会性のある非営利事業の立ち上げを目指していました。 私は大学生のときにバーの経営を任されていて、そこも非営利関係者のネットワークの場としていました(笑)。独立心は強かったのですが、非営利分野を志向するきっかけになったのは、20歳の時に起こった阪神・淡路大震災です。 

経験不足を感じていたため、力をつけて非営利分野を盛り上げたいと思い、経営を学ぼうとマッキンゼーへ入社しました。しかし、仕事は想像以上にハードで、当時は週6.5日勤務でした。日曜日の午後のみ、やりたかったNPOの支援をしていた状況です。できるかぎり早く力をつけたいと思い、さまざまな業務を経験したい、難しい仕事もしたいとお願いして、5つほどのプロジェクトに従事しました。 

結局、2年で辞めて、ソーシャルセクターに身を投じます。退職後は8年間ほど個人事業主として活動しました。退職のきっかけは、NPO法人ETIC.の大きな仕事にマネージャーとしてかかわれることになったからです。マッキンゼーの日本支社出身者では、初めて非営利分野に行く人間と言われました。
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そして、2011年の東日本大震災を機に、RCFの前身であるRCF復興支援チームを立ち上げました。最初の3ヵ月くらいは震災復興のお手伝いをしました。100万円くらいまでは、自腹で被災地支援に使おうと決めていました。 

しかし、そこから仕事をたくさんいただくようになり、企業・行政の本気を感じました。活動を続けてきた結果、東北での復興支援が一つの大きな流れになり、企業やNPOと連携するというポジションに存在価値を見出して、現在に至っています。 

正直に言って、復興の現場では復興自体を目的にしていないような人たちもいますが、あくまで私たちは復興目的からブレません。したがって、非営利組織として経営することにもこだわっています。

一企業が一地域を応援する「一社一村運動」をしたい

— RCFの今後の経営については、どのようにお考えですか。
企業、行政、NPOがどう変わろうとしているかということを、もっと追求していきたいと思います。NPOはこれからもっと責任が大きくなり、投資も受けるため、成果が必要になるでしょう。強いプロ意識や、成果へのコミットが求められます。きちんと社会に対して貢献できること、ボランティアからプロになることが必要です。 

企業との連携も重要ですね。企業のテコになりながら復興支援を推進するイメージです。企業が半永久的に社会にかかわり続ける後押しをして、そこに人材も資金も集まるようにしたい。企業が本業を通じて社会に貢献することが、一層の活性化につながると思います。行政はこれから財源が厳しくなりますが、さまざまな情報を持っていますから、企業の支援を受けながら地域を活性化してほしいです。 

具体的には、構想段階ですが「一社一村運動」をしたいと思っています。地域ごとに1つの特産品をつくる「一村一品運動」をもじったもので、一社の上場企業が一つの地域を応援するというものです。力のある企業が、地域で研修したり、自治体に知恵を貸したりして、地域の活性化につなげていくアイデアです。すでにUBSは釜石市、ロート製薬は女川町で支援を実施しています。 

地域をお手伝いしたい企業と行政をつなげていますが、難しいのは企業と地域側の仕事の進め方が違うことですね。地域ではいきなり商談を始めることはあり得ません。信頼関係が重要なので、地域についてよくわかってもらい、長い目線で付き合ってもらうことが大事です。 

たとえば東北では、地道に活動して地域から信頼を得ている企業は長く安定的な活動ができていますが、単年度で黒字にしようとしているようなところはダメですね。地域からは見透かされてしまいますので、企業はそのかかわり方を間違わないようにする必要があります。そういう翻訳の役割をするため、企業に対して我々のような存在が必要だと思います。 

地域と仕事をしたい個人の方々も多くなっていますが、さまざまな工夫がいる領域です。私は企業と地域とではプロトコル(仕事の手順)が違うと思っています。公共と民業の違い、さらに都会と地方の違いもあります。そういったプロトコル論を超えれば、競争のない世界で事業ができるようになるでしょう。社会には十分なニーズがあると感じています。

まず「飛び込む」、そして社会のリニューアルを目指す

— 最後に、藤沢さんにとっての挑戦とは。
最初から目的を決めてそのために行動するというより、まず「飛び込む」ことだと思います。緻密に計画を立ててうまくいくというのは、あまり挑戦的ではないのかもしれません。東北での活動も短期間で決めました。成功しているNPOや企業は、やはり意思決定のスピードが速いと思います。周りに関係なく自分の勘を信じて、ここだというところにボールを投げることが必要ですね。取り組むべき社会課題のテーマを絞るのではなく、新規性があり、今だからこそ必要で、非営利だからこそできることに取り組んでいきたい。 

たとえば、今後、AIの発達により働き口が減りますが、その時の雇用のあり方はどうなのか。これからは何度も転職しなくてはいけない時代になり、定年後も30年は生きるためにどうすべきか。それらをビジネスで解決するのは難しいですが、非営利なら飛び込むことができます。そういった活動で見えるビジネスチャンスを企業に紹介することで、私たちには優位性があります。 

できた社会の上で事業をするのではなく、社会自体をリニューアルしたい、それが私の挑戦ですね。
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目からウロコ
とてもインパクトがあるインタビューだった。私自身もソーシャルビジネスを志向していることもあるが、まさに目からウロコが落ちた思いだ。コレクティブ・インパクトという言葉を知ってはいたが、「これがそうか!」と初めてリアリティを感じた。 

営利企業、非営利組織、行政、教育、個人といったセクターをつないでいくコーディネーターの重要性、垣根を超えるプロジェクトの可能性、多くのことを考えさせてくれた藤沢さんには大いに感謝したい。 

学生時代から社会的活動を目指して、来るべき組織運営のための経営力を磨くために、マッキンゼーという極めてハードなビジネス組織を就職先に選んだ。短期間で濃い経験を積み上げて、かつNPOの活動にもかかわりながら、自ら決めた道を歩み続けて影響力のある非営利組織を創り上げた。それにとどまらず、さらに同志たちと共にソーシャルセクター初の本格的団体組織を立ち上げて、政策提言もなし得るようなポジションにまで来ている。日本に新しいリーダーが現れたと考えるのは大げさだろうか。 

RCF、そして新公益連盟という組織の活動は、企業のソーシャル・インパクト投資の流れもあり、ますますドライブ感を増していくのは間違いない。そうした活動の先に、どのような日本が見えてくるだろうか。その流れを傍観しているのではなく、自らも飛び込んでいきたいと感じられる取材だった。
(原 正紀)

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