2019‐10Umano17_クレスト_永井様

あらゆる既存産業で
イノベーションを起こす

株式会社クレスト 代表取締役社長

永井 俊輔さん

Profile
1986年、群馬県生まれ。早稲田大学卒。株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレストへ入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売上を2倍に拡大させ、クレストをサイン&ディスプレイ業界の最大手に成長させた。2016年より代表取締役社長に就任。ショーウィンドウやディスプレイをWeb同様に正しく効果を検証するために、リアル店舗解析ツール・esasyを開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を目指す。2019年9月に『市場を変えろ』(かんき出版)を上梓。
HARA'S BEFORE
“老舗の看板屋”という絵に描いたようなレガシービジネスの世界で、テクノロジーを活用した事業のイノベーションを仕掛けている若手経営者の存在を耳にした。出身元であるファンドが行っているような、イグジットを想定したモデルだと思った。どのようなことが聞けるかと楽しみにしてインタビューに臨んだが――想像をはるかに凌ぐ、興味深い話が待っていた。
ITバブルの頃、多くの若き経営者が情報技術を武器に新興産業に君臨した。同じ空気感を持つ永井さんは、イノベーションの舞台に、あえて既存産業の中小企業を選んだ。2代目社長としての使命感を超越した、その経営戦略に迫る。(渡邉)

Lで得た利益をIに投資する

渡邉:素敵な雰囲気のオフィスですね。御社の現在の事業について、まずお聞かせください。
永井:もともと父が群馬県・前橋で1985年に看板の設計・施工業を創業しました。それがクレストという会社です。2009年に私がクレストに入り、その後、ガーデニング・植物小売業のインナチュラル(現、株式会社インナチュラル)の事業譲渡を受け、またその後にデザイン会社の株式会社ドラミートウキョウを設立しました。2016年にクレストの事業承継をして3事業を見るようになりました。そして今年、材木卸売業の会社である株式会社東集をM&Aしたことにより、4事業となりました。
渡邉:4つとも昭和の時代からある産業ですね。
永井:私たちはこれを「レガシー産業」と呼んでいます。時代の変化によって市場の成長性が落ちてしまい、生産性に改善の余地がある「既存産業」のことです。既存産業は、イノベーションが起きると、その新しい商品やサービスに代替されてしまいます。たとえば、CDプレス工場は、音楽ダウンロードという破壊的イノベーションで生き残りが難しくなっています。  

ただし、必ずしも別の業界から破壊されるばかりがレガシー産業ではありません。自らイノベーションを起こす道もあるはずです。進め方は2段階あります。1ステップ目は「レガシーの漸進的成長」。既存産業が生産性を上げて、利益を生む体質にします。私たちはこれを「L(Legacy)の世界」と呼んでいます。具体的な方法はとてもシンプルで、「普通のことを普通にやる」。こんなことを言うと、嫌われてしまうのですが(笑)。  

CRMに登録して顧客データを分析しましょう、まとまった注文があったらまとめて仕入れてコストダウンしましょう、名刺をもらったらお礼のメールを書きましょう……こうした多くの会社が実践していることを1つ1つ実行すれば、特にBtoBは確実に利益を出せる体質になります。そして、2ステップ目が「イノベーション」。その利益を、研究開発に再投資してイノベーションを起こすのです。これを私たちは「I(Innovation)の世界」と呼んでいます。
渡邉:具体的にイノベーションはどうやって起こすのですか。
永井:アイデア自体はブレストをすればたくさん出ますよね。100個、1000個と出した後、すべてのアイデアをプロダクトライフサイクルのどこにあるか、プロットするのです。そして、併せてその産業そのものがいま、プロダクトライフサイクルのどこに位置しているか、成長スピードはどれくらいかを検討します。  

たとえば、看板屋のビジネスは、プロダクトライフサイクルの後半に来ていて、衰退するスピードも速い。その場合は、山を挟んだ反対のキャズムの手前くらいにプロットできるビジネスアイデアを市場に投入します。当社の場合は、看板の効果測定をする「esasy」(エサシー)という商品を、キャズムの手前の製品として2017年にリリースしました。ガーデニングの「インナチュラル」の場合は、まだ後半にも達していないし、市場成長スピードもゆっくりなので、キャズムの少し後くらいのプロダクトとしてECサイトを立ち上げています。

「100社を変えた」を目指して

渡邉:破壊的なイノベーションには投資せず、あえてレガシーな既存産業に投資するのですね。
永井:破壊的なイノベーションは不確定要素が多く、ハイリスクですから。
原:新規ビジネスにはキャッシュフローの「死の谷」がありますからね。
永井:一方で、既存産業は、すでにアセット(資産)があるから強いのです。外注先、お客さま、商習慣などを知り尽くしていて、頑張れば漸進的成長によって利益が出ます。既存産業を守る社会的な意義も大きいですし、業界の外にある産業が既存産業を壊すというのが、すでに二番煎じのような気がするのです。誰もやっている方がいないから、私がやろうと思いました。
渡邉:永井社長は前職でファンドにいらっしゃいました。当時と今とで、投資の方針にはどのような違いがあるのでしょうか。
永井:私がいたチームは、バイアウトファンドといって、既存産業の事業を買収し、再生させて売却して、利益を獲得していました。投資先のポイントは、再生の難易度が低いところです。たとえば、本社や工場の維持管理コストが過大な会社が候補になります。同業の同じような会社を買い集めて、本社機能や工場を統合すれば、簡単にコストダウンできますよね。この手法を業界では「ロールアップ」といいます。なぜ、難易度の低いところを選ぶかというと、ファンドは人のお金を集めているからです。10年で投資額の3倍のリターンを出すことが課せられ、成長したら売るのが目的です。  

一方、私は自社の資金で買っていますから売りません。ですので、今後もなくならない産業に投資をします。この世から植物やデザインや木はなくならないでしょう。しかし、看板は唯一、デジタルサイネージや、空間に映像を投影「100社を変えた」を目指してする技術などに代替される可能性があります。 

ですから、生き残りのために、すべてのリアルな広告媒体で必要とされる「計測」の機能を持った製品をイノベーションとして投入しました。今、看板工事だけをやっている企業から計測カメラだけの引き合いがあるなど、産業全体がイノベーションを起こせるような息吹を感じています。
渡邉:ファンドと事業会社というスタンスが違うのですね。
永井:しかし、今アメリカでは私たちのような投資をするファンドが出てきています。10年後には、この投資方法もメジャーになるでしょう。たとえば、エバーグリーンファンドは、売却をしないファンドのことです。また、サーチファンドは、既存産業の特定の業界に狙いを定めて産業全体でイノベーションを図った後、売却することを前提としています。私たちがやっていることは、エバーグリーンファンドとサーチファンドの間といえます。
原:異なる既存産業に投資するというのは珍しいですね。似た業態を集めたほうがシナジーも発揮できるし、効率もよいと思うのですが。
永井:ソフトバンクの孫正義さんがアームを買収した時、「オセロの角を取った」という表現をしていました。どうせ全部やるなら、難しいところを先にやっておきたいということです。
原:事業をたくさん手がけたいというのは、昔、渋沢栄一が500社の設立にかかわったようなものですね。
永井:「100社を変えた」と言われるようにしたいです。レガシーマーケット・イノベーションには社会的な意義の大きさを感じています。

中学時代から銀行に融資を折衝

渡邉:お父様の事業を承継されたときから、そのような使命感があったのでしょうか。
永井:当初は、ファンドから看板屋への転職ということで戸惑いばかりでした。ジャフコ時代のバイアウトは醍醐味がありましたね。買収の時に、一から株式譲渡契約書を書き起こすのですが、この100ページの中に50億や100億が詰まっている、そんなダイナミズムです。その会社の10年を細部まで想像し、あらゆるリスクを想定して契約に盛り込みます。今日中にこの契約書を仕上げて、全部、締結しないと訴えられる、全財産が飛ぶ……。毎日、頭を極限まで使い倒し、まるで脳がちぎれるような感覚でした。ジャフコは業界最大手のファンドですが、半年で10年分の経験をさせていただきました。
原:そこまで没頭して仕事をしていたのに、なぜクレストに転職したのでしょう。
永井:父親の指示です。父には経営について厳しく育てられました。小学生の頃から経営の話を聞かされ、中学生の時には父がやっていた不動産投資の事業を任され、高校生になってからは銀行で融資の折衝をしたり、物件の設計をしたり─。
原:お父様は優秀な経営者を育てたかったんでしょうね。
永井:クレストに来てからも働きづめでした。昼は営業、夜は看板工事に立ち会いました。当時は工事も自分で担当していました。そこから徐々に、営業にCRMを入れたり、チャットでコミュニケーションをするなど、業務を変えていきました。

LとIを兼ね備えた組織づくり

永井:先日、M&Aした材木卸売業ではPMI(合併後の統合)を半年で達成したいと思っています。ファンドでは通常、PMIは100日で完了しますので、早すぎるとは考えていません。まずは相手に合わせることが鉄則です。今、材木卸売業の従業員一人ひとりと、できる限り話すようにしています。気軽に話せそうな雰囲気を作り、リラックスしてもらってビジョンを伝えています。「一緒にイノベーションを起こしましょう」と。地方の中小の既存産業にはビジョンがない企業も多く、話を聞いてもらえます。次に、少しずつITを活用して業務を改善するなどして、実感として「業務が楽になった」、「仕事が楽しくなった」といった成功体験を積んでもらおうと思っています。企業理念をクレストホールディングス流にするのは、最後の最後です。詳しくは、今度発売する本に書きましたので、参考にしていただければ。
永井俊輔著『市場を変えろ――既存産業で奇跡を起こす経営戦略』(かんき出版)。レガシー企業がイノベーションを起こし、市場を刷新するための実践的手法を一冊にまとめた。
渡邉:採用や教育の面はいかがですか。
永井:採用面接で一つ聞くとしたら、「ビジネス上のすべての願いが叶うとしたら、あなたは何をしますか?どんなキャリアを選びますか?」と聞きます。それが、その人の価値観だからです。企業の向いている方向と、個人の向いている方向、このベクトルが合えば、大きな力になります。ベクトルの矢印を私は最大化したいので、理念共感型の採用にしています。 

あと、外せない採用基準は「いい人」です。人柄の良さがにじみ出てくるような方を採用しています。人の目を見て話す、笑顔で挨拶する─かつて、私が苦手だったことができる人ですね(笑)。  

一方、教育では私が持っていて、従業員が持っていないものとして理論をお伝えするようにしています。一般論として、抽象的に思考する人は少数です。イノベーションについても世間では原体験などが語られますが、私たちは理論から思考しています。
原:LもIもできる人は少ないのではないですか?
永井:少しずつ出てきていますが、まだ少ないですね。「学生の時にブロックチェーンで友達と遊んでいました」といった世代をレガシーな産業で採用して、イノベーションを起こしたい。LとIのどちらかが得意な人同士をペアにしたような組織づくりをしています。
渡邉:最後に、読者にメッセージをお願いします。
永井:中小企業診断士の資格を取れば、L(Legacy)の既存産業を成長させることはできると思います。それに加えてぜひ、I(Innovation)にも明るくなっていただきたい。たとえば、任天堂はもともと花札屋でした。花札屋にポケモンGOや、AR(拡張現実)のイノベーションを花開かせるような両利きの経営を支援していただきたいですね。  

そのためには、まずはイノベーティブなサービスを使ってみることだと思います。マインドを変えるより、まず感覚を知ってほしい。たとえば、Zenlyというアプリは位置情報共有アプリで、今、誰がどこにいるかリアルタイムにわかるんですよ。
渡邉:プライバシーも何もあったものではありませんね(笑)。
永井:そこです。私たちの世代は、すぐにプライバシーに目が行きますが、女子高生は「今、友達がどこにいるか、わかって便利じゃない?」という。この感覚です。実は、私は自宅もAirbnb(エアビーアンドビー)で旅行客に貸し出しています。使ってみて良いと、感覚も変わるものなんですよ。
レガシーな産業が、成長カーブを描き出す─それは決して夢物語ではなく、永井さんが実証済みだ。「当たり前のことを当たり前に」、「理論からイノベーションを考える」。大廃業時代を前に漂う閉塞感。それを払拭する明快な方法論は、多くの2代目社長の羅針盤になるはずだ。(渡邉)
HARA'S AFTER
LMI=レガシーマーケット・イノベーションが、永井さんの事業コンセプトである。旧態依然とした事業についてテクノロジーを活用して変えていく、最新のツールを駆使してコスト改革を行なっていく、それだけでもバリューのある話だ。 

多くのM&Aの前例では、同業種や同じモデルの事業をまとめていくロールアップモデルなどが目立つ中で、永井さんはまったく違う大きな絵を描いていた。現在の4つの会社は事業シナジーがあまりなく、囲碁で言えば序盤に脈絡なく石を置いている布石のように見える。大きな構想の中でやがて局面が見えてきたとき、どんな絵になるかが楽しみだ。実業家として一つひとつの事業を成功させて、その集合体としての事業グループを築く戦略に出ている。事業家マインドと投資家マインドを併せ持つプロ経営者の手腕は、これからますます発揮されるだろう。

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