2015‐08経営者147_ビズリーチ_南様

インターネットで
企業と個人の情報障壁をなくし
日本の採用市場を変える経営者

株式会社ビズリーチ 代表取締役社長

南 壮一郎さん

1999年に米国・タフツ大学を卒業、モルガン・スタンレー証券で投資銀行業務に従事した後に、香港PCCWグループの日本支社立ち上げに参加し、アメリカやアジアへの投資を担当する。その後、夢だったスポーツビジネスにかかわるべく起業。三木谷浩史社長との縁で、楽天イーグルスの創業メンバーとなり、初年度の黒字化に貢献する。2007年に楽天を退社後、転職活動で求職者における情報の壁を感じ、透明な転職市場を目指して、プロフェッショナル人材向けの転職サイト「ビズリーチ」で創業。事業は順調に拡大し、従業員500名を超える規模にまで成長させる。インターネットで21世紀の働き方を創造しようとする経営者に話を聞いた。
Profile
米国・タフツ大学卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。2004年、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。2009年にビズリーチを創業し、日本初の会員制転職サイト「ビズリーチ」を立ち上げる。2015年に求人検索エンジン「スタンバイ」の事業を開始するなど、同社を6年で従業員数500名を越える企業へと成長させ、現在に至る。

インターネットで世の中の課題を解決したい

— 人材分野の新たなビジネスモデルで急成長されていますね。これまでの事業展開を教えてください。
2009年に事業をスタートして6年になります。会社の柱となっている1つ目の事業は、会員制転職サイト「ビズリーチ」の運営ですが、対象をプロフェッショナル人材に絞り、管理職、専門職、グローバル人材に特化したサービスを展開してきました。創業当初から目指した世界観は、インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げることです。インターネットは私たちの世代の産業革命であり、この時代に生まれたのならば、インターネットを活用して世の中の課題解決をしていきたいと思っています。

人材ビジネスの経験はありませんでしたが、自身の転職活動がきっかけで社会の課題に気づきました。当時の私は、キャリアを進展させるために、転職先ではインターネットについての理解を深めたいと思いながら、転職活動をしていました。その中で、27社の人材紹介会社に出向き、エージェントの方は皆さん、丁寧に対応してくれたのですが、全員から異なる求人を紹介されました(笑)。
このときはまだ、人材業界の実情を知らなかったので、「いったい何が起きているのだろう」と違和感を覚えました。1ヵ月で27社と接触しましたが、さらに1ヵ月活動を続けたら、別の27社からまた異なる求人を紹介されるのではないか。その点を疑問に感じ、前職の上司でインテリジェンスの創業者である島田亨氏に質問をしました。そこで初めて、人材ビジネスの実態や歴史などを知ったのです。

なぜ、企業と個人の間が不透明な状態なのか、私には理解できませんでした。どちらにとっても、可視化されるほど有意義ですので、それができない原因は解消すべきだと思いました。

たとえば楽天市場は、小売業界の売りたい側と、個人の買いたい側の間をインターネットで可視化することによって、自由にマッチングができ、取引が最適化されたのに対し、人材採用の領域は旧態依然で、情報のやりとりが不透明だったのです。
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— もともとは起業ではなく、転職をお考えだったのですね。
起業を考えたことはなく、大きな動きの中で組織の役割を担う働き方に価値を感じていました。「インターネットを勉強したいならば、起業したほうが学びは多い」と事業を始めたものの、直後にリーマンショックがあり、ベンチャー企業にとっては厳しい環境でした。スタート時は社員2名で、そのほかに別会社に勤務している6人の仲間が、平日夜や週末の空き時間を使い、皆で1年間、事業に邁進したのです。その立ち上げ方法を草野球にたとえて、自分たちでは「草ベンチャー」と勝手に呼んでいました(笑)。

会社を始めた際、皆に約束したのは、「1年以内にベンチャーキャピタルから1億円以上を投資してもらえたなら、この事業を続ける」ということでした。6人の仲間とは週2回、水曜夜と土曜朝に集まって、それぞれの役割を決めて実行してもらい、あとは電話やメールで業務を進めました。

そんな状態で、ビズリーチの開発を10ヵ月間続けましたが、おかげ様で成長の兆しも見え、ベンチャーキャピタルのジャフコ社から2億円の投資を得ることができました。

「ダイレクト・リクルーティング」を採用市場の新たな文化に

— ローリスクで、かつ効果が出そうな起業スタイルですね。なぜ、その分野に特化したのですか。 
当初の対象をプロフェッショナル人材に特化したのは、まさに転職活動をしていた私がその属性にあてはまり、自身の課題感をサービスに反映しやすいと思ったからです。創業間もないベンチャー企業が、マス領域に打って出ても、大手などには太刀打ちできません。世の中の課題に対して、一点突破するしかなかったため、肌感覚のあった領域に特化しました。

創業時の外部メンバー6人には、それぞれ専門分野の役割を担ってもらい、常勤2名のうち、1名はオペレーション・カスタマーサービスなどを担当しました。私は法人営業を担当し、最初の2年間は利用企業の登録や求人集めに奔走しました。思いは、創業時から変わっていません。企業が求職者データベースを介して主体的に採用することを意味する「ダイレクト・リクルーティング」という言葉を、日本の採用市場の新たな文化にしていきたいのです。 

断片化している求人と採用ニーズを、1つの市場において一元化することで、企業と個人が障壁なくコミュニケーションができる状態になります。

また、自社の採用にもとことんこだわっています。お客様の採用を支援する企業にもかかわらず、自社の採用が弱いのでは、説得力がありませんからね(笑)。よく質問を受けますが、「企業の採用力=面接数」とお伝えしています。工夫や努力を通じて、より大きな母集団を作り、いかに労力・時間・情熱をかけて採用成約につなげられるか、だと思っています。

同時に、採用プロセスにかかる数値(面接通過数、内定数、入社数など)を徹底的に管理することを自分たちに課しました。自社サービスを通じて、お客様の採用力向上と主体性を促すためには、自分たちの採用力向上が大切だと思って取り組んできました。特に、社員紹介制度の構築には力を入れていて、直近で採用した200名の社員のうち、実に45%が既存社員からの紹介です。
— 私もリクルートの社員でしたので、その採用への取組み姿勢は肌身にしみてわかります(笑)。言うまでもなく、優秀なチームを作れば、事業成功の確率も飛躍的に高まりますよね。
当初からテクノロジー、マーケティング、法人営業、管理部門などのマネジメント経験のある仲間を意識的に集めていましたので、規模が拡大しても組織が崩れず、チームが一丸となって役割を担い、事業を推進することができました。

振り返ると、ベンチャー企業の割には平均年齢が高かったですね。創業時には三木谷さんから、「大きな組織を創るのならば、最初に、将来大きくなった組織の中核を担う仲間を集めること。組織とはピラミッド構造であり、その一番上にいる優秀な100名の人材を徹底的に集めろ」というアドバイスをいただきました。

現在は500人強の組織となりましたが、離職率も1ケタ台に抑えられ、創業時の多くの仲間が各部門・チームのマネジメントを担当してくれています。この会社はゼロから創ってきましたが、新しく加わる優秀な仲間たちとともに、組織の成長をきちんと牽引し続けられることが、当社の一番の成長ドライバーです。
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自身の市場価値がわかれば、自己成長にもつながる

— 人を成長のドライバーと捉えて事業展開を行うのは、人材ビジネスの1つの特徴ですが、南社長は特にその気持ちが強いようですね。
海外で育ったため、日本と世界各国の事象の差に自然と目が行ってしまいます。採用の世界では当たり前になりつつあるダイレクト・リクルーティングの手法を日本に広げ、国の生産性を上げたい。古い非効率なやり方をしているのは、世界中で日本だけです。企業がより優秀な人材を、より早く、安く採用することで、個人がより多くの選択肢と可能性の中から、主体的な就職活動をできるようになる。これは、国全体にとってプラスになるはずです。

楽天やAmazonなどの電子商取引や、金融のオンライントレードなど、インターネットで既存の仕組みがわかりやすく効率化していく中、採用市場だけが前近代的なやり方のままです。採用プロセスにおいて、広告や仲介人が登場するのは悪くはありませんが、インターネットを活用して、より効率的にすべきです。 

約1年前に生まれた新サービスの「キャリアトレック」は、20代の若手ポテンシャル人材を対象とした採用サービスです。ビズリーチ同様、求職者の職歴などのデータベースに直接アクセスし、スカウトすることができます。働いている企業名や職種、勤続年数など、複数の検索項目を活用し、特定のセグメントの人材をヘッドハントできるのです。「これまでは出会えなかった人材に出会える」とお客様の評判も良く、成長を続けています。

このサービスは、求職者との間に何も介在しないため、企業にとっては無駄が減り、求職者にとっては職務情報を登録しておけば、採用を行っている企業から直接声がかかります。転職は、人生において大切な決断の1つですので、より多くの選択肢と可能性の中から、自分らしい判断ができるような採用市場を創りたいですね。また、採用市場が透明化し、情報が中立的に流通することによって、自身の市場価値を測りやすくなり、自己成長にもつながるのではないでしょうか。
— さらなる新商品をリリースされましたね。
先月、無料のクラウド型採用サービス「スタンバイ」を開設しました。きっかけは、次の5年間を考えたことです。ありがたいことに、創業6年で順調に成長し、3期連続の黒字も達成できました。これまでは、5年前にベンチャーキャピタルから2億円の資金調達をした以外は、自社の事業収益で成長してきました。

そんな中、1年前に設立5周年を迎えた際に、これまでの事業の軌跡を振り返り、次の5年をどうしていきたいかを考えてみたのです。事業も組織も拡大したとは言え、私たちのこれまでの頑張りによって、果たして世の中はより良く変わったのだろうか。残念ながら、答えは「ノー」でした。まだまだ力不足で、現状で満足してはいけないとも感じましたし、もっとできることがあるのではないか、とも感じました。

中小企業白書によると、実に4割近い中小企業で必要な人材を採用できていません。そして、そのうちの半数以上が、理由を「採用コストが高すぎるため」と答えています。

日本の採用コストは世界のどの国よりも高く、正社員採用求人広告では30万円ほどから、高いと100万円ほどかかってしまいます。欧米やアジアでは、せいぜい同じような広告が数万円程度です。

まさに、この企業の採用コストの構造的問題こそが、私たちが取り組むべき課題ではないかと思いました。その課題解決の実現が、スタンバイの原点です。企業の採用を無料に近づけることを目指すだけでなく、すべての仕事とすべての個人が、自由に公平な状態で結びつける場を作ることを目指します。

特長の1つは、企業に対してコストがかからない採用サービスを提供することです。企業の採用プロセスは、求人作成、求人掲載、応募管理、採用成約というシンプルな業務フローですが、スタンバイでは、これらの業務に付随するツールをすべて無料で提供します。もちろん、利用企業が採用に成功した場合も無料です。

もう1つの特長は、簡単なこと。同じく中小企業白書によると、採用のやり方がわからないという企業も多かったため、断片化している採用の業務プロセスをクラウド上のサービスにまとめ、PC上ですべて操作できるようにしています。営業管理やカレンダー、メールなど多くの業務システムがクラウド上にまとめられ始めていますが、私たちは今後、誰でも簡単に採用活動ができることを目指します。

ビジネスで得たもので、スポーツの世界に恩返しをしたい

ー ご自身のキャリアについてもお聞きしたいのですが、アメリカの大学を卒業後に金融業界へ進まれたのですね。
私が通っていた米国・タフツ大学は、生徒の約35%がユダヤ人で、そのためか、多くの学生が弁護士、銀行員、医者を目指していました。たまたま、自分の周囲には金融業界を目指す友人が多く、その影響を受けたのだと思います(笑)。卒業後はモルガン・スタンレーに就職したのですが、週に100時間以上働きながら、ハードな環境でビジネスの基礎を学びました。

そこでは、成功している人は圧倒的な努力をしていることを知りました。社員の方々の基礎能力や切れ味もすごく、その地道な努力の積み重ねには驚かされるばかりでしたが、ありがたいことに、それが自分の働き方の基準になりました。

でも実は、学生時代から一番やりたかったのが、スポーツビジネスだったんです。

スポーツが好きでしたので、とにかくスポーツの仕事を一度やってみたいという、きわめて単純な動機です(笑)。有給休暇を利用して、スポーツ業界への転職先を探しましたが、あいにく見つからず、そのまま退職しました。ツテもコネもありませんでしたので、自分の携帯電話に記録された友人たちに片っ端から電話をかけ、「スポーツと名がつく仕事はないか」と聞きまくった結果、最初に就いたスポーツに関する仕事は、フットサル場の管理人でした。

その後の1年半は、テニスの国際大会の通訳や、格闘技選手のお手伝いなど、スポーツと名のつく仕事は何でもやりました。そんな中、2004年9月に、楽天がプロ野球界参入を表明したことをニュースで知り、知人に紹介された三木谷さんに「ぜひやってみたい」と20分間のプレゼンを行い、その場で「明日から来てください」と言われたのです。ここで、球団社長に就任された島田さんとの出会いもありました。 球団経営といっても、商品が少しユニークなだけで、一般企業と事業創造や展開の本質は変わりません。三木谷さんや島田さんからは、「事業とは何ぞや」ということを教わりました。
それまでは、「事業を何のために創るのか」と考えたことは、ほとんどありませんでした。社会の課題解決を通じてより良い社会に貢献すること、また、価値あることを正しくやることを意識し始めたのもその頃です。三木谷さんは、大きい理念やビジョンを語るだけでなく、それを日々、どのように組織に浸透させていくかを大事にされていました。

こうして、事業が少しずつ形になっていく姿を見ながら、理念やビジョンの大切さを感じました。

私自身は、三木谷さんや島田さんから教えてもらったことを試す意味で起業したようなものです。ビジネスで得たものを持って、育ててくれたスポーツの世界に、いつの日か恩返しをしに戻りたいと思っています。
P23-94-8052@

採用の文化、21世紀の働き方を創っていきたい

— 最後に、南社長にとっての挑戦とは。
これからの5年で、ダイレクト・リクルーティングという採用手法を、人事の世界の文化として浸透させたいですね。さまざまなサービスを通じて、すべての仕事と個人を網羅し、障壁なく情報のやりとりができる採用プラットホームを創っていき、結果的にはサービスを通じて、採用ロスのない日本経済を創り出したいと思います。

その間は、人事領域以外の事業展開は考えていません。働き方とITのクロスは、日本の未来を創るうえで重要な領域ですし、いまは1つの領域に集中して、大きなインパクトを世の中に創り出したいと思います。働き方の領域は大きく、これからどんどん変わっていく領域でもあります。現代に合った、働き方を支えられるようなサービスを生み出し、社会貢献をしながら事業拡大を目指していきます。

私は社会人になってから、自身がやってみたいと思うことを、その時々に自分で選ぶことを大切にしてきました。特に「面白い」、「ワクワクする」という感情を大切にしてきましたが、いまは、インターネットの力で世の中の選択肢と可能性を広げていくことが、何よりもワクワクします。それを仲間と一緒に進めていき、採用の文化、21世紀の働き方を創っていきたいと思います。
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目からウロコ
インタビューでは、とても率直に思いの丈を語っていただいたが、それがストレートにこちらに伝わってくる。その高いコミュニケーション力は、経営者の重要な資質であると再認識した。キャラクターもあるだろうが、若い頃から海外で経験を積んだことが大きいのではないだろうか。わかりやすく、引き込まれる話の内容だけでなく、むしろ自然なスマイルや声のトーンなど、非言語のコミュニケーション力のほうが重要である。時が過ぎるのがあっという間の取材だった。

南社長は、キャリアデザインも欧米的である。3年周期くらいでキャリアを進化させながら、自分の強みに磨きをかけ、新しい分野に果敢にチャレンジする。組織に加わることも、自ら起業することもあり、働く形態にはあまりこだわりがない。重視しているのは、事業を通じて社会をより良くすることと、仲間とともに新しい価値を創り出すことであると感じた。

本インタビューでも指摘されていたとおり、日本における採用市場は世界的にも特殊と言える。新卒一括採用に始まり、民間のナビやメディアなどの商業媒体中心の情報提供、さらには多様化する人材紹介や採用イベントなど、企業にとっては経費がかかる仕組みで、インターネットの登場によるコスト面の恩恵を受けられていない。そのような中で、同社が新たに投入したスタンバイというサービスは、状況を一変させるような画期的なモデルになる可能性がある。そのような期待を持って、同社の動向に注目していきたい。
(原 正紀)

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